閑話 フィーネ無双 王都編
ルーク達が見えなくなるまでずっと頭を下げていたフィーネは、主の気配が消えたのを確認して頭を上げた。
「さて・・・・私としてはパーティ終了までここでお待ちしたいところですが、ルーク様に怒られてしまいますからね。お土産を買って帰りましょうか」
ルークは間違いなく慌ただしい帰宅になる、と予想したオルブライト一家からお土産を頼まれていたのだ。
アリシアは冒険者ギルドの依頼一覧の報告と冒険談。
エリーナは美容品とレオの様子見。
アランは知り合いに配れる品。
エルは美味しい食べ物。
マリクにとっては第二の故郷と言える王都なので「土産は買わなくていい」と断り、猫一家は「欲しいものが無い」と口を揃えて言ったので、フィーネは4人分のお土産を入手するべく歩き出した。
(まずはアリシア様のお土産話ついでに資金の確保ですね)
ユキもそうだが、フィーネは現金を持ち歩かない。全て現地調達だ。
食料は魔獣を狩ったり野山を駆け巡ればいくらでも手に入るし、金に困ればギルドの依頼を達成すればいい。魔術による瞬間清掃で服を着替える必要も無いし、寝泊りは水中や山中で十分。
つまり金が無くても生活には困らないのである。
しかし流石のフィーネも土産を買うには金が必要だったので、依頼を受けるために冒険者ギルドへとやってきた。
アリシアから頼まれた『王都のギルドで依頼内容を確認する』という目的もある。
ヨシュアより数倍は大きいギルドの建物は外からでもわかるほど賑わっていたが、フィーネの入店と同時に声を潜めてしまった。
エルフだからか、メイドだからか、容姿端麗な美女だからなのか、理由はフィーネ自身には判断できなかったが、とにかく注目を集めている。
(ドラゴンスレイヤーとして有名になったのかもしれませんね。どちらにしろ私には無関係ですが)
そんな周囲の視線を気にすることなくフィーネは依頼内容が書かれた紙でビッシリの掲示板を確認していく。
ランクが上がると不都合が多いのでドラゴンスレイヤーにも関わらず未だにDランクで下級冒険者のフィーネ。
それ以上のランクの依頼を受注することは出来ないので、ほとんどの依頼は見るだけだ。
「この薬草採取の依頼を受けます」
お土産代稼ぎの依頼を決めて、受付で手続きをしたフィーネはギルドから出た。
(次はレオ様と合流しましょうか。この時間なら学校は終わっていますよね)
もうすぐ暗くなる時間帯なので学生ならば寮に居るはずである。
セイルーン高校の学生寮を訪れたフィーネは、周囲から「あの美女は誰だ!? どういう関係だ!」と追及されながらも必死に逃げてきたレオと共に街へと繰り出す。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
疲れた顔をするレオを気遣う事なく普段通りの挨拶をするフィーネ。
レオが女性関係において常にしている表情は『これ』が標準なのだ。
「はぁ、はぁ・・・・う、うん、久しぶりだね。見ての通り楽しい毎日だよ。フィーネはなんで王都に?」
フィーネが王都に居る理由を説明すると、息を整えたレオは未だ謎に包まれている手紙について考え出した。
「・・・・へぇ、ルークが王城に呼ばれた、ね。なんでだろう?」
しかし部外者のレオがいくら考えても結論など出る訳もなく、手紙の件は諦めてフィーネと共に王都の外へと移動し始める。
レオの外出の目的は、フィーネから自然界での生き方を教えてもらう事だ。
彼は今回、王都周辺に生息する故郷とは違う魔獣の調査をするつもりである。
ヨシュアでも高校入学を期にやっていた事だが、魔獣退治が出来るようになれば生活圏内は全世界に広がるし、金や食料に困る事が無くなるのでフィーネとユキが積極的に教えていた。
要は先ほどフィーネが受注した薬草採取をレオと一緒に達成しようと言うだけの話。
大通りをしばらく歩いていると王都を守護する巨大な門が見えて来た。
普段から交通量が多いため常に賑わっているのだが、今は何やら緊迫感のある騒がしさがあった。
数人の医師や治療師が居て、周囲には野次馬の輪が出来ている。
「何かな? 怪我人?」
「アンデット系の魔獣にやられたのでしょう。倒れている冒険者の男性は怪我と複数の毒が相まって致命傷ですね」
背の低いレオからは騒ぎの中心が見えないので状況を尋ねると、隣に居るフィーネが非常に危険な場面だと説明した。
「頼むよ・・・・大切な仲間なんだ・・・・助けてくれよ」
片腕を無くした冒険者が周囲にいる人々へと必死に助けを乞う。
「出来る限りのことはする。緊急依頼はしたから兵士や冒険者が動いてくれるはずだ。今は黙って治療しろ」
