九百八十七話 真・ルーク=オルブライト4
「やれやれ……5分だけだからな? 満足しようがしまいが、勝とうが負けようが、それでおしまい。もう絡んで来るなよ?」
「ええ。その代わりアンタも全力出しなさいよ」
「へいへい……」
と、圧倒的強者にしか許されない言動と共に最終確認をした俺は、ゆっくりと歩を進めて敵から距離を取り、15歩進んだところで振り返って対峙した。
どうせ開拓する土地だ。焼き野原になろうが陥没しようが構いはしないだろう。手間が省けたと喜ばれるかもしれない。
「では改めて確認させていただきます」
俺達の中間に立ったフィーネは、交互に顔色を窺いながら話し始めた。
「戦闘区域は現在私が立っている地点から半径50m。ルーク様とアリシア様以外の者は干渉不可。個人の力であれば魔力・精霊・トラップ・脅迫・騙しなど、どのような手段も許される実践方式。
唯一例外は敗北を認める際の『参った』発言。両手を上げておこなった場合は敗北が決定します。
本人が敗北を認めるか制限時間が過ぎた場合のみ決着がつきます。5分経過してもお2人に戦闘意欲と戦闘能力が残っている場合、勝敗はこちらで判断させていただきます」
最後に、この条件で良いか尋ねる視線を向けられ、俺とアリシア姉は同時に「ああ」「ええ」と肯定の意を示す。
するとフィーネは静かに頷いて天に片手を掲げ、上空にタイマーを出現させた。これならどこからでも残り時間が確認出来る。
「それでは……」
戦闘開始。その4文字を口にすることは1秒もあれば出来るが、フィーネはすぐには出さなかった。緊張感を煽る間を置く。
観客達はゴクリと息を呑み、当事者である俺とアリシア姉は最後の精神統一を試みる。
目を閉じたまま一度大きく深呼吸をして、
(んじゃあ、下克上と行きますか!!)
カッと目を開けると世界は精霊で溢れていた。
さて、地を這う風のように鋭い跳躍を見せたアリシア姉が、俺の右腹に回し蹴りを叩き込むまであと1秒は掛かりそうなので、何故こんなことになっているか話していこうと思う。
焦る必要はない。
精霊術において大切なのは余裕だ。
指示を出す余裕、発動したら何とかなると信じる心、信じさせる心。そういった余裕が力となるのだ。最善手を生み出すのだ。
では話を戻して……。
事の発端はアリシア姉が妥協し始めたこと。
『魔法がキツイなら使わない』
『魔法剣がキツイなら使わない』
『時間無制限がキツイなら制限時間を設ける』
どうしても俺と戦いたいらしく、彼女は良い勝負が出来そうな条件を次々に出してきた。
元々、ゴキゲンな蝶になってきらめく風に乗って今すぐ羽ばたいてみたいと思っていただけに、覚醒して手に入れた力でいじめっ子に復讐するという展開は中々にそそられるものがあった。
実は俺のことを想ってやってたことが明らかになる王道パターンじゃないか。もしくは「へっ、やるじゃねえか」って認めてもらえるパターン。
これはイジメが肯定される数少ない展開だ。
お涙頂戴したらOKみたいな。反省して仲間のために尽くしたら許されるみたいな。認めてなかったなら仕方ないよなみたいな。イジメてたことが負い目になって、陰のあるキャラとして人気が出ちゃうこともしばしば。
現実では生涯根に持たれても不思議じゃない大事件だが、それを笑って許す心の広い主人公と、人気キャラへの第一歩を歩むことになるライバルという構図は、正直誰もが欲しているはずだ。
どちらになりたいかは意見の分かれるところだろうが、俺は前者が良い。
そして主人公になるためには勝利こそが絶対条件だ。
大体どの悪者も「力こそ正義。勝った者が正義」「私が支配者となることで世界は平和になるのだ」と言うが、主人公に負けてしまうから実現しないだけで、主張自体は間違ってはいないと俺は思っている。
その証拠に主人公達もやっていることは変わらない。
悪を改心させるでも、悪の心を持つ切っ掛けとなった出来事の再犯防止をするでもなく、「お前がいると迷惑だ!」とぶっ飛ばして終わり。
改心させるにしても失った恋人なり悪側の連中が悲しんでるぞ的なことを言うだけで、結局は力で捻じ伏せて、悪以外が幸せになりましたエンド。
基本的に悪は世のため人のためを考え、主人公サイドは物理的な力と運命的な力でゴリ押す。
悪が何百年掛けても出来なかったことをアッサリやってしまう。仲間との絆やら世界との対話やら人々との交渉やらで、一瞬、長くても数日で代案を見つけてしまう。
そして言うのだ。
『もう争う必要なんてない! これで世界は平和になるんだ!』
過去の経験や不確定要素を受け入れられない悪はこれを否定する。
するとどうだ。アッサリと説得を諦めて戦い始めるではないか。本当に正しいと思っているなら理解してくれるまで説明を続けるものだろ? 何故粘らない?
