九百三十五話 鳳凰山へ
「ほんっっとぉぉ~~に! ちょっと見るだけだからな!? 何もしないからな!?」
「はいはい……それでいいって言ってるでしょ……」
「何回言うのよ。もう耳にタコができるぐらい聞いたわ」
「アンタ達が信じないからだろ! どうせやってくれると思ってるんだろ!? やらなかったら責めるんだろ!?」
再三にわたる宣言をすべておざなりに対応する母さんとマリーさんに、無駄だろうとは思いつつ最後の念押しをした俺は、居残り組に見送られながら飛行船に乗り込んだ。
これから始まるのは、7日(予定)に及ぶ、長い長い空の旅。
行き先は魔界、鳳凰山。片道切符にならないことを祈る。
目的は謝罪。
誤って(?)食べてしまった鳳凰さんの卵(???)はどうすることも出来ないので、せめて謝罪の言葉と気持ちばかりの品々を贈って許してもらおうという魂胆だ。
大人数で押しかけても迷惑なので、メンバーは厳選して俺・フィーネ・アリシア姉・レオ兄と、数に入れていいかどうか微妙だが操縦士をしてくれているハーピーとメルディの計6名。
フィーネ以外の女性陣は修行あるいは冒険目的と見ていいだろう。
フィーネも肝心な部分は俺に任せるようなことを言っていたので、この旅が成功するか否かは俺とレオ兄に掛かっていると言っても過言ではない。
「“これ”があれば大丈夫だよ」
不安や決意が顔に出ていたのか、隣の席に座っていたレオ兄が、大事そうに抱えた荷物に目を向けて言った。
もしかしたら自分に言い聞かせているのかもしれない。謝罪以外に人生初の魔界や飛行船に対する怯えを紛らわす意味でも。
グッ――。
搭乗して数分。空島への行き来で何度も経験した感覚が俺の全身にのしかかる。飛行船が飛び立とうとしているのだ。
「お、お、お……」
これには流石のアリシア姉も動揺を隠しきれない。
「ねぇ! これって立ってれば足腰を鍛えられるんじゃない!? 新しい修行方法よ!!」
いや違った。ただの迷惑クソガキムーブだ。
エスカレーターを逆走したり手すりで遊んだり、電車の連結部分ではしゃいだり、課外学習で羽目を外し過ぎて迷子になる連中と変わらない。
注意したらキレる若者やモンスターペアレンツとは別の意味で絡まれそうなので放っておくが……。
個人所有のもんだしな。迷惑は家族にしか掛からない。というか例え魔法をブッパしても破壊どころか振動の1つも起きないと思う。
「この船、とっても頑丈そうよね。今ここで戦っても問題なさそうだわ。そうだ! 24時間実践とか楽しそうじゃない? 出会った瞬間即バトルみたいな」
「楽しくねえよ。それを楽しいと思うのは戦えるヤツだけだ。逆に俺が出会った瞬間即勉強なんて言ったら乗るのかよ? 乗らないだろ? アリシア姉がやろうとしてるのはそういうことだぞ」
鳳凰さんが青アザだらけの俺を見て同情してくれるなら考えなくもないが、直前に治療されて完全回復する未来しか見えない。
もし本当に船内バトルロイヤルがおこなわれるなら、俺はシャワー・トイレ一体型の部屋に食糧を持ち込んで鍵をかけて引きこもる。んで魔道具開発しながら到着までのんびりまったりスローライフを送る。
「もしくは外に出ての空中戦ね。落ちたら負けよ」
本当に人の話を聞かない姉だ。やる気、そしてヤル気満々じゃないか。
あと負けも何もない。飛行船からの落下はイコール人生の終了を意味している。
さて、いつまでもこんな戦闘狂の相手をしていても埒が明かないので、安定航行に入るまでの間、こうなった経緯を少しばかり語らせていただくとしよう。
出発前のやり取りについては後々触れることにして、まずは視察4日目を迎えた辺りから。
「延期、ですか?」
『ええ。行きたい場所や教えてもらいたいこと、話したいことは山ほど残っているけど、今はそれよりも農場で学んだことを活かして現状の経営システムや法と規則の改善をしたいの。だから視察はしばらくお休み』
ローレンス達が捕まった翌朝。マリーさんから視察中止……いや延期の連絡が入った。
一晩掛けて考えたのか根回しをしたのかは知らないが、王都に帰還するのではなく、ヨシュアに残って色々やるらしい。
今日もこれから領主であるアリスパパをはじめ、ヨシュアのお偉いさん方と会議をするとのこと。おそらくセイルーン王家や大臣と映像通話しながら。
実際、この日から彼女と会う機会は激減した。
それに伴ってレックス王子と3バカの視察も延期となった。どうも会議に同席するらしい。
まぁ、アリシア姉が壊した……大切なことなのでもう一度言います、アリシア姉が壊した変装魔道具を修理しなければならない俺としては、そのための時間が増えるのは大歓迎だ。
『それと考えたんだけど、鳳凰様への謝罪の品にはルーク君が作った魔道具はどうかしら? 凄い遊具と楽器があるんでしょ?』
その時間も複製に割かれましたけどねッ!!
