九百三十九話 鳳凰山 木登り編
『ようこそ、おこしやす、うぇるかむとぅホウオウザン。ここでは大きな大きな大樹を登る試練に挑戦していただきます』
第一の試練へとやって来た俺達を歓迎したのは、ゲート・入場券の自動販売機・モギリ・検査員と、このテーマパーク(今後はそう呼ばせてもらう)に来てから見慣れ、聞き慣れた挨拶と、どこかで見たことのある火の鳥。
俺もそれほど魔獣に詳しいわけじゃないし、頼りのケモナーセンサーも反応しないので確かなことは言えないが、空島のファイアーと同族のように見える。
『わたくし、こちらの試練の説明兼、受付兼、保安をしている《ファイアーバード鈴木》と申します。よろしくお願いします』
ほらな。
ここの連中のネーミングセンスに関してもアリシア姉から聞いていたので、それと合わせて置いといて、
「前2つを両立する良いが最後のは別のヤツに頼め。受付してる間に落っこちたらどうするつもりだ」
『クリア条件はただ1つ! 上の方にある先へ進む道まで辿り着くこと!
ただし、この大樹に触れると魔術・精霊術・魔力など様々な力が制限されるので、大空を自由に飛び回れない劣等種族の皆さんはさぞ苦労されることでしょう。わたくしの楽しみはそういった者達の顔を眺めることです』
「無視すんな。あと出しちゃいけない闇の部分が溢れてるぞ。ってかわざとか? わざと助けるのを遅らせて『事故ってもドンマイ』ってか? どっちでもいいけど誰か今すぐコイツを首にしろ。接客に向いてない」
『ご安心ください。過去に問題となったことは一度たりともありません』
辺りに彼以外のキャストは居ないが参加者は大勢居る。俺達を含めて20人近い。流石にそれだけの数を味方につけられては困るのか、鈴木はようやくこちらの相手をする覚悟を決めてくれた。
が、ここで『問題』と言っている時点でダメだ。本当に何もないなら事故件数や挑戦者の安否について語らないと。
不祥事を社内や校内で解決(笑)したから事件(刑事・民事)は起きていないと主張しているのと変わらない。もしくは示談に持っていって事件すらもみ消すか。
『不満があるなら挑戦しなければ良いのです。そのためにこうして懇切丁寧に説明しているのですから。ここに居るということは誓約書にも同意しているはず。見てない聞いてないはまかり通りませんよ』
これが……法を味方につけたヤツのやり方か……。
『さてさて、皆さんの緊張をほぐす小粋なトークはこの辺にして、試練に挑戦される方は前に出てください』
ファイアーバード鈴木ことクソ鳥は、これまでおこなった緊張を煽る以外の何物でもないトークに対するフォローもなく、参加者達の誘導を開始した。
(ったく……要するに自力で登り切れば問題ないんだろ。やってやるよ!)
このテーマパークは基本的に自由行動なので、新たな参加者が現れた瞬間に放棄するに違いないが、今現在は手隙ということでファイアーバード鈴木が見守る中、俺達飛行船組は幹の太さが10mはある大樹の前に並んでいた。
これから同じ大樹を登るのだ。
スカート陣(というか女性陣)は後から登れば問題ないし、もしもの時は受け止めてもらわなければならないので後ろに居てもらいたい。
「まずは俺から行こう」
真っ先に名乗りをあげたのは他でもない俺。
「へぇ~。生身でって言われてるのに随分やる気あるじゃない。もしかして木登りや崖登りに自信あるの?」
「いや全然。でも抜け道見つけ出して楽々クリアしてやる」
鈴木は『制限』という言葉を使っていた。
つまり完全に封じられるわけではなく出力や性能を下げられるだけで、やりようによっては魔術も精霊術も魔力も使えるということ。
「しかも『触れると』とも言ってただろ。この大樹全体が魔力に覆われてる。でも一定じゃない。厚いところもあれば薄いところもある。枝みたいに伸びてるって言った方が良いかな。それに触れたらってことなんだろうけど、薄いところだけを移動すればほぼ通常時と変わらない移動が可能になるはずだ」
「ホント便利よね、そのメガネ」
凝使いのルークと呼んでくれ。100%他力本願の力だがな。
「っし、完成っと。あとはこのルート通りに行けば……」
などと説明している間に手を動かし続けて簡易マップを作り上げた俺は、尋常ではない疲労を伴うチートメガネを外し、早速大樹に足の裏を押し付けた。
自信はないが木登りが出来ないわけではない。
それに、普段から魔法陣という地味で単調で微妙な作業ばかりしていて目立たないが、オルブライト一家で一番魔力の扱いが上手いのは俺だ。
生まれた時から魔力を扱って来たし、生まれる前からそういう妄想ばかりしていた。得意属性はないが不得意もない。知識と応用力と度胸もある。
某忍者漫画で例えるなら、ナ●トがアリシア姉で、サ●ケがレオ兄で、サ●ラちゃんが俺なわけだが、少年漫画の展開として強大な力だったり生まれ持った才能だったりが目立たせやすいだけで、実際は力を繊細に扱える勉強バカというのはとても強い。
海賊漫画のロ●ン然り、死神漫画のル●ア然り、ドラゴン漫画のヤ●チャ然り、本来効くはずの体術や鬼道や気やオーラがインフレによって通用しなくなったせいで噛ませ犬と化すが、現実世界で小動物を焼けるほどの炎が使えれば一生役に立つし、皮膚を切断する風や動きを一瞬止める雷を使えたら強いだろ?
