閑話 王国物語2
今夜はユキが俺達に昔話を聞かせてくれていた。
恐ろしい爆弾娘を誘拐してしまった可哀想な魔王が今後どうなるかってとこだ。
「アイリーン、なんか聞いたことのある名前な気がするけど・・・・誰だったかしら?」
「攫われた王女を助ける勇者、登場する?」
王女2人は興味津々だけど、俺はそんなことより魔王が心配だ。絶対この後も不幸な目に遭うじゃん・・・・ガンバレ、とても他人には思えない魔王ガンバレ!
「そして私とアイリーンさんは魔王城で楽しく暮らしていくんです~」
ある時は下級兵士たちを指導した。
「いつまでも弱いままじゃダメよ! 豊かな生活を守るために強くならないとっ!」
ビュンッ。
「ひぃいいいぃぃっ!」
「ぎゃあああぁぁあっ! 刺さった! 刺さったっ!!」
「ぎゃふっ! も、もう・・・・だめ」
ひとり、またひとりと兵士たちは力尽きていく。
「全く、魔王軍なのに回避も出来ないの? 戦場なら死んでるわよ!」
「ですね~。手加減してるんですけど~」
先ほどからビュンビュンと音を立てているのはユキの氷の矢。
下級兵士はおろか、魔王ですら数発回避できるかどうかの高等魔術が訓練場を縦横無尽に飛び交っていた。
「わかったわ。彼らはコンビネーションを重点的に鍛えた兵士なのよっ!
ユキっ! 大型魔術で彼らの得意な協力技をさらに磨きあげて!」
「アイアイサー」
バリバリバリッ!
「「「え? ・・・・え?」」」
その直後、魔王城の城壁は3分の1消滅した。
またある時は、兵士のために風呂を沸かしてあげる。
「あなた! 疲れた顔をしてるわねっ! 身体と心の疲れを癒すなら、お風呂が一番よ。さあ、思いゆくまで癒されなさい!」
グツグツ、ボコっ、グツグツ。
「ああああ、あの!? 煮立ってます! このお風呂は沸騰してますっ!」
「え? 熱くないと魔術耐性がある魔族って入浴した実感湧かないんでしょ? 遠慮する事ないわよ! さあっ!」
たしかに一部魔族は人間の理解を超えた環境下でなければ生活できない。
実際、お風呂の温度が不満だと言う話をアイリーンは魔王軍から聞いていた。しかし・・・・。
「やめてっ! 私、雪女ですから! 熱いのは! 熱いのだけはっ!!」
彼女のように正反対の環境では致命的なダメージを負うことだってあるのだ。
どうやらアイリーンが熱湯風呂の話を聞いた相手は、サラマンダーなどの高温に耐性を持つ種族だったらしい。
「女同士なんだし、恥ずかしがらなくても良いじゃない。
・・・・ねぇ、ユキ。彼女お風呂が嫌いみたいよ?」
「何でですかね~? 雪女さん、ご出身はどちらですか~?
この近くなら・・・・ヒエヒエマウンテンとかスーイア山脈辺りですか~?」
雪女が入浴する際には、生まれ育った雪山の『雪の花』を入れる事が多い。この花は魔石に近い性質を持つため、懐かしい気持ちになってリラックス出来ると言われている。
ユキは入浴を嫌う雪女のために、その雪の花を採ってこようと提案したのだ。
しかし雪女からしてみれば脅迫以外の何ものでもない。
「ひ、ひいぃぃぃーーーーーっ!!
