九百八十八話 真・ルーク=オルブライト5
序盤ならラスボス他の襲撃や立ち入り禁止の森に入ったことで、中盤ならこれまでツンツンしていた者が「情けねぇなー」と言いながら助けに現れたり秘められていた過去が明らかになることで、終盤なら知人が死亡することで起こる主人公の覚醒。
今の俺がどれに該当するのかは神と予言者と一部強者のみが知ることなので、死ぬ直前に決めるとして……。
手に入れた力で自称教育者アリシア=オルブライトに圧勝した後。俺達は当初の目的通り現地調査をしながら駄弁っていた。
「……よく聞き取れなかったわ。もう1回言ってくれる? アンタが使った精霊術がなんだって?」
「だからぁ~」
「ルーク、あの辺りの地面が何だって? もう一度言ってくれるかな?」
基本的に世の中は早い者勝ちなので、会話だろうと約束だろうと先にした方を優先するものだが、雑談と仕事の話では誰もが後者を優先するはずだ。
というわけで俺はアリシア姉の要望に応えるより、ほぼ同じセリフを口にしながら割り込んで来たレオ兄の要望に応えることに。
「そっからそこまでの地面、10mほど掘ったら急に硬くなるから水道工事の対象外にしといた方が良いぞ。支柱が安定するからデカイ建物を作るのには向いてるな」
「り、了解……!」
駄弁っていると言っても別に怠けているわけではない。
俺を探すために全員で散々調べた後なので、やれることと言えば、インフラ整備に向いている場所を教えたり、向いていない場所をどう使うべきか教えたり、何故か町づくりのリーダーにされている俺の頭の中にある構想を伝えるぐらいしかないのだ。
そして、書記にしてまとめ役のレオ兄が書き留めるより、俺が口頭で説明する方が早いので、自然と空き時間が生まれると。
「ちょっと、レオ! 私が話してるんだから邪魔しないでよ!」
「なんで僕が怒られてるのさ!? 本題こっちだよね!? 邪魔しないでよ、は僕の台詞だよ!! アリシアの抱いてる疑問と同じで、こっちもルークじゃないと答えられないものなんだからねッ!!」
焦りは苛立ちを生む。
それは秀才ともてはやされている人間も例外ではなかったようで、普段の温厚さはどこへやら、仕事の鬼と化したレオ兄は作業を邪魔する妹……いや敵を睨みつけた。
「お、怒らなくても良いじゃない……冗談よ、冗談……」
然しものアリシア姉もこれにはタジタジだ。
「ククク……良いぞ。闇に囚われている。そのままダークサイドに堕ちてしまえ」
「メルディ。そこに立たれると測定出来ないんだけど。手伝う気がないならどっか行っててくれないかな? 邪魔だから」
「ふぐぅぅ~~!!」
一切オブラートに包まない正論ヤクザキックがメルディを襲う。
体は大人、心は中二病、実年齢は7歳の幼女は、両手で顔を覆ったまま自分の影に逃げ込んだ。
言い方はアレだが、邪魔になっていたのは事実だし、注意されるのはこれで3度目なので、反省しないメルディにも非はある。
こういった場合、どのように接するかが教育者の腕の見せ所なのだろう。
優しくし過ぎてもダメ。厳しくし過ぎてもダメ。教育マニュアルのようなものもあるが、十人十色の考え方を持つ生物にすべて当てはまるわけがない。
もしそれでマニュアル通りになったとしても、人生の正解なんて走馬灯で振り返ってようやく見つけられるかどうか……いや、だとしても本人が知らないところで役立っていたり批難されていたりするので、やはり正解なんて存在しない。
結局のところどうなろうと正しいと思って突き進むしかないのだ。
だから俺はこれに関して何も言わない。
「むむ……レオさん、やりますネ。真綿で首を絞めるように弄ぶばかりでは芸がないので、たまには言葉の槍で容赦なく突き刺そうと思っていたワタシの策を先に……」
ただ、仲の良い友達を泣かされたハーピーは違った。
上げて落とす戦法を基本とする彼女なら、この後、それはそれは辛辣な責めがおこなわれることだろう。
「ナイスサディスティック! どうです? 今後はワタシと『からかいのハーピー』『辛辣なレオポルド』でコンビを組みませんカ?」
「まさかの肯定!?」
