十一話 運動
勉強の後は菜園活動だ。
形になるまでは家族全員に子供のお遊びと笑われたサトウキビ畑は、見たこともない植物が生えてきた頃から応援されるようになり、今では「砂糖ってどんなかしら?」「さすが私の弟ね!」と、新しい甘味料の誕生を楽しみにしてくれる同志となった。
特に女性陣は酷い。ヤバいじゃなくて酷い。
ただ残念ながら、少年の心を掴むことはできなかったようで、レオ兄は一度手伝ってからというもの何だかんだと理由を付けて菜園に来なくなった。
植物に語り掛けるのが恥ずかしかったのか、俺達にこき使われるのが嫌だったのか、服の中にイモムシを入れられたのがトラウマになったのか、鶏や牛の糞をこねくり回すのが気持ち悪かったのか、雑草と思って抜いたものがトウモロコシで俺にブチ切れられたのが怖かったのか。
原因はわからないけど、やつが家族のコミュニケーションを放棄したことに変わりはない!
「ルークがレオにあんなもの渡すからでしょ」
怒りが滲み出ていたらしく、アリシア姉は菜園作業を中断して俺を犯人扱い。
ちなみに彼女は兄にも関わらずレオと呼び捨てにしている。敬語や敬称が使えないわけじゃないので、単に扱いが雑なだけと予想。普段からしてこき使ってるし搾取しがちだし。
俺の心配事が増えるようなことはない。きっとない。ないであってくれ。
「ってことは、またフリスビー?」
「ええ。よっぽどあのオモチャが気に入ったのね。レオってば食事を終えるなり飛び出していったわ。きっと今ごろ学校の友達と遊んでるわよ」
家族からも「勉強ばかりで青春を無駄にしないようにね」と注意されるぐらい真面目一辺倒なレオ兄は、もう少し色んなことを経験するべき。
そう考えた俺は、とある魔道具を作ろうとした失敗から生まれた遊具をプレゼントした。
その名は『魔道フリスビー』。
魔力を込めるほど回転力が増すこの魔道具は、遊びながら魔力の扱いが上達できるとあって、レオ兄は大喜び。魔法陣を施した平たい木の板は、怪我も多いけど気にせず毎日のように遊んでいる。
というか子供だけあって危険なことを積極的にやる。
階段の何段上から飛べるか、坂をブレーキかけずに降りれるか、避けずに耐えられるか、無駄に競いオモチャにするのは、どこの世界の子供も同じらしい。
それを危険と感じ始めたら子供時代の終わりだ。
魔力の特訓になるからか大人達も何も言わない。実際、渡してから一週間経つが今のところクレームも入っていない。たぶん今後も入らない。
だってフリスビーの前に流行っていた遊びが、刃物キャッチだから。
切れ味が悪くなったり欠けた刃物を投げ合うという、訓練を受けた曲芸師にしか許されない行動。「魔術を使うのは禁止されたけど硬いものなら大丈夫なはず」「リサイクルする俺達立派」てなもんだ。顔の傷は英雄の証なんて言われていたらしい。
魔導フリスビーにそこまでの威力はないので、その点も大人達の安心ポイント。そして数日で消えるミミズ腫れや魅せるプレイが簡単に作れる子供達のハッスルポイント。
ちなみにその前は石や火の玉をぶつけ合う遊びが流行っていた。水魔術の使える子供が鎮火要員として、土魔術が得意な子供が防壁要員として、人気だったんだとか。
それを羨ましがる誰かさんと違って、文武両道で空気の読めるレオ兄はやり過ぎることがないため、問題ないと判断して魔道フリスビーを託したってわけ。
「――ッ! なんか嫌な気持ちになったわ! 誰か私の噂してるわね」
(怖い……女のカンが鋭すぎるだろ……)
どうも女という生き物は、年を重ねるにつれて第六感が鋭くなっていくらしい。六歳にしてこの能力。末恐ろしいったらありゃしない。
何気ない日常で姉への恐怖心を植え付けられたのは置いといて。
とにかくレオ兄はハッスルしていると。一つしかない遊具を持ってるからクラスの人気者になれたと。
例え遊ぶことに積極的になれなくても、友達や上級生に誘われたら嫌とは言えまい。
子供にはみんなで遊べるオモチャや、ついつい自慢したくなる物を与えるべし。
それがルーク流の陰キャ脱出教育。子供はやり過ぎなぐらいが丁度良いのだ。
(だからこそ、その有り余るエネルギーを菜園活動に使ってもらおうと思ったんだけど……ま、フリスビーの方が楽しいって言うんだから仕方ないよな)
折角の楽しみを邪魔するのも悪いし、プレゼントを喜ばれるのは悪い気はしない。
アリシア姉と二人で頑張りましょい!