かかかかか、家族だけは! 家族だけはどうかっ!! 入ります! 入りますからっ!」
そう言って雪女は慌てて服を脱ぎ捨て、煮え立つ熱湯へとダイブした。
「ぎゃぁぁあぁ!! 熱いぃぃぃいいぃいい! と、溶けるぅぅうぅうぅ!!」
湯船の中でバタバタと必死にもがく雪女。
「うふふ! 喜んでもらえたみたいで、なによりだわ!」
アイリーンにも熱湯はかかっているが、ユキの防壁のお陰で60度を超える浴室内でも快適だったので『熱い』という感覚がなかった。
その後、瀕死の雪女を助けたユキは「あの風呂は熱すぎたのではないか?」と言う根本的な問題をアイリーンに相談することを忘れ、同じ過ちを繰り返していく。
魔王の精神は最早限界だった。
一刻も早く王女を追い出さなければ間違いなく魔王軍は壊滅する。
なので彼は国王に一通の手紙を、いや救援願いを出した。
その文面を見た国王と側近貴族は爆笑する。
「ダーーッハッハッハ!! それ見たことか! あの2人が組んで騒ぎが起きないわけがない!」
「いや~。アイリーン様とユキさんが居ないだけでこれほど平和になるとは! 連れ戻すなんてとんでもない! しばらく魔王城に居てもらいましょう」
「知っていますかな? アイリーン様が連れ去られて以来、我が城の修繕予算が銅貨1枚たりとも使われていないのですよ!」
「「なんと!?」」
「大臣、大臣、ここなど爆笑ものですぞ」
「なになに・・・・ユキ様が一緒だとドラゴン討伐より被害が大きい? 毎月の事ではないか! 我が国の財政難を思い知れ!」
普段アイリーンがどれほど迷惑を掛けているか、一瞬で理解できる会話が会議室に大声で響き渡る。
彼女は間違いなく国民からは愛されているのだが、被害を被っている身近な人物からも愛されているわけではない。
いや愛されてはいるのだが、それよりも遥かに迷惑がられていた。
ちなみにアイリーンは国が傾くほどの被害を出しているが、同時に利益も出している。
ユキにお願いして強大な魔獣の討伐や、特大な宝石の数々、伝説級の武具を取ってきてもらっているので、国の財政が破綻せずに済んでいたのだ。
国王や大臣が頼んでも「面倒くさい」の一言で断られるが、アイリーンが欲しがるものは大抵入手してきてくれるユキだった。
「クックック・・・・転移魔術はあと2ヶ月使えないらしいな。それまで魔王軍は壊滅せずに持ちこたえられるかな? フッハッハッハッ!」
最早どちらが魔王かわかったものではない。
「あの~。下の方に追伸って書かれていますが?」
「「「・・・・え?」」」
『追伸
私の事を心配されているであろうお父様や家臣の方々にユキを連絡係として送ります。
今後、私の生活に掛かる必要経費はセイルーン王国の国家予算から使用いたしますので、ユキを通じて送ってください』
「アイフローラ=リーン・レイ・マルク=セイルーンより・・・・・・」
長い名前のため愛称で『アイリーン』なのだ。
「「「ぎゃあああぁぁぁああっっ!!!」」」
結局アイリーンに掛かる金額は変わらず、しかも近くに居ないため抑止力も一切ないと言う絶望的な状況になった。
放っておいたら一体どれほどの国宝や鉱脈を売り払う事になるのか計算するのも恐ろしかった・・・・他国と戦争などしている場合では無い。
「今すぐ迎えに行くのだ! 全軍、直ちに出撃せよっ!!」
そして魔王軍に協力してもらった王国軍は、無事に国王を魔王城へと連れてくる事が出来た。
「な、なぜ私が呼ばれたのだ・・・・王国軍が魔王城からアイリーンを連れ戻すだけのはず・・・・・・」
未だ困惑するアベル国王へ、1人の少女がやってきた。
「お父様! そのような考えだからダメなのですっ!」
「ア、アイリーン・・・・ひ、久しぶりだな。元気だったか?」
そこにはもちろん変わった様子の無い元気、いや元気過ぎるアイリーンと痩せ細って疲れ果てた姿の魔王が居た。
どうやらアイリーンが「私を連れ戻したければ国王を呼べ」と無理を言ったらしい。
「ダ、ダメとは?」
「良いですか? 昨今の戦争は無意味なものなのです。お互いに手を取り合い、理解し合う事で終戦させられる無益な争いだったのです!」
娘の言う事が理解できない国王に、魔王が切実に要望した。
「つまり、彼女は貴国に帰って帝王学を学びたいことだ・・・・と言うか、頼むから連れて帰ってください、お願いします」
「え? 帰らないわよ?」
「「「・・・・へ?」」」
さきほどから全く会話についていけていない国王。
自分の解釈とは違ったらしく反論された魔王。
何故か自分が帰る事にされていたアイリーン。
3人が同じ声で呆気にとられる。
いち早く立ち直ったアイリーンが自分の考えを訴えかけた。
「私は、絶対に帰らないわよ! 魔王と共に世界を掌握して平和にするの!」
「「ええぇええええぇーーーーーーーっ!?」」
「私も協力しますよ~。平和は大切ですからね~」
ケルベロスを従えたユキも登場する。
