九百八十二話 サマーメモリー5
9月29日。異世界漂流を始めて59日目。
「改めて確認するぞ。審判までの期間を『60日』じゃなくて『2ヶ月』って言った理由は、月換算しろってことで良いんだよな? 10月2日にすべての決着がつくんだよな?」
もはやどの辺りがサバイバルなのか問いたくなる文明的な朝食を取りながら、帰還のタイミングを尋ねると、イーさんは辟易した様子で溜息を漏らし、
「ここのところ毎日のように聞いて来るね……そろそろ耳にタコならぬ口にイカが出来そうだよ」
「そのタコは蛸じゃなくて胼胝だぞ」
「そうだったのかい? 私はてっきりデキモノがタコの頭のようだからそう名付けられたのだと思っていたよ。あー、それと胼胝という言葉が嫌いなのもある。
胼も胝も使用する時は必ず2つまとめて。しかも用途としても耳タコと脳梁を意味する『胼胝体』だけだ。後者は代用品があるので使わないし、前者は見た目で判断出来ない専用漢字を用いる意味がわからないのは私だけかな? 両方とも『たこ』『あかぎれ』『まめ』を意味する漢字なんだよ? どうして2つも並べているのかな? 覚えることが多くて辛いと言われている世の中なんだから、どちらか消す、あるいは常用されている漢字を当てはめるべきじゃないかな?」
「だからこそのカタカナだろ」
「漢字テストでは間違いにされるじゃないか。つまりカタカナは不正解なんだよ。略語や簡略漢字と同じ扱いをされる。世の中で使えるのに正しくないんだ。これはおかしい」
「知らねぇよ。文句は昔の偉いと変えようとしないお偉いさんに言え。人蛸に虫偏が使われてるのも、烏賊に海要素がないのも、そういうものだって納得するしかないんだ」
……あれ? もしかしてイーさん、脱線に見せかけてこの前のフォローをしてくれてる? 『そういうもの』論に正義も悪もないって。受け入れるしかないって言ってくれてる?
ま、気にするだけ無駄か。俺には『来いよ、はぐらかしてやるぞぉ~』という顔をしているイーさんに勝負を挑んでいる時間などない。
そんなことより幼女達が来る前に今日の修行を終わらせなければ。
「ちょっと良いか?」
夕方。いつものように学校帰りにやって来た3人と遊び、一休みしていると、彼女達は今週末の予定について相談を始めた。
別れの時が迫っていることを打ち明けるにはうってつけの話題だ。
食欲の秋、芸術の秋、読書の秋、スポーツの秋。
今や自然を自由自在に操れる俺にかかれば楽しさは無限大だが、それが実行される頃には俺はこの世界に居ない。
別れが辛くなるなどという自分勝手な理由で、感謝や喜びの気持ちを伝えずに去ることなど俺には出来ないので、意を決して話し始めた。
「――というわけで、俺はもうすぐあっちの世界に帰る。世話になったな。お前等と過ごした日々、楽しかったぞ」
「イヤ」
「ノー」
「だが断る」
彼女達はこちらの都合を考えずに子供らしく(?)これを拒否。
まぁ予想通りだ。
「何と言われようと俺は帰る。ここへは修行のために来ただけ。向こうが俺の生きる世界なんだ。みんなだって家族や友達と離ればなれになるのは嫌だろ? わかってくれよ」
「へぇ~、ルーク君は私達より家族を優先するんだ? ふぅ~ん」
「光……お前はどこのウザ妻だ。というか選択肢がおかしい。人間関係に優劣をつけるな。どっちも大切で良いじゃないか」
「良くないよ。各イベントごとにプレゼントやお小遣いをもらう予定だったのに無くなりそうなんだから。18歳までの分を全部もらうまで帰さないよ」
「成人するまでってとこだけは褒めておこう。ちなみに何を要求するつもりだったんだ?」
彼女達の厄介なところは、お互いに干渉しあって喜怒哀楽が無限増殖することで、その連鎖を崩せないまでもヒビを入れられれば楽にはなる。
その切っ掛けを見つけた俺は、元々別れの品や感謝の品も用意するつもりだったこともあり、出来る限り光の要求を呑む姿勢を示す。
彼女達もこの2ヶ月で俺の能力や考え方や禁則事項を理解してくれている。
魔法を授けろなんて無茶な願いはしないし、やりたくないことを強要しても無駄だとわかっているし、逆に自分達のためになるなら頼まなくてもやってくれると知っている。
「今のルーク君なら17歳までの願い事は全部叶えられそうだから、18歳だけ言うね」
「おう」
光は数秒間を置き、過去最高の笑顔で言った。
「こ・ど・も♪」
はい、次。
「光と被った。レッツ同衾」
ロリコンのみんなに朗報だ。幼女を落とすには魔法使いになって楽しいサバイバル生活を送れば良いらしいぞ。ハーレムすら夢じゃない。