「こんな草が甘くなるなんてルークは変なこと知ってるのね」
アリシア姉はよく話し掛けてくる。
これだけなら話上手なお姉ちゃんと言えるのだが、残念ながら彼女は肉体言語でしか記憶しないその場限りの人なので、この質問も三度目。
「フィーネから教わったんだ」
だから俺も同じ返答をする。とりあえずフィーネに教わったと言えば何とかなる風潮なので、存分に活用させてもらっている。あのエルフ様は何でも知ってるからな。
「アリシア姉も、もっと本とか読みなよ。面白いこと書いてるよ」
「どうも頭に入らないのよね~。やっぱり世の中って知識より力じゃない?」
と、見せびらかすように魔力を放出するまでがテンプレ。
彼女は魔力が使えるようになってからというもの、隙あらばこうして魔力や魔術を見せびらかす。たぶん前に羨ましがったのが原因だ。
「草花の近くで火を出さないで。危ないから」
「いいじゃない、何とかなるんだから」
良いわけないだろ。
彼女は前に暴発させて燃やしかけたことがある。精霊さんがド根性で鎮火しなかったら、サトウキビ全滅もあり得た。ただどれだけ燃えかけようと被害が出ないので、これが悪い事だと教えられないのだ。
大事に至らないことがこんなにも面倒臭いとは……。
「ルークも魔力使えるようになればわかるわよ」
いやもう使えますが、とは言えず、愛想笑いを浮かべながら黙々と作業に勤しむ俺であった。
「ふ~……今日はここまでにしようか」
「そうね!」
地味ぃぃ~~な水やりや草抜きや肥料(砕いた魔石)撒きをしていると、アリシア姉がこの後に控えている運動に心躍らせ始めた。魔力の話をした頃から限界だった気もする。
魔獣と戦うのは命懸けだ。
狩りをしている野生動物に死が付き物なのと同じように、この世界の人間は常に脅威と隣り合わせ。町にいれば安全なんてことはない。頻度が低いだけで来る時は来る。どれだけ大きな町でもそれは同じ。むしろ大きいからこそチャレンジャーな魔獣は大量の餌を求めて現れるらしい。
それに対抗するために俺達人間は道具や魔術を磨いてきた。
しかし魔獣からは同等以上の攻撃を受ける。いざという時に普段通り動けなければ死ぬ。魔術が使えなければ死ぬ。戦えなければ死ぬ。
つまり、日頃から本番を想定した運動をしなければ意味がない――。
「こ、ころされるぅぅーーっ!!」
「コラー! 逃げるなぁぁぁッ!」
アリシア姉が振り回す木刀で手を叩かれた瞬間、俺の中の根性だのファンタジー世界で生き抜く決意だのは粉々に砕け散った。
いいじゃないか出来る人間がやれば。三歳児に何を求めるつもりだ。魔力が使える加減知らずの姉に、使えないミジンコが、一方的に虐げられていることのどこが運動なのか教えてくれ。ようやく走れるようになった幼児が転んで、怪我して、魔術で治療してもらって、『じゃあ足腰鍛えるために走ろう』なんてふざけているとしか思えない。
「ひっ!」
視界の端から木刀が迫り、慌てて首を引っ込める。
「避けてばっかりいないで戦いなさい!」
「今の避けなかったらヤバかったって!」
先程よりもさらに重く鋭い一撃。受け止めようものなら木刀が弾き飛ばされるか腕が痺れること間違いなし。体ごと吹き飛ばされてもおかしくない。
「致命傷までやるのが修行よ!」
