九百八十九話 調査終了
「でやああああッ!!」
「ふっ、丁度明かりが欲しいと思っていたところだ。感謝するぞ」
巨大な爪と化した炎が、3本、敵に向かって放たれた。
しかし、喰らった強者は、自身を燃やすそれを便利用品に例えて術者を嘲わらう。
「はああああああああッ!!」
「そんなものか……フン……他愛もない」
ならばとばかりに大剣で鋭い斬撃を見舞うも、強者は指先1本で受け止めて微動だにしない。震えているのは攻撃した者の手だけだ。
「気は済んだか? 今度はこちらから行くぞ。それ!」
「くううう!」
「ほほぉ、これを喰らってもまだ生きてるとはな……。だが我は全力の1%も出していないぞ」
「なっ!?」
「ふふっ、理解していないようだな。今のは下級魔術ですらない……声を発しただけだ。だが雑魚であればチリも残らん。貴様、名を何という?」
「は? どうしたのよ、アンタ。もしかしていつもの痛々しい遊びしてんの?」
「良い眼だ……ここまでボロボロにされてまだそんな眼が出来るのか……」
「ま、付き合ってくれるなら何だって良いけど……ねッ!」
数秒訝しんだ術者……もといアリシア姉は、再び魔法剣から炎をまき散らして、開戦の狼煙とした。
はい。というわけで、以上、俺の代役となったメルディの中二病ごっこと、そうとは知らずに全力で挑むアリシア姉の茶番でした~。
途中までは良い感じに進んでいたと思う。
こうなっている理由を説明する必要はないだろう。
実力ではなく勝手な過大評価とそれを演出する巧みな話術によって敗北したことを知ったアリシア姉が、嫌だと言っているのにしつこく再戦を申し込んで来るので、仲間外れ仲間のメルディと遊ばせているだけだ。
思い通りにならなかった時、ブーブー文句を言うアクティブ勢と、殻に閉じこもって被害妄想を膨らませるネガティブ勢のどちらがマシかは俺にはわからない。
ただその2人を会わせることで事態は好転した。
前者はストレス発散と『コイツに勝てば次はお前だ』思考を、後者は暇つぶしと『コイツの相手をすれば先程の件は無かったことにしてくれるんだな?』思考を……したかどうかは知らん。
とにかく俺達の仕事の邪魔にはならなくなった。
「ねぇ、ルーク、ここは……」
「あ~はいはい、そこは……ん~……こっちと繋いでこう迂回路にすれば良いんじゃね? ここに店があるから人並みはこう流れるだろうし」
「え? でもそうなるとこっちからのアクセスが――」
彼女達の戦場は調べ終わった土地。
背後で絶え間なく響く各種音が耳障りではあるし、振り返ったら地形が変わっている可能性もあるが、一足先の工事と言えなくもないので、俺とレオ兄は気にせず作業を進める。
もちろん計画に支障が出たら責任を持って修復してもらう。アリシア姉は……魔法剣レーヴァテインによる金属の生成とか爆破とかだな、うん。それ以外使えん。
……なに? アリシア姉が俺に固執しなくなった理由?
そんなの、これ以上無駄な時間を使いたくなかったレオ兄の脅迫が効いたからに決まってるじゃないか。
『じゃあアリシアも淑女としてのたしなみを身に付けるんだね?』
その一言でアッサリ引き下がった。
『結婚は女の幸せ』などという時代錯誤な常識がまかり通る世界だ。
俺の戦法を卑怯と罵り、その対処法を身に付けるまで付き合えと言うのであればで、まずはそちらを手に入れてから冒険者としてステップアップをするべきだし、仮に順番を逆にするにしても最高の時間の後には地獄が待っている。
自身のリスクマネジメントをしたアリシア姉は撤退を選んだ。
「アリシアはモテるよ。容姿はもちろん、飛ぶ鳥を落とす勢いのオルブライト家の長女ということで権力者から目をつけられてるんだ」
その際、嘘か本当か、レオ兄は話に信憑性を持たせるためにこんなことを言っていた。
「異議あり! 性格に難があり過ぎて容姿と家柄でもカバーしきれていません!」
この直後、殴られたのは言うまでもないことだし、周りも再び地球に旅立とうとしている俺を無視して話を進めたので、その様子をありのまま話すぜ。
「知らないの? 詳しくない人達からは“おてんば”と称されているんだよ。そんな生ぬるいものじゃないことはアリシアに近しい者なら全員が理解してるけど、欲に目がくらんだ人達はそれを『秘宝を守るための狂言』と嘲笑するんだ」
「つまり『ははーん。さてはお前、自分以外の人間を近づかせないようにしてるな? 俺達に彼女を取られたくないから』とオオカミ少年しているんデ~ス」
「そういうこと。正しいことを主張すればするほど逆効果で、一部では深窓の令嬢とまで言われているよ。たぶんアリシアが名乗り出ても『別人だ!』とか言われるんじゃないかな」
それはそれで面白そうだけど、やっぱり兄としては噂通りになってもらいたいかな。
レオ兄は、流れで戦いに持ち込もうとしているアリシア姉を、俺から引き剥がしながら言った。
(自分の目で真偽を確かめようとせず、他者からの情報に踊らされるピエロ共よ……貴様等は哀れだ。真実から目を背けて一体何になるというのか。この破壊神を嫁に出来るものならしてみるがいい! ふははっ!)