「間に合わないんだよ・・・・あいつらが死んじまう・・・・・・」
「・・・・くっ、ダメです。毒が複雑に絡み合っていて治療が追いつきません」
「もはや我々にはどうすることも・・・・」
守衛は励ます事しかできず、医師達もさじを投げている。
どうやら逃げ帰った冒険者も、その仲間も助かる見込みはなさそうだ。
通常ならばここで冒険者の男性は死を待つだけだっただろうが、たまたまレオとフィーネが通りがかった事が彼の人生最大の幸運と言えるだろう。
当然、レオ達に助けない理由などない。
「フィーネ」
「はい。
失礼しますね。私も協力させてください」
レオからの指示を受けて、世界最高の治療師が動いた。
人混みをかき分けてフィーネが倒れている冒険者へと歩み寄る。
「癒しを『エリアヒール』」
彼女が光の治癒術を使った瞬間、周囲数メートルの精霊達が活性化して死を待つばかりの冒険者の傷をみるみる治していく。
気付いた人は居ないが、精霊術による治癒である。
「「おぉ・・・・奇跡だ」」
自分達より遥かに強力な治癒術を見て、医師達は「神の御業だ」と感嘆した。フィーネの使った治癒術がどのような魔術だったのかは当然理解は出来ていない。
「アンタは?」
唯一冷静な守衛が、事態を収束させる魔術を使ったフィーネに尋ねた。
「通りすがりのドラゴンスレイヤーです。
この場はこれで大丈夫でしょう。彼のお仲間も助けようと思うのですが、場所はわかりますか?」
そう言って冒険者から魔獣と遭遇した場所を聞き出したフィーネが消えた。
「「「消えた!? 彼女は女神様かっ!」」」
(いえ、年下好きなエルフです。たぶんお得意の高速移動で救出に向かったんだろうな~)
この場でフィーネが魔獣退治のために移動したことを理解しているのはレオだけだった。
とりあえずレオはフィーネがエルフとして絶大な戦闘力と治癒術を持ち合わせている事を簡単に説明して場を治めた。
「なるほどな~。あれが噂のロア商会のエルフ様か。
君は関係者なんだろ? なら関所の中で待ってるか?」
どうやらこの守衛、ヨシュアから遠く離れた王都に居ながらロア商会について噂ぐらいは知っているらしく、レオの言う事を信じてフィーネが解決してくると思ってくれたようだ。
フィーネが戻るまで手持無沙汰なので、勧められるがままに治療された冒険者と一緒に守衛たちの待合室で待っていることにした。
(事情説明は僕がすることになるんだろうな~)
冷静になった冒険者から色々と聞かれるのだろう、と考えたレオは少年に有るまじき憂鬱で疲れ切った表情をした。
彼の気苦労が絶えることはない。
その後、フィーネは1時間ほどして帰って来た。
冒険者の仲間と大量の魔石を持って。
(行きに10秒、戦闘に5秒、魔石回収に45秒、帰りに59分かな。
フィーネとユキのお陰で誰を相手にしても動じなくなってきたよ・・・・)
仲間を救出に向かおうとする冒険者をこの場に止めて置けるレオは、同世代では間違いなくトップクラスに口達者な少年になっていた。
唯一の救いは、出されたお茶が美味しかったことだろう。
「お前ら無事だったか! フィーネ様、ありがとうございますっ!! 本っっ当にありがとうございますっ!!」
「リーダー・・・・腕が・・・・・・私を庇ったから」
待っている間に聞いた話だが、仲間を庇って負傷したリーダーが戦力外になったため、救援を呼びに王都へと1人で戻って来たらしい。
(この様子からすると見捨てたわけじゃなくて、残った仲間がリーダーさんを助けるためにその場しのぎで言ったんだろうな~。良いパーティだね)
レオはとても11歳の少年には見えない悟りきった顔をする。
再会を喜び合っていた冒険者達は、落ち着いて今後の生活について話し合い始めた。
片腕になってしまった以上は冒険者を続けることは難しい、と待ち時間に悩んでいたのだ。
「この腕じゃ冒険者は引退だな。だから俺は田舎に帰って新しい仕事を探すつもりだ」
それが彼の出した結論だった。
「リーダー、ついて行きます!」
「おう! 助けてくれた恩は忘れないぜ。どの道、俺らの実力じゃこの辺が関の山だったんだよ」
「僕らと一緒に暮らしましょうよ」
どうやら王都でたまたま出会ったパーティは一生涯の仲間になっていたらしい。片腕になったリーダーを生涯支え続けると言うメンバー達。
(仕事・・・・か。あまり関係深くない僕が決められる事じゃないけど、ロア商会で雇ってもらいたいな)
関所の中で1時間ほどリーダーと話していたレオが、彼に抱いた印象は『良い人』だった。
だからこそ出来る限り力になりたいと思ったのだ。
「働き場所をお探しのようですね。ではロア商会で農業をしませんか?