答えは簡単。これから始まる世界に彼等は不要だからだ。
全人類に自分が正義で敵が悪という構図を伝え、この力は新たな悪が現れた時のためのものだという保身。『英雄』という確固たる地位を確立するための犠牲になってもらわなければ困るからだ。
いがみ合っていた国だの相手だのが主人公達に説得されて手を取り合ったりもするが、主張なり利害なりがぶつかるからいがみ合っていたわけで、精神論だけで解決するわけがない。
仮に未来永劫仲良くなったとしたら、それは誰でもない悪者のお陰だ。彼等と、これといった解決策も出さないまま他力本願な正論パンチを放った主人公のお陰だ。
力こそ正義のお手本のような連中じゃないか。
幸運にもNAISEI系主人公を目指せる俺は、悪者の知性と主人公のハッピーエンドの両立が可能だ。
「そー言えば船内に訓練用の刃を潰した鉄剣がありましたネー」
「ふっ、我も知っているぞ。アリシアが愛用している大剣と重量も寸法も瓜二つの偽りのレーヴァテインのことだろう。たしか訓練用に魔力と身体能力を制限する機能もついていたはずだ」
「はい。ですがその機能はルーク様が使用するべきものです。明確な勝利を望むアリシア様と違い、ルーク様が望まれるは相手を制圧すること。愛するお姉様への攻撃を躊躇われるルーク様には無力化を目指していただくべきかと」
さらに身の安全を保障してくれる発言が飛び出す。
ハンデでありながらハンデでない素敵仕様だ。
ここからさらにルールを詰めていった結果、俺とアリシア姉のガチバトルの火蓋は切られることとなった。
「シッ!」
華奢な体に見合わない強烈な一撃が、俺の右手に重くのしかかる。
安堵している暇などない。コンマ数秒後には同様の方向から大剣が飛んできた。右手は封じられている。片手で受けるにはあまりにも辛い。
「風! 三重!」
「っ! やるじゃない!」
展開した風の結界は一瞬で砕かれたが、アリシア姉の体をひっくり返す時間は稼げた。
いくら戦闘のプロでも、振るっている途中の太刀筋を変えることは難しいようで、それ以上の追撃は諦めて大人しく空中で回転するアリシア姉。
大剣も一緒に回る。
下手に手を出せば骨折しかねない。おそらく彼女もそれを想定して次の手に移ろうとしているのだろうが、生憎と俺には手以外に出すものが沢山ある。
「空気よ固まれ! 大地を沼に!」
「なっ!?」
あわよくば肉体を拘束しようと思ったのだが今の俺にそこまでの力はなく、保険として発動させた足場を奪う精霊術で移動制限することに成功。
拘束は出来なくても蓋にはなる。
アリシア姉は直径2mの土の海にズブズブと沈んでいく。
「……とでも言うと思った? 甘いわよ! 前にアンタんとこの変な生物に拘束されて以来、身動きを封じる攻撃への対策はバッチリよ!」
「なんだと!?」
本気のバトルに自分が思っている以上にハマっていたらしく、普段『いやそのリアクションはないわ。ワザとらし過ぎる』と思っている台詞を普通に吐いてしまった。
驚いた時は出るね、これ。
心が中二病に染まってるからかもしれないけど。
まぁそれはそうとして、その言葉に偽りはなく、体内の魔力を増幅させて自身を拘束していた精霊達を吹き飛ばしたアリシア姉は、自由になった両手で火の短剣を生み出し、
「でやあっ!」
電極をスパークさせるように2本を勢いよくぶつけて、大爆発を引き起こした。
地響きと煙が辺りを包む。
「ゴホゴホッ……ど、どうよ……これで私にはその技が通用しないってわかったかしら?」
「俺が想定してた以上のダメージ入ってるんだが?」
拘束を解くのに消耗し、スパークアイテムを作るのに消耗し、最も近くで爆発を受けた肉体も消耗。仮に結界を展開して防いだとしてもやはり消耗。
たしかに戦闘不能になるよりはマシだろうが、最善かと言われたら首を傾げざるを得ない。
「しょうがないじゃない。魔法が使えないんだから。普段なら強引に吹き飛ばしてたわよ」
「いや……そういう時のためにもっと良い方法考えとけよ。術式の解除とか、最初の魔力増幅で脱出まで持っていくとか、足からジェット噴射するとか、短剣で空間ごと切り裂くとか」
「出来たらとっくにやってるわよ!」
逆切れされた……本人も気にしていたのかもしれない。
まぁ、修行中の技や本番で完成するはずの技が不発に終わったら、そりゃ怒るわな。「なんで今なんだよ」「もうちょっと待ってよ」って。
「それと最後のは後でやり方教えなさい」
「いや今教えるよ……俺の勝ちだし」
「……は?」
突然の勝利宣言に呆気に取られるアリシア姉。まだ1分も経っていない。お互い小手調べをしている段階でそんなことを言われたのだから当然の反応だろう。
ではその理由を説明させていただこう。
変身中や口上中は邪魔してはならないものだが、仕掛けること自体は禁止されていない。
裏からこっそり近づいて戦闘開始と同時に奇襲するも良し、激戦地になるであろう場所に罠を張るも良し、風上から毒的なものを流しておくも良し。
「アリシア姉が脱出するまでの5秒間で、剣につけられた全リミッターを発動させてもらった。次同じことをやれば俺の勝ちは確定だ」
「同じことをさせなきゃ良いだけじゃない」
「ではまずご自分の手をご覧ください。火を乱発していて気付かなかったようですが、素敵な時限爆弾が仕掛けられていますね。見えないと思いますが背中にもありますよ。
次に足元をご覧ください。とても澄んだ水溜まりがありますね。私が一声掛ければ凍りつきますよ。水から出たとしても水滴が地面に張り付きます。
さらに胸元をご覧ください。巨乳好きの風精霊が貼り付いていますね。私が何も言わずとも揉みますよ。ぷるんぷるんさせますよ。私はそんなお姉様の姿は見たくありません。きっとどこかで見ているお兄様も同じことを言うでしょう」
「…………」
「負けを、認めてくれますね?」
優しく諭すように言うと、アリシア姉は悔しそうに両手を上げて、参ったを宣言してくれた。
この戦い……俺の勝ちだ! 俺こそが主人公だ!!




