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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
四十六章 地球編

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九百八十三話 地球最後の日

「がるるるっ!」


 シラヌイの声ではない。彼なら巻き込まれまいと離れた場所でジッとしている。幼女達の誰かが数秒凝視すれば脱兎のごとく逃げ出すだろう。


 これは俺の帰還を阻止せんとする詩愛の声だ。


 話し合いには応じない。暴力にも屈しない。お前が帰るのを諦めるまで私は絶対離さない。これからも一緒に歳をとっていくんだ。


 そんな強い意志を持った幼女の攻撃にして防御だ。


「トイレや食事はそれで良いとして、俺は10月2日になったら状態に関係なく転移するぞ。もちろん1人でな……っしょ」


 力づくで剥がすのは容易い。精霊術を使わなくても出来る。子供が大人に腕力で勝てるわけがないのだ。


 しかしここでの対話は避けて通れないもの。


 俺は、残りの時間をすべて説得に費やす覚悟で、詩愛を装着したまま椅子に丁度良い幹に腰かけた。


「変えられないことに時間を使うより1つでも多く思い出をつくらないか? そっちの方が有意義だろ?」


「人情を失った効率論は後にしてもらっていいかな? 色々聞きたいことがあるから」


「ただの事実と俺の意志と助言なんだが……なんだ?」


 人聞きの悪いことを言う光に、無駄とは思いつつ訂正を求め、少しでもこの状況を打開出来ればと質問に応じる姿勢を示す。


「さっき『1人で』って言ったけどシラヌイ君は? 使い魔なんだよな? 置いて行くの?」


「コイツはこっちで生み出した存在だからな。連れて帰ることが出来ないんだ。俺が消えたらその内コイツも消える」


 本当に目ざとい&耳ざとい少女だ。


 自分では落ち着ていると思っていたのだがそんなこともなかったらしく、光に指摘されて初めて失言に気付いた俺は、出来る限り動揺を隠して……、


「い゛い゛い゛いぃーーーあ゛あ゛あ゛ああああーーーッッ!!!」


「ぐはっ!」


 両手両足が使えない状態でも攻撃する手段を見出した詩愛は、覚えたてのハウリングボイスで耳を、ヘッドバットで腹を、その両方で良心を攻撃してくる。


 それどころか説得に成功したはずの光といぶまで、まるで契約違反でもしたかのように徹底抗戦の構えを見せる。


「まったく……悪手としか言いようがないよ。まさか1人いなくなるのも2人いなくなるのも同じと思っているんじゃないだろうね?」


(誰か、この中に俺の記憶だけそのままに時間を巻き戻せるお客様はいらっしゃいませんか? もしくはどんな幼女でも言いくるめられるジゴロ様。大量の精神安定剤をお持ちのお医者様。この際ギャルゲーのプロでも良いです。助けてください)


「全部キミのことだね。しかしこの状況を覆すのは無理だ。キミに足りないものは、それは、情熱・頭脳・気遣い・冷静さ・勤勉さ! そしてなによりもォォォオオオオッ!! 能力が足りない!!」


 見えない、触れない、触れられないのを良いことに森の中を駆け回ったイーさんは、活を入れるように俺の胴体を蹴り、案の定すり抜け、何事もなかったかのように黙りこくった。


 彼女の言い分はもっともだ。


 しかし1つ言い訳させてほしい。


 幼女達にシラヌイの正体がニホンオオカミであることを伝えたとしても、言い間違いということにして1人と1匹に訂正したとしても、結果は同じだったはずだ。


 飼えない以上はここでお別れなのだ。


 おそらく長生きするであろうシラヌイは野生で人知れず死ぬしかない。それが彼にとっての幸せであり、彼女達にとっての幸せじゃないか。


(どうせ寿命は教えてくれないんだろ?)


「二度と関わることのない世界のことを気にしてどうするんだい? シラヌイ君が繁殖しようが、彼女達が不幸になろうが、アルディアより素敵な世界になろうが、こちらで生きることを選択しなかったキミには関係のないことだろう?」


 ドがつくほどの正論だ。


 だが解決策も最善手も教える気がないなら黙っていてもらいたい。ただでさえ悪役になって気が滅入ってるんだ。対抗勢力は1人でも少ない方が良い。



「2日の何時?」


「……朝の9時だ」


 やれやれ。本当に冷静さを欠いていたようだ。


 光の次なる質問で正確な時間を確認していないことを知った俺は、心の中でイーさんに尋ねて答えを聞き出す。


「あと……あとぉ……何日!?」


「9月は30日までだから4日だね。今日がもう終わることを考えたら3日。残り時間は学校や門限があるから8時間ちょっとかな」


「最近暗くなるの早い。太陽もっと働いて。24時間休まず働いて。月は引きこもって二度と出て来ないで」


 ブラック企業推奨者にしてニート推奨委員会所属のいぶ様が何か言っておられる。


 が、それはそれとして残り時間を口にしてくれたのは有難い。


「な? 本当にあとちょっとしかないんだ。みんなで最後に何かしようぜ。盛大にパーっとさ」


「ちょっと待って。まだ私の質問は終わってないよ」


「まだあるのか……なんだ?」


 光は交渉材料と解決策を探しているのだろうが、俺にとっては粗さがしをされている気分だ。


「ルーク君はなんでこの世界のことに詳しいの? お金の使い方も知ってたし、買い取り手続きに関しても詳しかった。バスが嫌いとも言ってた。まるでやったことがあるみたいだね」


