九百六十四話 拠点を求めて三十里4
アルディアが俺の生きるべき世界なのであえてこう呼ばせてもらうが、異世界漂流2日目。
(……痒い)
初めての朝を迎えた俺が感じたのは、体中の痒みだった。
「お前等、人の体で遊んでんじゃねぇよ……」
普通の人間なら、自然をこれ以上ないぐらいに感じた一夜だったので仕方ないと対策しなかった自分やこの場所で寝ることを選んだ仲間達を責めたり、運命や自然の摂理を呪っていたことだろう。
しかし俺は明確な原因を責めた。
つまるところ犯人だ。
「言っただろ。害が無ければ共存する意思があるって。俺の体を通すことで動植物に栄養なり力なりを与えられるなら、拠点探しに支障のない程度に使わせてやるって。襲ってきたら容赦しないって。
その提案にお前等は納得した。なのになんだ、このザマは? 俺を守るんじゃなかったのか? 意図せずに危害を加えてしまう連中に話をつけるんじゃなかったのか? 間を取り持つんじゃなかったのか?」
イガイガする喉にさらに苛立ちつつ精霊達を責めると、体を襲っていた不快感がスッと消えた。詫びのつもりか若干の体の痛みや寝汗のジメッとした感覚も一緒に消える。
「ったく……」
冗談にしてはやり過ぎだ。
俺は、まるで幼稚園児のような精霊達に溜息を向け、のどを潤し、朝食用の木の実の採取を開始した。
「服、どうすっかなぁ……」
その間に考えるのは本日の予定および今後の計画。
洗ってる間は着るものがなくなる。つまり全裸。もしそんな姿を見られようものなら100%通報される。しかしひと目のない水辺などそう簡単には見つからないだろう。
かと言っていつまでも同じ服を着続けるのは辛い。
「お前等、フィーネやユキみたいな洗浄魔術って使えないか? 洗濯機……って言ってもわからないか、付着した土や汗や微生物を落とす方法知らね?」
『知ってる。でも力が足りない』
数十秒掛けて地面に文字が刻まれる。
「そっかー。んじゃあもうちょっとこのままで行くわ。なんか俺の能力も向上出来るっぽいし。自然の量や質ももっと良い場所探してみるからまた頼む」
『おk』
それだけ書くと、精霊達はこれも悪ふざけの謝罪のつもりか、大食漢でも食べきれないほどのキノコを地面から生やしてくれた。
悪気はないのだろうが、明らかに毒を持っていそうな色のものも混じっているので、念のために毒素を抜き出して、焚火で焼いて、両手を合わせて、
「いただきます」
美味い。
この2日間で口にしたのは野菜と果物のみ。穀物や肉が恋しくならないと言えば嘘になるが、流石にそれは贅沢というものだ。
美味しくて安全な食事が出来るだけで十分。
「現状を精一杯楽しんでいるね。とてもサバイバルとは思えない優雅な生活だ」
そんな俺の様子を黙って見ていたイーさんは、批判なのか称賛なのか判断に困る発言をおこない、出来立てホヤホヤの焼きキノコを手に取って興味深そうに眺めながら一口。
「……うん、ちゃんと毒も抜けているね」
当然の感想を口にする。
発言を否定したいのは山々だが、それより彼女の人間らしい部分の方が気になるので先に触れさせていただこう。
「本当に何から何まで自由になるんだな。食べたい時に食べたいものを食べて、姿を消したい時に消せて、触りたいものに触るなんて、便利な体だな」
「大抵の生物がそれをしているはずだよ。現代人なんて特にそうだ」
ごもっとも。
しかし次元が違う。彼女は人類の望む最終形態の1つと言えよう。
それはそうと――。
「俺は十分サバイバルしてるよ」
「部活動に所属しているというだけでその道のプロ以上の力を発揮するクラスメイトや、恐ろしいほど役立つ知識を持っている帰宅部や、絶対に乗り合わせている各職業のプロ達や、現地の協力者の能力をすべて持ち合わせておいて、その発言は無理があるだろう」
「アイツ等もイーさんほどじゃないけどチーターじゃん。神から異能を授けられた異世界転生と同じぐらいご都合主義の塊じゃん」
「『ブーメラン』という言葉を知っているかな? この時代では主にネット用語で使われているね」
知らいでか。
現代知識と魔力を融合させて、強者の協力も得放題な俺も十分チートだと思う。
「でもそれは向こうでの話だ。こっちの精霊術はそこまで便利じゃないぞ」
「では聞くが、今キミはどうやって水分を摂取したのかな?」
「手汗から濡れタオルぐらいに進化した水の精霊術で」
「焚火は?」
「舞いぎり式でするつもりだったけど、火種を作っても肝心の火を広げるための物が見当たらなかったから、風の精霊術で乾燥させるより火がつくまで小枝に指を押し付けた方が早いと思って、火の精霊術で」
舞いぎり式はおそらく誰もが一番に想像する火付け道具だ。棒に取り付けた板を上下させて摩擦エネルギーを使う方法である。
ただ、それで作れるものはタバコに近い弱弱しい火種なので、乾燥した綿や落ち葉などが必要になる。数秒以内に燃え広がらなければ何の意味もない。
いくら夏だろうとそんな便利な物はなかった。
水だって相応の疲労を伴う。
ほら、不便。
「人類が何千年と掛けて生み出した英知を超えていると思うのは私だけかな?」
「難しい問題だな……」
俺がやってるのは言ってみれば太古の技術。
超古代文明の方が優れてるなんてよくある話だが、だったらどうして衰退させたんだ? 戦争か? 外敵の侵略か? 世界的な死病か?