基本的に強者は未知を好むという情報をどこからか得たらしい。一体どこの精霊王なんだ……わからん……まったくわからん。
――というわけで、レオ兄が抱えている荷物は、耐火性に特化させた魔道チェイサー(時間が足りなかったので若干手抜き)と化学反応についてまとめた教本だ。
電子ピアノのことも書かれているので、興味があれば作ったり、音源を探して人間界に顔を出したりすることだろう。農業をするのかどうかもわからないが、一応新種の種やら苗やらも持ってきている。
「ふぅ……何とか間に合った……」
コーネル達の力を借りて2個目の魔道チェイサーを完成させた俺は、それを贈り物係の父さん達に預け、続いて変装魔道具の修理に着手……する前に呼び止められた。
「鳳凰山までの経路はわかってるのかい?」
「いや、知らないけど……大丈夫じゃない? このメンバーで墜落したり事故に遭ったりってあり得ないじゃん」
とは言え、忙しいはずの父さんが地図や資料まで用意してくれているのだから、ここは大人しく説明を聞いておくとしよう。
フィーネに、ハーピーに、メルディに、いざとなればユキやベーさんも居るとしても、どれだけ安全とわかっていても、子供に魔獣蔓延る土地を旅させるのは心配と見える。
俺は親の心をわかるタイプの子供です。
「――で、ここなんだけどね」
航路にある土地の特徴や注意点や、長旅の心得や、目上の人間への謝罪の仕方など、ありがた~い授業を受けること30分。
そろそろ終わりが見えてきた頃、父さんは新しい資料を取り出し、これまでとは違った雰囲気で語り掛けてきた。
そこに映っていたのは何の変哲もない野山。特徴があるようにも、危険があるようにも、注意する必要があるようにも見えない。
「ここはセイルーン王国が今春開拓に乗り出す予定の土地で、偶然にもルーク達の航路にあるから、空から様子を見てもらいたいんだ。出来れば実際に降りて生態を調べたり、建築や農業に適した土地を探したり、水源を確保したり、魔獣に襲われないように結界を展開して彼等の手助けを――」
「ちょいちょいちょいちょい。ヘイヘイヘイヘイ。マイファザー。それは『見る』じゃない。『開拓作業』もしくは『命令』って言うんだ」
「セイルーン王家からの極秘依頼だからこっそりよろしくね」
「話聞けよ! ってかマリーさんが持ってきた手紙それか!!」
はい。というわけで、耄碌ジジイの冗談だと思っていた町開拓&開発の頼みが、現実のものになりましたよ~。
行きと帰りに空から見るだけだと何度主張しても聞き入れてもらえてませんよ~。
ちなみに、魔道具の修理は飛行船の中でやろうと思ったけど、往復で1か月近く掛かる(滞在期間込み)ので、マリーさんに「流石に何度か王都に帰る」「妹に隠し事は出来ない」と言われ、何故か俺がイブに謝罪する羽目になりましたよ~。
最近得た化学反応や精霊に関する新情報と、光の屈折などの眼の仕組みを教えたら、普通に許してくれましたけどね。というか壊したことも怒ってなかった。
完成までには結構な苦労があったようだけど、過去は振り返らず、完成した物には固着せず、前へ前へと進み続けるあれこそが本物の向上心というやつだろう。
もし俺が最近の出来事にタイトルをつけるとするなら『冬の嵐』だな。
移動中か、鳳凰山か、空撮でトラブルがあって一連のイベントが春まで続けば『春の嵐』だし、そこから派生したものが一生付きまとうようなら『人生の分岐点』だ。
ま、オルブライト3兄弟+αの気楽な旅行と思っておこう。