重婚は認められていないので内縁の妻になるが、彼女達はそれでも良いと言ってくれている。
実は一夫多妻は男側の意見で不採用になったらしいが、どれだけ大変でもやっぱ夢ではあるよな。やってみたいよな。
「ってかお前等なんでそんな好感度高いんだよ。俺何かしたか?」
「私のは冗談だよ」
純情な男心を手玉に取るのはほどほどに。
男に刺されないと思ったら大間違いだぞ。女はすぐ刺すみたいだけど男だって刺すぞ。武器より素手の方が快感を得られるし楽だから手が出るみたいだけどな。
「わたしは本当。わたしの夢を叶えるためにルーク君の協力が必要。そして一番協力を得やすいのが夫婦。女が体を差し出せば男はイチコロ。常識」
その理屈を肯定するにはあまりにも乗り越えなければならない壁が多いのでノーコメントにさせていただくが、利害が一致しているという意味合いで受け取れば良いのだろう。
俺と過ごす時間が楽しくなければ出て来ない選択肢だとは思いたい。
まぁ断りますけどね。
「実は向こうにも似たようなこと言うヤツが居てな。残念ながら早い者勝ちだ。幼馴染補正最強。パツキン美少女は正義。高嶺の花万歳」
「わたし達の幼馴染人生は始まったばかり。黒髪こそ至高。黒髪の魅力に気付かせてあげる。そしてウチは裕福」
「優劣をつけるなと言った手前言いにくいけど、どれも彼女と比べると弱いな。やっぱ早い者勝ちなんだよ、人生って。何より俺と彼女……いや彼女達は、お互い高め合える存在なんだ」
「努力する」
「言っただろ。早い者勝ちだって。例え将来的に向こうを超えることが出来たとしても、現状では何も揃ってないんだ。なら俺は向こうを選ぶ」
越えられるとも思えないしな、と俺は野球ボールサイズの炎の玉を生み出す。
果たして科学でこれを再現出来るようになるまでに何年掛かるのだろう。
良いところはどちらの世界にもある。しかし俺がやりたいことは向こうの方が多い。やり残したことも多い。だからこちらに未練はない。
説得は難しいと落胆する2人。
最後の関門として立ちはだかったのは感情派の詩愛。
「びえええ~~ん! 私の誕生日ぃぃ~~!!」
光は夏休み明け、いぶは出会って1週間後が誕生日だったので、俺達なりに盛大に祝ったのだが、詩愛は10月3日。俺が帰った翌日だった。
「泣くなよ。これ。魔法の木刀。欲しがってただろ」
当日に流れで渡すのとは比べるまでもないだろうが、渡さないよりは良いだろうと、作っておいたのだ。
アリシア姉の魔法剣は強者が用意してくれた素材だったが、これは100%俺製。
もちろん攻撃力は比較にならないし、魔法なんて使えないのだが、もし同じことを向こうに存在する超素材でおこなったら魔法剣になるはず。
それが可能になるほど俺は精霊達と仲良くなれた。
彼女達のお陰だ。
ちなみに万が一にも発動しないように魔法陣は適当。ただ本当に適当だと想いが籠らないので感謝や応援の言葉を刻んである。
英文をさらにランダムにしたようなものなので、よほど根気よく解析しなければ解読不可能で、知った時に涙する回想シーンにも対応した素敵アイテムだ。
これでダメなら残りの時間で別の物を作る。頼まれれば一緒に作る。
「いらない」
「そっか……」
まぁそれも彼女の選択だ。
俺は差し出した手を引っ込め――、
「いいいいぃーーーやあああああああーーー!!」
た途端、詩愛がしがみ付いてきた。
さらに浸食は続き、手を胴体に、足を右足に巻き付けて、一瞬のうちに同化される。
「放さないつもりか? トイレの時困ることになるぞ?」
「このまますれば良いじゃない!」
「お前は?」
「このままする!」
少しでも変なことを考えたヤツは自首しなくていい。心の中で何を考えようと自由だ。
だから18歳以上と明記すればどんな容姿だろうと許されるし、●学生やJCなど隠語になっていない言葉が入っていても許される。
世界はそれを認めているんだ。誰が何と言おうとそれはいち個人の考えでしかない。それは正しさを批判する愚かな行為だ。ロリコン共よ、胸を張れ。
「私の目は誤魔化せないよ。キミは幼女の放尿を期待しているね? ああ、恥じることはないよ。生涯に一度出来るかどうかの貴重な体験を喜ぶのが人間だ。未知が未知でなくなることに喜びを感じるのが人間だ。これもまた希少性だよ」
(じゃあ口に出すな。理解を示さないヤツに勘違いされるだけだろ)
「忘れたのかい? 私も強者と同じく面白さを求める者だということを。面白いことが正義。面白ければ何でも良いのさ」
ホント、はた迷惑な連中だ。