「いつから修行になったんだよ! 運動って話だっただろ!」
「はぁ……また安全第一? そうやって怖がって逃げてばかりだから、いつまで経っても成長しないのよ? 正直に言いなさい、やりたくないだけでしょ?」
「生徒の実力に合わせて計画を立てようって話だよ! 成長する前に壊れるわ!」
「そういうことは自分の実力を把握してから言いなさい。文句も怪我してからにしなさい」
ぐぬぬ……またしても根拠……。
アリシア姉はさらに続ける。
「私、子供が弱い理由って、鍛えてないからだと思うのよね」
この答えを明確に持っている人間はおそらくいない。鍛えていないからできないのか、できない(必要ない)から鍛えないのか。全ては結果論。個々の成長差。
性別や年齢に関係なくやればやるだけ知識も技術も筋肉も増えるのだから、小さい子がやっても同じだと思うのはごく自然なこと。その思想を否定するつもりもない。
しかし物には限度がある。できるかどうかも別問題。
例え世界一になるために幼少期から鍛える必要があるとしても、街一番で満足する人なら嫌がるだろうし、根拠がなければ実行する人は少ない。結局のところ自分が正解と思う方法を選ぶしかないのだ。
そして俺とアリシア姉で考えてる正解は違う。
いくら話しても平行線だ。
「アリシア。運動と修行は違うわよ」
「母さん!」
泣き叫びながら逃げ回る俺の味方が現れた。
「今やってるのは運動よ」
「母さん!?」
味方じゃなかった。修行はもっと厳しいものだと発破をかけているまである。
「ルークは自分ですることは気にしないのに、他人から受けるものは怖がる節があるわね。フリスビーを作る時にも怪我や苦労をしたはずよ」
「事故と攻撃では恐怖心が段違いだよ!」
例え体は大丈夫でも心は擦り減る。
「それに慣れましょうって言ってるのよ。意味あることだと思えば、怖がらなければ、ちゃんとできるようになったら、この程度何ともなくなるわよ。避けられるってことは見切れてるってこと。隙を見て反撃してみなさい」
「…………」
母さんの言葉に、少しだけ心が軽くなった気がした。
たしかに、怖がりながらも続けていけば、いつかこの苦痛も乗り越えられるのかもしれない。 それはきっと強くなれた証。
「そ、そうか、怖がらずにやればいいのか……」
胸の奥に熱いものが灯るのを感じた。
ブオンッ!
「無理無理無理っ!」
アリシア姉の木刀が、風を裂く音を立てて俺の脇を通過。無意識に目を閉じてしゃがみ込む。
さすがに今回ばかりは前世の記憶とか関係ない気がする。格上の攻撃を捌いて反撃するのはハード過ぎるし、幼児がやることじゃない。おかしいのは俺ではなく指導側だ。
「大丈夫、ちゃんと避ければ当たらないわ」
「それが出来れば苦労しないんだよぉぉっ!」
魔獣はびこる世界は想像以上にスパルタで、打撲や流血が当たり前の『生き残りたきゃ強くなれ』って暴論がまかり通る恐ろしい場所だった。母親すら守ってくれない。
(もしかしてレオ兄ってこうなることを予想して菜園活動しないんじゃ……流れで運動する羽目になるし……あ~そっかそっか~。じゃないと俺達とフリスビーしない理由がないもんな~。頭良いな~)
くそったれぇ……。
翌日、真似しようとしたら俺には一緒に遊ぶ友達がいないことに気付いて、凹んだ。