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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
四十六章 地球編

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九百七十八話 サマーメモリー1

「あんた、良い動きしてたわよ……」


 出口のカート置き場で、相棒と化したショッピングカートに別れを告げた詩愛は、最後に持ち手部分の塗装剥がれを目に焼き付け、辛そうに顔を背けた。


 1時間にも満たない間だが、最も操作……いや傍に居た詩愛は、すっかり情が移ってしまったようだ。次回来店した時もこのカートを見つけ出すに違いない。


「これでも昔よりマシになったんだよ。前は持ち帰ろうとしてたから」


「光。少し違う。『してた』じゃない。実際に持ち帰った。何度も」


「え? それ初耳」


「家が遠い光は知らなくて当たり前。すぐにバレて返しに行ってるから。持ち帰ったところを見た私しか知らないこと。

 ちなみに持ち帰らなくなった切っ掛けは――」


「わああああああああああーーーっ!!」


 トラウマ多き幼女は、いぶの淡々ボソボソの声を塗りつぶして、この後の予定を尋ねて来た。


 俺は掘り下げたいサド心を抑えて、一言「帰る」と伝える。


 ルーター、ナイフ、半田ゴテといった魔道具製作用の工具に、フライパンや調味料といった料理用品に、自然現象とはまた一味違った現象を引き起こす生活に役立つアイテム。


 必要なものは買えるだけ買った。もうここには用はない。金も時間もない。特に幼女達。


「えー!? まだ4時じゃない! 全然遊べるわよ!」


「ここがお前等のウチの近所だったらな。移動だけで1時間半掛かってんだ。帰りは荷物があるからオンブもしてやれないし、休憩してたら6時過ぎるだろ。子供は家に帰る時間だ」


「何言ってるのよ! 休めば走れるようになるんだから、休んだ方が早く移動出来るに決まってるじゃない! それなのにルークってば『遅くなる』とか変なこと言ってバテバテでも歩かせるんだから!」


「なんだその目から鱗の新説は。なんで回復量が消耗を上回ると思ってんだよ。走った分だけ疲れるだろうが。休憩回数増えるだろうが。仮に早くなったとして誤差だわ。歩き続けた時と変わんねぇよ」


「ならどっちが早いか試すしかないわね!」


「……そうだな」


 帰るという当初の目的は達成しているのだが、何故か負けた気がして素直に喜べない。


「同じ道だと面白くないから別の道で帰ろうよ」


「“アレ”もやりたい」


「わたし達が学校帰りにいつもやってるやつね!」


 前言撤回。やっぱ俺の負けだわ。子供が歩いて帰ることすら遊びに昇華させられる奇抜な発想力の持ち主だということを失念していた。


 まぁ子供の門限は日が暮れるまでみたいなところがあるし、実際俺も夏は夜の8時ぐらいまで遊び続けてたので、彼女達も口にしないだけでそう主張しているのだろう。


「もし家族や周りの大人から何してたのか聞かれても、俺のことは言わないでくれよ。もう遊べなくなる。また魔法見たいだろ? 今日の続きも気になるだろ?」


「「「わかったー」」」


 まるで俺が見えていないかのように話を進めていることに傷付きつつ念押しすると、3人は元気よく了承して……あれ? なんか犯罪チックに見えるのは俺だけ?




「「「最初はグー! ジャンケンポン!」」」


 某芸人が生み出した掛け声と共に4本の腕が突き出される。


「へっへ~ん! というわけでこのまま直進だ!」


 3本が落胆する中、ひときわ大きな腕は煽るように人差し指と中指を閉じたり開いたり、数回繰り返すと2本の指を正面に伸ばして宣言した。


 始まったのは、交差点に差し掛かる度にジャンケンで行く先を決める、地獄のようなゲームだった。


 3対1では分が悪いので引き返す選択肢は俺にのみ与えられ、3人も8時までに家に到着するという条件下でおこなわれているこのゲーム。


 幼女達をバスに乗せるという最終手段があるとは言え、決行にこぎつけられたのは俺自身もノスタルジーと娯楽を求めていたからだろう。


「私も居ることだし存分に遊ぶといいよ」


(マジ感謝)


