九百九十四話 わびさび
ヨシュアから3kmほど離れた場所にある農場の、さらに山を1つ越えたところにある、鳳凰山に勝るとも劣らない高難易度ダンジョン『ベルダン』に到着した。
「どうして人は何でもかんでも優劣をつけようとするんでしょう…どう頑張っても真の力を引き出すことは出来ないのに、1割の力すら測定不可能なのに、憶測でしか語れないのに、比べることに一体何の意味があるというのか…」
このまま詫び回りにもついて来るつもりなのかと思っていたが、入り口で立ち……転がり止まったベーさんは、別れの前の挨拶のように雑談を始めた。
大体こういう時は、最後に考えさせられることを言うか、オチをつけるか、数秒で忘れるどうでもいいことを口にするものだ。
(ってそのぐらいしか選択肢ないから当たり前か……)
と、セルフツッコミをしたところで、会話スタート。
「それが好奇心ってもんだ」
わからないからこそ考察する余地があり、議論のし甲斐があり、決着がつこうがつかまいが、もしもトークは楽しい。
結果が出たら『ほら、俺の言ったとおりだった』とマウントも取れる。
そして、それに対して『いやでも……』とマウントを取られた方が難癖をつけて、新たなもしもトークが展開されていくのだ。
「争い好きですもんね…人間って…」
「本質的にそういう生き物なんだろうな。口で何を言おうと心のどこかでは『相手より優れていたい』『正義でありたい』って思ってるんだよ」
相手を説き伏せたら勝ち。大多数になったら勝ち。先に引退させたら勝ち。炎上させたら勝ち。明確な結果が出ようと関係ない。勝者こそが正義だ。
そんな謎思考によって誰も望んでない代理戦争をそこら中でやっている。
白熱するのもほどほどに。トラブルに発展したらもしもトークをしていた全員が責任を感じるように。俺は庇ってたしなんて言い訳は通用しません。関わった時点で燃料になるのです。言葉を発しなくても素っ気ない態度ってだけで火種になるのです。
「ま、それも含めて楽しい時間ってことで。答えがあるから考えずに済むのを楽と思うベーさんにはよくわからない感情かもしれないけどさ」
「余生をダラダラ過ごしている私に闘争心を求められても…」
ごもっとも。
主張とは若さだ。相手の意見に左右されない芯を持っている老人は、若者達の争いを遠く離れた場所から見ているだけ。例え巻き込まれても退避・防御する術を持っているので、対岸の火事だろうと戦場のど真ん中だろうと状況を楽しめる。
真の強者は、勝者と敗者を決める領域に居ない。
「ちなみに、善悪はともかく文明って争いによって進歩するものだけど、その辺はどう思ってるんだ? ベーさんの大好きなアイスが無くなるかもしれないし、進化するかもしれないぞ?」
「今自分で言ったじゃないですか…善悪はないって…時代の流れとはそういうものです。私はただ受け入れるだけ…」
「ははっ。ベーさんらしいな」
それでこそ怠惰だ。抗うなんて若い若い。真のグータラはだらけられる限り状況に流され続ける。だらけられなくなったら一番簡単な方法でだらけられるようにする。
それが世界半壊か引きこもりか人間界デビューかは、その時の彼女にしかわからないが、一番楽だと思った方法を取るに違いない。
「それじゃアイスも諦めるの? ベル、アンタ、あんなに好きって言ってたじゃない」
「大切なものは自分で守ります…世界が忘れようと自分が忘れなければ無くなりませんし、自分が忘れたら世界が覚えていようと無くなるんです…よ」
アリシア姉からの問いかけに、ベーさんは意味深で、真理で、万能な返答をする。
そして満足したように地面の中へと消えていった。
「あ、ウチとホウさん、どっちが上かの結果…出します…?」
「代理戦争で勘弁してください……」
もしかしたらこの世界はこうやって平和を保っているのかもしれない。
ボケボケ強者の近くにいる常識人が苦労したお陰で今の世があるとしたら、そのバトンを次世代に繋ぐのは、たぶん俺の役目だ。
「なんで止めるのよ。強者の戦いが見れたかもしれないってのに」
こうやって火種を作ろうとするバカも居るしな。
「ちなみにアリシア姉はどっちが勝つと思う?」
「そうねぇ……」
考え始めたアリシア姉を引き連れて、俺はベルダンへと足を踏み入れた。
論争ならいくらでも付き合ってやる。だから手を出すな。ラブ&ピースだ。適度じゃない争いは世界に必要ない。
『ルークさん、アリシアさん、いらっしゃい』
『この度は大変でしたわね』
洞窟を歩き始めて5歩。
町の警備に出掛けようとしているゴーレムさんと、洞窟周りの花々の手入れをするために出てきたジョセフィーヌさんと遭遇した。
「いえいえ、とても勉強になりました。見てください。精霊術が使えるようになったんですよ」
『『おお~っ』』
「どうもどうも」