俺は便利な文明を手に入れたからだと思う。
それを『超えた』と言うのは如何なものだろう。当時の人間が聞いたら全力で否定しそうだ。
「百歩譲っても超えてるのは俺だけだな。平均化したら現代科学には劣るはずだ」
「超えているじゃないか」
まぁねー。俺自身こちらの方が良いと思ってるから精霊達が力を貸してくれたんだし。
「これで発展途上というのだから、最終的にどんな生活を送るのか楽しみでならないよ」
食事休憩は終わりという合図のつもりか、イーさんは知っているはずの未来について適当なコメントを残して立ち上がった。
それと同時に焚火の火が消える。というか焚火が跡形もなくなる。何なら草木が生える。
(俺より精霊術使いこなしてるじゃん……。ちょっとでも協力する意思を見せてくれたら何でも出来るんじゃないか、これ?)
「ん? 今なんでもって?」
約束を意味する『する』じゃなくて『出来るかも』って試行&思考だから使い方間違ってるな。
まぁはぐらかしていると思っておこう。
いくら自然の汚れや生物が気にならないと言っても、歩きやすさは舗装された道とは比べものにならない。
そんなわけで俺達は、活動していても不信感を抱かれない時間帯になると同時に森から這い出して、道路を歩き始めた。
「高速道路のような歩道のない場所や、国道のような車がビュンビュン通る場所でなければ、人が山を歩いていてもおかしくはない!」
「そんな説明口調で一体誰に理解してもらおうとしているんだい?」
「自分だよ。まさかイーさんは自己暗示の大切さを知らないのか? 自分で自分を褒めれば人生ハッピーなんだぞ? 誰かに褒めてもらえるとか幻想もいいところだ」
「ぼっちを極めている人間のセリフだね」
「わかってて質問したイーさんも相当性格悪いぞ」
…………。
「「ふふふふふ」」
楽しい時間だ。
目移りするほど様々なものが点在する町中と違って、山の中には自然しかない。おのずと雑談も増える。
「需要があるのは旧スクよりブルマーだって!」
「暖を取るという名目がある分、夏より冬の方がイチャつく機会は増えるね」
「くっ……イタチに宿っている精霊は見えないのか!」
不思議というか当然というか、イーさんはアルディアトークには一切乗ってくれないので出来るのは地球トークだけ。
それも、確信に迫る部分は無反応なので、本当に他愛のない雑談をするしかない。
そんなことを繰り返して夜。
東京から約120km。時間にして20時間。
俺達の旅は終わりを迎えた。
グンマーに到着したのだ。
「期待外れだよっ!!」
そこに広がっていたのはごく普通の町並み。というか都会。
俺はその未開の地とは程遠い光景に、堪らず叫んだ。
「何を今更。ネットで調べたから知ってるだろう」
「昔、気になってスト●ートビューで見た過去があるのを、ネタじゃない画像検索した経験があるのを、暴露するのやめてもらっていいですか……」
「それは悪いことをしたね。なら大学生時代の知人に群馬出身者が居たというのも言わない方が良いかな? お土産はもらわない程度の仲だったことも」
是非お願いします。
あと、ここまで来て引き返す……というか富士山とか目指すのも面倒なので、都会だけど山がないわけじゃないし、取り合えずグンマーで拠点探してみるよ。




