九百八十四話 真・ルーク=オルブライト1
「すぅぅ……はぁぁ……」
久しぶりに吸ったアルディアの空気は、美味しかった。
ここには、大気汚染も、水質汚濁も、土壌汚染も存在しない。騒音と悪臭はあるにはあるが、発生頻度は比べものにならないし、有害物質ではないので危機感を覚える必要がない。人によっては心地良い音やイイ匂いと言うかもしれない。
無害なんじゃない。呼吸するだけで活力が漲るエネルギッシュな空気だ。
(うう……は、はしゃぎたい……くっ……静まれ、内なる俺……!)
だからなのか、感傷に浸ろうとした俺の心を、今すぐ遥か彼方の自宅まで全力疾走したくなるような、体内を駆け巡る魔力を後先考えずに解き放ちたくなるような、ワクワクとソワソワが支配した。
幼少期に県外の祖父母の家に赴き、そこで新しいオモチャを手に入れ、友人に自慢するために必死に練習して技を習得し、4日ぶりに帰宅した時の、あの気持ちだ。
今なら何でも出来る。俺は最強だ。さぁさぁ何をしてやろうか。
ワクワク120%の精神で、明日にしなさいという両親の忠告を無視して、夜にも関わらず友人宅のチャイムを鳴らしてしまうあの感覚を前にしては、『ただいま』の一言を考えることすら難しい。
再会の喜びと、相手にする面倒臭さと、自分にないものを手に入れた羨ましさを入り混じらせた顔の友人が「あ、帰って来たんだ。おかえり」と言ったとしても、だ。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
まぁそれも子供だったらの話ですわ。
現状を把握するべく中二心……もとい少年心を抑えつけることに成功した俺にとって、適切な挨拶を返すことなど造作もない。
「そっか……俺、1時間も消えてたのか……」
流石というか、フィーネは俺が突然姿を消したことに慌てることなく動揺する一同をまとめ上げ、俺を探してくれていたらしい。
物理的に探すのはアリシア姉とレオ兄に任せ、彼女はメルディとハーピー、そして呼び出したユキと共に魔術および精霊方面を捜索しており、近くに居たこともあっていち早く俺の気配に気付いた彼女が最初に現れた。
そんな現状報告をしたフィーネは、すぐさま吸血鬼と鳥にメンバー回収任務を与え、現在も捜索してくれている各地の者達へ発見報告を始めた。
転移の可能性も考慮した結果、彼女達は現地で探すだけではなく、方々に連絡を入れていた。つまりメチャクチャ大勢に迷惑&心配を掛けた。
一体どれだけの人間を巻き込んだのかは想像もしたくない。『見つかった。詳細は後日話す』という最低限の報告をするのにすら一斉強制念話で1分近く要しているので、期待しても良さそうだ。
フィーネなら一度に5人は余裕だろう。1回5秒としてザっと……60人? ホント嬉しくて涙が出る。一緒に溜息も出る。
俺のせいじゃないのに謝れるのは俺だけなので、事後処理がとてもとても面倒臭そうだ。
「心配掛けたみたいだな。ここに居るみんなにも、探してくれてる各地の連中にも」
「ホントですよ、まったく~。バスターコールで呼び出された私の身にもなってください。もうちょっとでベーさんに500年前のリベンジが出来たところだったのにぃ~」
フィーネに続いて現れたのは暇人ユキ。
彼女のお陰で俺は60秒もの貴重な時間を無駄にせずに済んだ。
ただ特に追加説明がない辺りユキがユキである由縁と言えよう。得られたのは、大地の王と棒倒しをしていた時に呼び出されたこと、以前に負けていること、今では対抗する力を身に付けていること、という本件に一切関係のない無駄情報。
「なんだよ、そのバスターコールって。なんでそんな物騒な名前ついてんだよ。ただの呼び出しじゃないのかよ」
海軍本部中将5人と軍艦10隻という国家戦争クラスの大戦力で無差別攻撃をおこなう命令ではないにしても、敵対勢力に仕掛ける意味を持つ『バスター』という言葉が入っている以上、安全や平和とはかけ離れたものであることは間違いない。
「大事なところを噛まないでください。マスターコールです。人間風に言うなら『一生に一度のお願い』ですね」
と、緊急事態宣言を解くことに成功したフィーネが戻って来て、真実を明かしてくれた。
そしてやはりユキはユキだった。
フィーネの例え話も微妙だ。もし本当にそのレベルだとしたら大したことはない。子供なら年1ぐらいで使う。文字通り一生に一度のものだと思いたい。
「まぁその辺は関係性によるので何とも言えませんけど、私が使用許可を出している相手で使ったのはフィーネさんが初めてですね~」
「手助けを求めない相手にしか許可を出していないだけでしょう……」
「人を頼るぐらいなら死を選ぶぐらいでないと精霊王として恥ずかしいと言いますか~。いざという時なんとかなるみたいな考え方されると迷惑と言いますか~」