「ルーク様。嬉しそうですね」
「死後の世界に旅立とうとしているだけの可能性もありますけどネ~。ワタシ知ってますヨ。人間の中には死ぬ時に快楽を得る者もいるそうじゃないですか~」
「おや、ハーピーさん。私がそのようなミスをするとでも? ルーク様は私がお傍にいる限り死ぬことはありませんよ」
何それ怖い……なんかもうフィーネが言うと寿命とかも超越しそうで怖い……。
というかそろそろ誰か起こして。俺ずっと地面に突っ伏してるの。腹パンが足と腰にきて起き上がれないの。
レオ兄、仕事進まないけど良いの? ……あ、フィーネが代わりにするから大丈夫? 主人公が手に入れた力の上位互換を秒で出すのは、ストーリー展開的にどうなん? わかってたけどあんまり活躍の場を奪われると拗ねるよ?
「ただいま~」
なんだかんだと調査を終えて、すったもんだと帰路につき、あれやこれやでヨシュアに到着し、そんなこんなでオルブライト家の門をくぐった俺は、1週間ぶり(俺的には2ヶ月強ぶり)の我が家に感動。
色々な成果を報告するべく家族の下を目指して歩みを進めた。
「グル~」
「おおっ、クロ、ただいま! どうだ、1週間ぶりの俺は。見違えただろ? 男子三日会わざれば刮目して見よって言うもんな」
真っ先に現れたのは、父さんでも母さんでもマリクでもエルでもヒカリでもその他知り合いでもなく、クロ。
もうすぐ到着する的な連絡はしていなかったので、庭でゴロゴロしていた彼が真っ先に俺達の存在に気付いて出迎えてくれたのだ。
「……グル」
変わらない俺の様子に呆れながら近寄って来たクロは、一瞬真剣な顔になり、モフモフした巨大な顔を俺の胸元にグイッと寄せたかと思うと、渋い顔をして『知らない獣のニオイがします』と、つい最近聞いたことのあるような台詞を吐いた。
「グル、グルル、グル~」
(オオカミ……そう、これはオオカミのものです。体長は1mちょっと。他の生物とは比較にならない力を持っています。例えるなら人と神獣ぐらいの差ですね。そのニオイがまるで58日共に過ごした相棒のように、ルークさんの体にこびり付いています)
「貴様もか、クロ! よしんばそうだったとして、なんでそんな責められなくちゃならない!? 俺が一体何をした!?」
アリシア姉と言い、クロと言い、何なんだよ……。
その不思議能力と合わせて説明してくれ……。
その後、家族を集めて異世界に転移していたことを説明し、浮気を責める妻のようなクロを納得させた俺は、一息つく間もなく町へ乗り出した。
「鉄も感謝も謝罪も早いうちに打てってな」
「自分の意志でやってるみたいに言ってるけど、父さん達から言われただけでしょ。アンタ、あのまま家でくつろぐ気満々だったじゃない」
「誤解を招く言い方はやめてもらおうか。俺はゆっくりと時間を掛けて話したかったんだ。どうせ俺達が帰って来たことはすぐに広まるんだ。どんなに急ごうが待たされる人間は出る。なら1ヶ所1ヶ所、1人ひとり、気が済むまで話し合った方が良いと思わないか?」
「アンタと口論する気はないわ。どうせ何言っても後付けの御託を並べるんでしょ」
勝ちはしたが彼女の中で『卑怯者』のレッテルを貼られてしまったらしい。だが信じてくれ。俺は無実だ。猫の手食堂は明日定休日だから明日にするべきなんだ。
「というかなんでアリシア姉がついて来てんだよ。俺1人だと逃げるかもしれないってことか?」
「それもあるけど、弟が迷惑掛けたんだから姉として一緒に謝罪しないと。父さんもレオも仕事で忙しいみたいだし」
妙な所で律儀な人だ。自分の非礼は詫びないクセに……。
まぁ非礼と思ってないだけなんだろうけどさ。無知は罪という言葉を知らないに違いない。
ちなみに俺は『知っているのに知らないフリをする』や『悪いと思っていても素直に謝れない』の方が悪いことだと思っている。
そういう意味では『面倒臭がって知らないままここまで来た』という彼女の生き方は嫌いではない。