俺が思っていた以上に彼女は友人に厳しかった。
「HAHAHA~♪ メルちゃんはそんなに弱くありまセ~ン。傷付いたフリをして構ってもらいたいだけデ~ス。今も闇の底から構ってちゃんオーラ全開でこちらを見ていますヨ。同情と優しい言葉を欲してますヨ」
「ガチの思春期じゃん! 放っておいたら『なんで来ないんだよ! 俺が悪いってのかよ!』って逆切れするやつじゃん!」
「ワタシは力でも言葉でも捻じ伏せる自信があるのであえて放っておきますけどネ~。これでメルちゃんの新しい一面が見れるかと思うとワクワクが止まりまセン」
レオ兄の失態(?)すら利用するハーピーさん……マジパネェっす……。
さて、暗黒世界に逃げ込んだ中二病を引っ張り出すほどの力も交渉力も持っていないので、メルディのことはハーピーに任せるとして。
いい加減アリシア姉のことも構ってやらないと、次なる構ってちゃんが生まれてしまいそうなので、話を戻すとしよう。
「一瞬で構築した三重結界も、底なし沼も、時限爆弾も、水溜まりも、変態風精霊も、あの戦闘で起きたことは空気を固めた以外ぜ~んぶハッタリだったんだよ」
詳しい説明はまだ。ここまで言った瞬間にアリシア姉が上記の発言をしてきたのだ。
「風精霊はわかるわよ。胸元になんか乗ってる感じがしただけで見たわけじゃないから。でも他のは? どうやったのよ?」
直立した状態で胸に何かが乗るということがどれほど凄いことか、貧乳代表のルナマリアと小一時間ほど語らいたいところではあるが、それは後の楽しみに取っておくとして。
「結界と沼はフィーネがルール説明してる間に作っておいた。アリシア姉は絶対に開始と同時に攻撃して来るからな。あとは、あたかも状況に応じて対処したように見せかけて、景色と同化させてたものを出現させただけ」
「同化? アンタに攻撃する時、あの辺りを通ったけど、沼なんて無かったわよ?」
「いや、あったよ。アリシア姉が飛び越えたから気付かなかっただけだ。結界と沼、どっちを先に出すかは臨機応変に対応するつもりだったけどな。
ちなみに、理想は沼にハマってから結界で上から押し潰すだったから、蓋の生成ってひと手間を掛けさせたアリシア姉は初手の二択は成功してたんだぞ」
無言で唸りながら次の展開について説明を促すアリシア姉。
俺はその意思を汲み取って話を続けた。
「で、完全に俺の力量を見誤ったアリシア姉は、精霊術は触れなくても発動できると思い込んで、それ以降のハッタリも全部信じた」
時限爆弾? そんなもの5秒で作れるわけないだろ。ただの火の輪だ。もちろん背中には何もない。
水溜まり? アリシア姉に吹き飛ばされた沼の残骸だ。土精霊が先に地面に還ったから水精霊だけが残されたんだ。数秒もすれば染みこんで消えてた。
風精霊? そんなの付いてるわけないだろ。もし付いてたら戦いそっちのけでぶっ飛ばすわ。それで負けても悔いはない。姉のバストを守るのは弟の義務だ。
「つまり私はまんまと罠だらけのアンタの陣地におびき寄せられたってわけ?」
「俺が策士みたいに言わないでくれるか!? ほぼ自爆だからな!? アリシア姉が変な対処してなかったら、リミット半分しか掛けられなくて戦闘続行だったんだからな!?」
「どうせその準備もしてたんでしょ……」
「まぁハッタリかましてる間に次のトラップの準備は進めてたけど……結界と沼に比べるとまるわかりだし、それだって落ち着いて見ればわかるレベルでお粗末なものだったんだぞ?」
拳と拳、魔力と魔力、魔術と精霊術のぶつかり合いしか想定してなかったアリシア姉の敗北は、最初から決まっていたのだ。
そしてタネを明かしたということはもう戦わないということ。
いくら敗北者が「はぁはぁ」と過呼吸になりながら血走った眼をしようとも、今の内に対処法を身に付けないと危険だと主張しようとも、駄々をこねようとも、俺がこの力を戦闘に使うことは二度とない。
「いえ、そこをなんとか……あれは必要なことだったのです……」
俺を名誉棄損で訴えようとした風精霊を宥めてくれてるフィーネに誓って!
胸スキーとか言って御免なさいね! キミ、お尻派だったのね!