「あー、前にも来てるからな。精霊が少なくて高地トレーニングみたいなことが出来るここは、俺達魔法使いにとって訓練しやすい世界なんだ」


 その時の話をするかどうか迷ったが、彼女達が求めていたのはそこではなかったらしく、適している理由も「ふーん」の一言で済ませ、


「……また会える?」


 腹の下から声が届く。詩愛が縋るような目でこちらを見ている。


「いや、もう無理だ。俺の訓練は今回で終わり。二度と地球には来ないよ」


 例の相乗効果で幼女達が次々と泣きわめき出したのは言うまでもないことだろう。


 心苦しいが仕方ない。


 俺達はそういう運命なのだ。




 俺の固い決意の前では、ハンガーストライキも家出発言も糞尿垂れ流し脅迫も意味を成さず、他に有効な手を思いつかない幼女達は今日のところは引いてくれた。


 決め手となったのは、「あんまり家族に心配掛けると最後の日に会えなくなるかもしれないぞ」の一言。


 最後まで抵抗していた詩愛もこれには大人しくなった。


 すべての言動は勢い任せのもので、本当は彼女もわかっていたのだろう。自分達は無力で、何をしようと俺を引き留められないということを。


 しかしやらずにはいられなかった。


 大好きな魔法使いとさよならしたくなかったから。


「なんだ、出来るじゃないか。幼女の気持ちを理解すること」


 夜。サバイバー組が再集結して少し遅めの夕食を取っていると、イーさんが茶化すようにそんなことを言い出した。


「ところで、別れが辛くなるだろうと気を遣って日時を偽っていたとしたら、10月2日ではなく明日9月30日の午前9時と言ったら、ルーク君は怒るかな?

 彼女達と過ごす時間が最大で11時間、予言者の勘で2時間15分だと言ったら、ルーク君はどんな反応をしてしまうのかな?」


「怒るし一生許さねぇ。何としてでも世界中に、いや宇宙中にイズラーイール=ヤハウェの名前を広めて、貴様という存在を消せなくしてやる。すべてを見通せるだけの存在にしてくれる」


「ハハハハハッ!! 良いね、それ。最高だよ! 過去に成功した者のいないことにチャレンジするのは素晴らしいことだ。予言が外れる可能性を与えてくれるだけで心が躍る」


「喜ぶな。俺が欲しいのは否定だけだ」


 爆笑レベルを更新したイーさんは、少し間を置いて心底残念そうな顔になり、ただの冗談であることを明かした。


 さてと……沢山楽しい思い出つくるために、ちょっくら頑張りましょうかね!




 3日後。


「「「う゛う゛ううぅぅ~~~っ!」」」


「泣くなよ。最後は笑って見送るんじゃなかったのか?」


 俺は幼女達と抱き合っていた。


 学校をサボることに一切の躊躇いがなかった3人は、大人達からどれだけ怒られようが謹慎を言いつけられようが関係のない最終日に、盛大にサボタージュ。


 目的はもちろん俺の見送り。


 この3日間で出来る限りのことはやった。ひと夏の経験としてこれほど濃密で記憶に残ることはないだろうってぐらい色々やった。


 彼氏との初体験や新婚初夜やアバンチュールにも勝てる自信がある。


「つまりトラウマだね。彼女達は一生ルーク君に縛られたままなんだね。比較対象があまりに強大で、どれほど楽しい体験をしても落胆することになるんだね」


 言い方ぁ……。


 とにかく後悔はない。未練もない。死ぬ直前に思い返しても「まったく! 良い人生だった!」と笑顔で言えるぐらい大大大満足だ。


 彼女達も同じであると思いたい。


「シラヌイも元気でな。人間に見つかるんじゃないぞ」


「わふっ」


「あ゛た゛し゛か゛は゛も゛る゛う゛ぅぅ~!!」


 私守る? バカ言うな。コイツは野生で何年、何十年と面白おかしい人……犬……ニホンオオカミ生を送るんだ。クマと一緒に送るんだ。


 誰かに守られるような存在じゃないし、例え守る必要があったとしても手を貸しちゃいけない。


 怪我したら怪我した、死んだら死んだ、生きたら生きた。


 それが彼の生きる道だ。


「もし手紙で助けを求められたら助けてやってくれ。それまでは放っておいてやってくれ」


「グルル!」


 そんなことをするぐらいな俺は死を選ぶ、と言って唸るシラヌイ。


 もちろんそんなことはわかっている。俺なんかとは比べものにならない本物のサバイバル生活を送ることを決めたのは、他でもない、シラヌイなのだ。


 ただ、動物の言葉がわからない幼女達は、俺の言葉を信じて、涙でグショグショになった顔を何度も縦に振る。



(んで何すりゃ良いんだ? 審判があるんだろ? 俺が向こうに居た時と同等の力を身に付けたかどうかを見るさ)


 今朝、幼女達が来る前に破壊した拠点唯一の生き残り、修理したオンボロ時計に目を向けると、時刻は8時58分。


 科学民族地球人への挨拶もそこそこに、お別れフェイズに移行することにした俺は、今更隠す必要もないだろうとイーさんの方を向けて尋ねた。


「今自分に出来る最高の精霊術を使えば良い。どうせなら盛大にね」


「うっしゃあああっ!! んじゃあ花火でも打ち上げますか! お前等よく見とけよ! そして心に刻めよ! 魔法使いルークの最高傑作を!」


「「「うんッッ!!」」」


 幼女達の目に涙はなかった。


 それは贈り物を見るために邪魔なものだから。



「あばよ! 詩愛! 光! いぶ! そして地球!」


 俺はこの2ヶ月を思い返しながら両手を天に伸ばした。


 昼が夜に、酸素が固体に、水分が氷に、熱が火に、大地が鏡に、木が結晶に、星は流れ空は澄みきり世界は彩られる。


 同じことは二度と出来ないだろう。


 これは異世界の友人との永遠の別れのために、世界が力を貸してくれたから出来た、奇跡の魔法なのだから――。

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