彼の首輪は改良されており『ケロちゃん』と刻まれていた。
「い、いやいやっ! アイリーン様が王国に帰っていただければ、我々魔王軍は撤退すると約束しますから! 帰りましょ! ね!?」
「いやいやいやっ! アイリーンはここの生活が気に入ったらしい。そうだ! いっその事、魔王と結婚してここで暮らせばいいっ! そうだっ、そうしようっ!」
争いを止めるから、と必死にアイリーンを追い出そうとする魔王。
絶対に帰ってこさせないように結婚話を進める国王。
「魔王様とは結婚します! そして必要なお金はセイルーン王国から出してもらいます!」
「「そ、そんなぁぁぁーーーーーーーっ!!!」」
2人にとって最悪な決断を下すアイリーン。
「あの、私に拒否権は・・・・?」
「は? 嫌なの? この私と結婚できるのに?」
一応無理を承知で確認する魔王だが、威圧するアイリーンの前に拒否権など存在しなかった。
「・・・・・・よ、よろこんで・・・・うぅ~」
誘拐生活の中で魔王を気に入ったアイリーンは直ぐに結婚式の準備を始めた。
それから数週間後。
魔王は再びアベル王を魔王城に招き、その場で平和協定とアイリーン王女との結婚式が行われた。
こうして両家の縁談によって、セイルーン王国軍とオラトリオ魔王軍の長い戦いの歴史に終止符が打たれることとなる。
その後ユキの尽力により、一切の戦闘行為をすることなく国土を数倍に増やした平和なセイルーン王国でアイリーンは幸せになり、対照的に魔王軍はいつまでも地獄を見続けたのだった。
何も知らない国民はアイリーンが戦争を終結させ、国を大きくしたと勘違いをした。
その事への感謝と両家の発展を願い、アイリーンのことを『建国王女』と呼び、いつまでも、いつまでも称え続けた。
「めでたし、めでたし~」
ユキによる『とある王国』って言うかセイルーン王国とオラトリオ魔王領の過去話が終わった。
めでたくないだろ・・・・魔王様や国王様は不幸になってるじゃん。何より魔王軍は完全なバッドエンドだ。
「「・・・・良い話」」
えぇっ!? 君らはそういう反応なんだ!?
王女様は大層感動されていた。
自己投影してアイリーン様のような人生に憧れでも抱いたのかもしれない。
話を聞き終わったマリーさんが小声で「アイリーン・・・・アイリーン?」と言いながら何やら考え込んでいる。
知ってる人なのか?
俺とイブがアイリーン様の物語について感想を言っていると、マリーさんが突然叫んだ。
「そうだわ、思い出した! 300年ぐらい昔に、セイルーン王国を現在の領土にまで拡げた偉大な王女様の名前が『建国王女』アイフローラ様! たしか愛称がアイリーンだったはず」
有名な王女様らしい。
優しい聖母のような人と伝えられていると言うけど、たぶん事実を捻じ曲げたのはアイリーンさん本人だ。もしくは何も知らない民衆が想像で現代まで言い伝えてしまったのか。
真実は闇の中。
あと長ったらしい名前も無意味だからって、女王としての権力を使って変えさせたんだろうな。
オラトリオ魔王領とセイルーン王国の名前だけ受け継がれてイブ=オラトリオ=セイルーンって言う名前になると。
「つまりユキさんは私達のご先祖様の恩人?」
攫われた王女が無事だったのはユキが居たからなので、捉え方によっては恩人かもしれない。
「いえいえ、友達と遊んでいただけで、恩人なんて大層なもんじゃないですって~。
マリーさんを一目見た時から気付いてたんですけど、言い出す機会が無かったんです~。マリーさん、アイリーンさんとそっくりですよ~」
なるほど、傍若無人なアイリーンさんに似ているなら、10年後のマリーさんも無意識に人を傷つける極悪王女になる、と?
「・・・・なに?」
俺がチラッとマリーさんを盗み見ると一瞬で睨み返された。怖い。
イブ、頼むから亭主を立てる優しい嫁になってください。鬼嫁は止めてください、お願いします。尻に敷かれるのは嫌だ。
「昔は何度も来たので、この王城の地理は把握してますよ~」
小国だろうと王城ってのは豪華に建築するらしいな。だから300年経った今でも通用する城であり、城壁なんだろう。
そして構造が変わってないから、イブのベッドの下なんてピンポイントで転移が出来たと。
「つまりセイルーン王族は魔族との混血って事?
でもこの話を言い触らすのは止めようか。言ったら俺の平穏が跡形もなく木っ端みじんになるから・・・・」
この昔話は危険すぎるので今後一切話さないことにしよう。
王族の隠された歴史なんて、知ってるだけでも無実の罪で処刑されそうだ。
「ちなみにアイリーンさんにはお兄さんが居て、彼が王家を継いだので、正確には魔王領にセイルーン王家の血が入ったってことですね~」
その後、少しだけ魔道具談義をしてからイブの部屋を後にした。
冷蔵庫や混合栓に興味津々だったな。今度見せてあげよう。
俺が部屋から出る時にイブが寂しがったけど、流石に一緒に寝るとか無いわ~。
登場人物の男性は基本的に不幸です