「異常事態を何とかすることも精霊王の仕事なのでは?」
「あー、それなんですけど、YOUは何しに日本へ?」
分が悪いと判断したユキは、まるで俺が悪いと言わんばかりの様子で、事情を尋ねて来た。事と次第によってはそのまま責任を擦り付けるつもりなのだろう。
「あ、それはわかってるんだな」
まぁ俺は悪くないし、消えていた間に何が起きたか説明する手間も省けて助かった。フィーネと共にあのミステリーサークルを解析したに違いない。
「いえいえ、鎌をかけただけですよ~。肉体を神界と精霊界の狭間に転送し、精神だけを地球へ飛ばし、2つの世界の時間軸をシンクロさせたかと思いきや神の干渉によって半年前になり、精霊の少ない世界で2ヶ月サバイバル生活を送って精霊術を身に付け、数秒後に再転生するだったはずがこれまた神の手によって1時間というズレが生じたことなんて、ぜ~んぜん知りませんよ~」
はい、イーさんの共犯者の1人が自供しましたー。
やけに時間軸のことに詳しかったのでその辺りを担当したものと思われますー。
「ユキ……」
「はわわ! わ、私は何も知りません! 無実です! 信じてください!」
真実を知らない人間から責めるような視線を向けられて初めて己の犯した過ちに気付いたのか、ユキは両手をバタバタと忙しなく動かして身の潔白を訴え始めた。
「関わった人間の名前を教えてくれたら信じてやろう」
「えーっと……ベーさんとー、ホウさんとー、スイちゃんとー……ってこれ知ってる時点で共犯者なんじゃ?」
チッ、気付かれたか。だが大体予想通りのメンバーだ。これにイーさんを加えた5人が主犯格と見て間違いないだろう。
「は、謀りましたね! ハッ、まさか私達の目的がルークさんのパワーアップによる世界復興の加速ということも!? 今のままでは誰が協力しても失敗してしまうので、無理矢理に修行させるためにあちら側へ送り込んだことにも、気付いているんですか!?」
「ああ。もちろんだ」
「くぅぅ~~っ! やりますね~!」
心底悔しそうに、そして自分の見る目は正しかったと誇らしそうに、指パッチンをするユキ。
コイツとは一生友達でいようと思ったね。
「まぁそんなわけで地球に転生させられててさ。ただ詳細を伝えるのは無理そうだからこれ以上は聞かないでくれ」
自らを縛り上げたユキが好きにしろと言わんばかりにロープの先端を渡してきたので、犯人共々その場に放置し、俺が転生者だと知らないメンバーが来る前に追加説明をおこなう。
するとフィーネは「了解しました」と即答して、すべてを流して……いや受け入れてくれた。
イーさんの存在を知っているというだけでこんなに話が早いとは……。
まぁ助かるけど。
「ですがその前に1つ助言させていただいてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「ルーク様はご自身が想像されている以上に力を身に付けていらっしゃいます。これはもはや進化です。周りの方々に知られる前に形だけでも良いので修行をなされた方がよろしいかと」
「……了解」
ユキもそう言っていたし、そうでなくても薄々そうなるだろうとは思ったが、やはり精霊の少ない地球で精霊の多いアルディアと同等の力を身に付ければ、こちらでの能力はとてつもなく向上するようだ。
わかりやすく言うと、封印された状態で戦えるようになったら解放した時はスゲェぞってこと。
……え? わかりにくい? そんな馬鹿な。伝統的なパワーアップ方法じゃないか。むしろそれ以外の方法なんだよ。教えてくれよ。潜在能力引き出すのだって、精神的な負荷を取り除くのだって、同じことだろ。
要はスプリングよ。縮めた分だけ跳ねるんだよ。んで力ってのは一度伸びたら元には戻らないから、それが伸びしろになると。努力ってストーリー展開しやすいしな。最近は流行ってないみたいだけど。
そういうとこよ、日本。
努力カッコ悪いだの、暴力がダメだの、才能の上に胡坐かいていたいだの、腑抜けた考えが蔓延してる理由は、理想であるはずの二次元ですら怠けるようになってるからじゃん。
二言目には才能がない才能がないって、出来なかった時の言い訳を考えるばっかで、出来る人を褒めたり自慢する心を忘れてるんじゃないの?
ま、俺は楽して生きるために努力して、手に入れた力で楽しますけどね!! 必要な努力はしますけどね!!
「努力……されますか?」
「すいませんでした。努力してるように見えるだけで良いです。これ以上の力は望みませんので、くれぐれもお手柔らかにお願いします」
ほどほどって良い言葉だよね。
結果を求めてない。努力する姿勢が大切だと言ってくれてる気がする。甘えるつもりはないが、やり過ぎも違う。