アリシア姉に2人分の詫びの品を竜車まで取りに戻ってもらっているが、挨拶だけでは時間が足りないので修行の成果を見せて場を繋ごうと思ったのだが、こちらが良い気分にされてしまった。
流石、俺が認めるベルダンの唯一(唯二?)の良心だけはある。
これだから自然と俺の口調も敬語になるんだよ。
「俺が消えている間にベルダンの皆には捜索をしてもらったようで。御迷惑をお掛けしました。これ、お詫びと感謝の印です」
『これはこれは。ご丁寧にありがとうございます。ルークさんの元気な御姿を再び見られただけで十分ですのに』
それぞれに手渡して謝罪&感謝スタート。
尊重、謙遜、謙虚、感謝、謝罪。
素晴らしい心持ちじゃないか。いつまでもこうありたいものだ。
『本当に見違えましたよ。実はさっきまで知らない人が来たんじゃないかとソワソワしてたんですよ』
『ええ。お強くなられましたわ。今のルークさんはワタクシのデコピンでも消し飛ばせるかどうか……』
ゴーレムさんは自慢の甲冑をカチャカチャ鳴らして、ジョセフィーヌさんは自慢の拳をゴキゴキ鳴らして、生還を喜んでくれる。
どうやら2人は仕事とは別の目的もあって外に出てきたらしい。
ジョセフィーヌさんは、口調からもわかるように性格は極めて温厚な方なので、ちょっとアレな部分が出てしまっただけで、これは彼女なりの最大限の賛辞だ。
人化した時の見目麗しい姿は力仕事に向いていないらしく、見目恐ろしい魔獣……いや魔王の姿をしているのが惜しい。
美人であればどんな罵倒も暴力も快楽に変わる。逆に強面ならよほどの理解者でなければでなければ雰囲気だけでチビる。
終始和やかムードで2人との対談を終えた俺達は、念のために3人分の詫びの品を持って入り口横にある転移床に乗った。
「ハーピーとメルディにはもうしてるから、残りは8人だな」
「どこから行くの?」
「ホネカワ」
言うが早いか、俺達の体は所々に白骨が生えていたり白骨化している洞窟に飛ばされた。
『よう。帰って来たか』
「おう。帰って来たぜ」
フロアの入り口に座り込んでいたのは、自称スケルトンのフロアマスター。骨とギャグをこよなく愛するナイスガイだ。
ゴーレムさん達ほどの尊敬の念はないが、友達感覚で付き合っているので、対応もそれ相応。
『……ん? 骨密度の高い骨のイイ匂いが漂ってるな。向こうの世界で何かあったのか?』
「あったけどそのやり取りもう3度目だから、お前が期待してるようなリアクションは取れないぞ」
『マジかよッ! こっから連発しようと思ってたネタが丸潰れだ! 捜索怠けてコツコツ考えてたとっておきだってのに! 骨折り損じゃねぇか!』
「2つも言えたんだから良いだろ……」
というか怠けんな。
「……(スッ)」
『あん?』
グランドドラゴンことモグラのフロアは、ただ真っすぐの洞窟があるだけのフロア。蟻の巣と同じで本体はこの下なので、ここは来客(99%ベルダンメンバー)用にある空間だ。
人間嫌いのアイツは俺が呼んでも絶対に現れないので、比較的好かれているアリシア姉に呼び出してもらい、現れたモグラに向かって右手を突き出した。
それぞれの指先に土精霊術で文字を生成する。
『バ』『カ』『も』『ぐ』『ら』。
「ふっ」
そして微笑を浮かべて次のフロアへ転移した。
「おー、生きとったんかワレェ」
「今度その調子に乗った関西弁を使ったら、お前がどうやって排泄してるか徹底的に調べてやる。そして各出版社に写真と一緒にリークしてやる」
「じょ、冗談やんか……そんな怒らんでもええやろ……」
ベルダンで最も水場が多いのは間違いなく人魚セイレーンの棲んでいる地底湖だ。
俺達が来るのを待っていたのか、水面から飛び出して岩場の1つに腰かけたセイレーンは、某年末特番で見たことのある顔と台詞で俺の心を逆撫でた。
アリシア姉や傍に居るライムまで不快にしかねないので、軽く注意すると、何故かやけに怯えた様子で謝って来た。
『許してあげてください。セイレーンさんは嬉しいんです。ルークさんが無事で』
「おー、生きとったんかワレェ」
『私はワレではなくライムです。今後その調子に乗った関西弁を使ったら、貴方がどうやって幼女を手玉に取っているか調べて、身近な女性達に教えますよ』
「じょ、冗談じゃんか……そんな怒らなくても良いだろ……」
潔白だ。潔白だが、あの人達は某ソフトウェアも引くほど幼女に厳しいので、疑わしきは罰せよの精神で俺諸共殲滅しかねない。
「へぇ、やっぱりコツがあるわけね。そして日夜そのテクニックを磨いてるわけね(ギリギリッ)」
ほらね。ちょっとした冗談で腕が折られそうでしょ? 一応これでも精霊術で防御してるんですよ。でも真の力を発揮したアリシア姉には通用しないんです。
……え? 防御出来てない? 精霊術は本心を投影するから痛みを望んでいる人は守ってくれない? そんな馬鹿な……俺がこんなコミュニケーションとも呼べないやり取りを望むわけがないじゃないか。