地図と紹介状を書きますので働いてみてください。気に入らなければ辞めてもらっても構いませんので」
レオの様子を見ていたフィーネが冒険者達に仕事先を提案した。
「「「農業?」」」
食堂や新しい商店を作っているロア商会で新たに必要となった分野である。ヨシュアの近くに土地を買い、大規模農業をしているのだ。
フィーネはそこで雇うと言う。
当然、彼らが断る理由など無かった。
魔石の売却とアンデット魔獣が大量に出現した事を報告するため、ギルドへと向かう一同。
「僕が決めてよかったの?」
フィーネが自分を見てから雇用の話を切り出したことに気付いていたレオは、道中でこっそり理由を尋ねてみた。
「レオ様が彼と会話して不信感を抱かなかったのなら大丈夫でしょう。その感性を大切にしてください。将来必ず役に立ちますから」
貴族として最も重要なこと、それは恐らく人との関わり方だ。その事を理解して成長したレオがフィーネは嬉しかった。
仮に彼らが悪人で、レオの感性が間違っていたとしても失敗から学べば良いのだ。もしも悪人ならフィーネによる折檻が入ってトラウマを作るだけだが。
「魔石を売ったお金は生活の足しにしてください。
それと、これが紹介状です。農業をしているモームさんと言う人に見せればわかると思います」
ギルドで紙とペンを借りたフィーネは簡単に農場までの地図と手紙を書いた。
そして大量の魔石を鑑定している間、レオを寮まで送り届けるためギルドから出ようとする。
「何から何まで・・・・ありがとう、ございます・・・・っ!
おい! お前ら財布出せ!」
「「「おうっ!!」」」
そう言って冒険者達4人は、使い古されたボロボロの財布をフィーネに渡してきた。
「これは俺らの治療費だ。絶対に受け取ってもらうからな。
もしも受け取らないって言うならこの場で全裸になって、脱いだ服でアンタの身体に括り付けるぞ!」
(律儀な人たちだな~。そしてみんなも盛り上がらないでよ・・・・)
リーダーの隣に居た女性が脱ぐ、と言う話を聞いた他の冒険者が大いにはやし立てて「脱~げ! 脱~げ!」と謎の脱衣コールを始めたのだ。
「では治療費として受け取りますね」
「「「ブーブー!」」」
素直に財布を受け取ったフィーネに当然ブーイングが巻き起こった。
「・・・・何か?」
バタバタバタっ。
「「「っ!」」」
ブーイングをしていた男共がフィーネに睨まれて次々に倒れていく。
(まぁリーダーの冗談なんだろうけど、彼女は本気で脱ぐ気だったっぽいな~。恥ずかしさよりも、仲間を助けられた恩の方が上回ってるのかな?)
おそらくフィーネが受け取らなければ本当に脱いでいた。
そして周囲の冒険者たちは見ず知らずの女性のサービスシーンに大歓喜したことだろう。
フィーネ達が去った後、ギルドに売った魔石が金貨100枚になり、受け取る際にリーダーの震えが止まらなくなったのは仕方ない事だ。
どうやら高位の魔獣もアンデット化して混ざっていたらしい。
「フィーネはいつもこんな生活をしてるんだね・・・・ロア商会が潰れることは一生ないんだろうな~」
ギルドから出たレオは改めてフィーネの凄さを思い知った。
全てを自らで決め、責任を取り、感謝される。そんな生き方をするフィーネが、窮屈な貴族社会で生きるレオにとっては非常に眩しく見えたのだ。
そんな彼女を恐れ、敬う人々がロア商会に喧嘩を売ることも無くなっていた。
邪魔者が居なくなり、協力者しか居ない商会は今後も成長しつづけるだろう。
「家族にはよろしく言っておいてよ。僕は充実した毎日を過ごしてるって」
「はい。是非ルーク様に成長した姿をお見せして下さい。あの方は最近、ハーレムを作る事に必死になっておられますので・・・・」
流石のフィーネもどうかと思っていたようだ。
立派な兄の姿を見れば何か変わるかもしれない、と愚痴ついでにレオに発破をかけている。
「ハハハ・・・・が、頑張るよ。じゃあね」
レオを寮まで送り届けたフィーネは、リーダー達から貰ったお金でお土産を買って帰宅することにした。
「あ、あの・・・・お花、お花は要りませんか?」
声を掛けられて振り向くと、そこには花を売っている気弱そうな少女がいた。
フィーネはまだ帰れそうにない。