それを極めつつある俺にとっちゃ壁走りなんて朝飯前よ!
「……で?」
「出力がもう少しあれば行けるんだって! 余裕のよっちゃんなんだって!」
子供で言うなら筋力が足りなくて逆上がりが出来ない。N●RUTOで言うならチャクラが足りなくて足が貼り付かない。B●EACHで言うなら死神化出来ない。
理屈も、方法も、ルートも、意欲も、何もかもが揃っているのに実現させる力が足りない。
そんな悲しさ溢れる状態となった俺は、悪いのは全部大樹の出力制限のせいということにして、フィーネに協力を求めることに。
『グワァ~ワワワッ! せ、制限されてないのに、の、登れない……グワァ~~~ッ!!』
「何笑ってんだ、鈴木ぃぃッ! 人類が全員壁ダッシュ出来ると思ったら大間違いだからな!?」
まぁクソ鳥に台無しにされましたけどね!
人の努力を笑いやがって……これでもかってぐらい笑い転げやがって……こんなことならユキの真似して天井貼り付き遊びやっておけば良かったぜぃ。
「提案がある! 仲間の力を借りるのは有りにしてくれませんか!?」
こんなことで失格にされるのは嫌なので、一応審判の確認を取ると、
『そもそも禁止されてませんよ』
「うっしゃあああああああっ!! 待ってろよ、レオ兄。すぐ追いついてやるからな」
俺は、出力制限を気にせず自力で登り続ける天才を見上げて、決意新たに快進撃を始めた。
「……で?」
「仕方ないだろ! こんな高出力を扱うの初めてなんだから! 最初っから上手く扱えるようなら俺の魔力もこんぐらい多くなってるっての!」
強大な力は人を狂わせるとはよく言ったものだ。
扱ったことのないフィーネの魔力に翻弄されてしまい、またもやジャンプ貼り付きの方が上に行けるであろう悲惨な結果を残してしまった。
「ルーク様の体を直立させる最低限の量なのですが……」
「直立なんてしなくていいの! ゴキブリのように貼り付きながら登るから!」
「上手く行かないからってフィーネに当たってんじゃないわよ。最初は走って登るとか言ってたでしょ」
「俺は臨機応変にやり方を変える人間だ! 不可能なことをいつまでもやろうとするのは時間の無駄! 出来る可能性を見出してから再トライ! サンキュー!」
というわけで、今度こそレッツゴー。
カサカサカサカサ――。
「フハハハハッ! それがレオ兄の全力か! だが足りない、足りないぞ! お前に足りないもの、それは、情熱・思想・理念・知識・仲間・他者を頼る弱さ! そして何よりも……速さが足りない!!」
「あ、うん、頑張るよ」
木登りの呼吸、Gの型『疾駆』を編み出した俺は、遥か上空をノロノロ進むレオ兄を置き去りにし、他の大樹を登っていた魔族連中を抜いてトップでゴール。
割と楽しかったし暇だったので、自力でも出来るようになるべく、素人スキーヤーのように時々地面(大樹)にへばりつくアリシア姉を煽りつつ何往復もする。
「この……っ!」
怒って攻撃されたが見てから回避余裕でした。
「ところでお前等のそれはどうなんだ?」
「ハイ~? だってワタシそういう種族ですシ~。ルークさんだって字を書く時は手を使うでショ~? それと一緒一緒」
「煽ったり写真撮ったりするのは違うと思うけど、まぁ良いよ」
「ゆーとぅー」
カッコいいというだけで壁走りで登るメルディや、鳥類のハーピーが木登りではなく飛行するのは良いとして、問題はフィーネだ。
「私は大樹に勧められたので」
制限されるはずの能力が制限されず、一直線に飛行魔術で登り切ったチートエルフがそこに居た。
密林の中をペダルベタ踏みで駆け抜けて無傷の自動車とでも言えば、これが如何に異常か伝わるかもしれない。硬いわけじゃない。木々が避けるのだ。
まぁ何はともあれ全員突破と。