 何より大きいのは、3回だけ勝てる手を教えてくれるイーさんの存在。運命の分岐点で使用すれば一気にゴールが近づく。


 しかも地図を見なくても最短ルートとバス乗り場と時刻を教えてくれるサービス付き。


 幼女達の地理の教育にもなるし、これで遊ばないなんて嘘だ。


「って、おい、こら。引率の先生より先に行くの止めろよ」


 本ゲームにおける高速道路的存在の土手ルートに入ることに成功したわけだが、慢心することなく我先に階段を上り始めた詩愛に注意する。


「合ってるんだから良いじゃない」


「道はな。行動は間違ってる」


 彼女の顔を見たらわかる。彼女はここから滑り降りたら面白いことに気付いている。放っておいたらスカートの汚れも気にせずに遊び始めたことだろう。


「ルーク君もだいぶ詩愛ちゃんのことわかってきたね。ちなみに、いぶちゃんは虫を見つけたらフラフラついて行って、私は止められても強行するよ」


「言ってる本人が一番面倒臭いだと!?」


「罠カード発動『いぶちゃんの探索』! このカードは虫がいそうな場所を勝手に探す効果を持つよ!」


「うおおおおおッ!!」


 アドバイスなのか何なのか、光のお陰で余計な寄り道を未然に防ぐことは出来たが、気付いているなら自分で止めていただきたい。


「いぶ君は彼女の合図待ちだったよ」


 俺、遊ばれてる……。




「貴方達。こんなところで何してるの?」


 ゲームを始めて2時間。


 3回の必勝チャンスを使い切り、次に脱線したら時間的にも帰路的にも後がない状況で、初めて俺達に声を掛ける人物が現れた。


 台詞からして彼女達の知り合いのようだ。


「むしろよくこれまで声を掛けられなかったね。この状況。見ようによっては幼子が不審者に追いかけられていると勘違いされてもおかしくないよ」


 休憩の必要性を証明しようとしているのか、立ち止まって遊びたくなったのか、幼女達は度々休憩を取っていた。


 そして遅れを取り戻すべく(?)休憩後は走った。


 何が面白いのか右往左往しながら笑顔で走った。


 子供の笑いというのは悲鳴に近いもので、というか悲鳴で、それを追うのは怪しげな袋を抱えた成人男性。


 しかも興が乗ったのか追いついたら抱き着く有様……。


(割と同じようなことしてる人居たから大丈夫じゃね?)


 家族の戯れスポット万歳。


 もし町中なら即死だった。


 閑話休題――。



「お姉ちゃん!」


 声の主が何者か知った途端、光が叫んだ。


「《猫田仁依奈ねこたにいな》。光のお姉さん。この近くの高校に通うJK。喫茶店のアルバイト帰りか部活帰りかは不明。制汗剤のニオイがすることからデートや遊び帰りではないと推察される」


「説明ありがとう。でも女性の体臭は同性でも触れない方が良いとアドバイスしておこう。というかお前よくこの距離で制汗剤のニオイなんてわかったな」


 自転車から降りてゆっくりとこちらに近づいて来ていたJKが、いぶの発言に歩みを止めた。


 初対面の女性のスメルチェックが必須とも思わないので、気付かないフリをして距離を保ったまま話を続ける。


「あと出来れば俺の紹介もしてもらえると助かる」


「この人は魔h……むぐ」


「どうも~。ルークです。大学生です。趣味はキャンプです。夏休みを利用して自然溢れる土地を巡ってます。この子達とは詩愛の御爺さんの山で会いました」


 リアルで幼女の口を塞ぐことになるとは思わなかった。


「は、はぁ……」


 ですよねー。いきなり妹の友達の口に手を当てるオッサンが居たらそりゃ引きますよねー。しかも会ったの今日っていうんですから。


 まぁ信用というのは時間を掛けて得るものであって、起死回生とか大量ポイント獲得とか夢物語なわけですよ。


「おや? まるで彼女達と出会ってからのことをすべて語ってもマイナス域に達しない自信があるような言い方だね?」


(悪意ある言い方をしなければな)


 だから俺に任せろ。


 必要なことだけ伝えて、自分が不利になるようなことを一切言わなければ、俺は完全無欠の素敵お兄さんとして君臨することが出来る。


「企業や政治家がしている言い訳と同じだね。敵を貶めることに必死で守るべきものを守れていない。包み隠さず真実を語った方が信用を得られると、いつになったら理解するんだろうね」


(……ちなみに俺が包み隠さず言ったらどうなる?)


「『○○ちゃんとは遊んじゃダメ』と独善的な親のような対応をされるね」


 子供の意志を尊重しない大人は嫌いだよ。



「何にしても助かった。アンタ、この子達と一緒にバスで帰ってもらえるか? そろそろアウトな時間だろ」


 大学生が仲良くする相手として、幼女と女子高生とどちらの方が世間体が良いかは永遠に決着がつかないので考えないことにして。


 彼女を友達のお姉さんポジションに落ち着けることにした俺は、それ相応の対応で物理的にも精神的にも距離を置いて、このゲームを終わらせに掛かった。


 時刻は7時。歩いて帰るにはまだ距離がある。


「「「ええ~~!?」」」


「わかりました」


 まだまだ遊ぶつもりだった幼女達は不満そうだが、10代中盤の割に落ち着いている仁依奈は、大人な対応でこれを了承。


 他が向こうの連中と似ているだけに、もしかしたらニーナ一家が魔獣に襲われず、ヒカリ親子に会わず、普通の家庭で普通に育っていたらこうなっていたのかもしれない。


(ま、もしもを考えても仕方ないよな……)


 過去は変えられないし、今の彼女を否定するつもりもない。


 ニーナはニーナ、仁依奈は仁依奈。


 そんなことより今は駄々をこねそうな幼女達だ。


「さっさと寝て、また明日遊べば良いだろ」


「……明日?」


「ああ。用事があるなら明後日でも明々後日でも構わないぞ。俺にはいくらでも時間があるからな」


 あまり歓迎するべきことではないが、購入した品をどう使うのか、また結果がどうなったのか気になっているようなので仕方があるまい。


 何ならここまで来てゲームの続きをしてもいい。


「そっかぁ~、明日かぁ~」


「もう友達だしね。私達がルーク君のところに行く感じだよね?」


「カブトムシ獲りたい」


 幼女達は嬉しそうに笑い、仁依奈に連行されることを受け入れた。

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