九百二十二話 ヨシュア探訪セカンドシーズン4
農場について話すべきことや学ぶべきことはまだ残っていること。
品種改良やら魔道具やら小難しい授業をする前に腹を満たそうと考えたこと。
マリーさんが『現場の人間の声を聞きたい! 出来れば噂のエルフが良い!』と言うので、この時間最も出没する確率が高い農場宿舎にやって来たこと。
様々な理由から作業員達の聖地にやって来た俺とマリーさんは、仲間達と楽しくも慌ただしい食事をしている目的の人物を発見し、接触を試みた。
「――で、無関係な人間を宿舎に連れて来たと?」
話を聞いたルナマリアは、最初鋭く、途中も鋭く、最終的にも鋭い視線を向けてきた。
「ああ……モグモグ……丁度腹も空いてたしな……モグモグ」
「物を口に入れたまま喋るな! というか勝手に食べるな! 同じテーブルにも座るな! それはアタシ達の昼食で、ここはアタシ達の食卓よ!」
喚き散らすルナマリアだが、食器を取り上げたり追い出そうとはしない。
そもそも、大切な話し合いの最中に席を移った仲間を注意せず、明らかに俺達の分であろう新しい食事を運んで来てくれたことも咎めず、事情説明を最後まで大人しく聞いたというのは、どう考えても受け入れている。
まさか『説明が気に入らなかったからダメ』などという、小学生理論を振りかざすわけでもあるまい。
きっとアレだな。『いただきます』が聞こえなかったとか、冷めないうちに食べようと説明と食事を両立させたこととか、塩焼きに醤油を使ったのが気に入らなかったとか、そんなところだ。
ホント、ちょっとしたことで怒るヒステリック女って嫌よねぇ~。
「なんでもかんでも思い通りになると思ってる自己中男よりマシよ」
「そうか? どっちもどっちじゃね?」
「自覚がないのが一番悪いわね」
それは同感。誰のことを言ってるのかサッパリだがな。
あと俺はその程度の話題転換で揺らぐほど愚かじゃないぞ。
「どうせ余るんだから良いだろ」
普段なら昼食は弁当持参と帰宅で半々なのだが、冬ということで食堂には温かい食事を求めて従業員達が列を成している。
足りなくなるようなことがあったら暴動は免れないだろう。
反論不可能な現実を突きつけてツンデレエルフを黙らせた俺は、隣で畏縮していたマリーさんに優しく話し掛けた。
「気にしないでくださいね。コイツのはただのツンデレですから。むしろ来てくれなかったら人知れず寂しがってましたよ。知らないフリをしてますけど、俺達がここに来てることだって実は把握してたんですから」
「ざッッけんじゃないわよ! そんなことするわけないでしょ! 事情を確認したのだって、来てることを知ってただけで聞き耳立ててなかったからよ!」
俺も周りの従業員達もこれが彼女のデレだと理解しているが、初対面のマリーさんは言葉通り受け取るしかなく、『怒られた』あるいは『迷惑を掛けている』と勘違いしてさらに震えあがる。
当然、食事にも手を付けていない。
ここがどういう場所か考えたら、残すというのは何よりも失礼なことだと思うのだが、そんな簡単な思考すら出来ないほど動揺しているようだ。
――と、他人事のように語っているが、マリーさんがこうなったのは俺の責任なので何とかしてあげたい。
(初手でミスったのが痛かったなぁ……)
事の始まりはマリーさんがエルフに興味を持ったこと。
セイルーン王家がエルフと交流があることは知っていた。第2王女のマリーさんがどの程度関わっているかまではわからないが、彼女の中では礼儀を持って接すれば大丈夫という確信があったに違いない。
ただその計画は俺の一言で揺らいだ。
「そいつ、ルナマリアって言うんですけど、崇められたり農場に居る理由を聞かれたり胸が小さいことをからかわれたりしたらキレるんで気を付けてくださいね」
「そんなことするわけないでしょ……」
ルナマリアについて事前情報という名の助言をおこなうと、マリーさんは常識だと言わんばかりに肩を竦めて呆れた。
だが一瞬動揺したのを俺は見逃さなかった。
おそらくエルフが農場に居る理由が気になるのだろう。ワンチャン胸が小さいことも。そこをピックアップした理由を教えれば喜ぶかもしれない。
問題はここから。
マリーさんに『まさかやったんじゃないだろうな?』と謂れのない疑いの目を向けられたこともあって、俺の中にちょっとした悪戯心と反抗心が芽生えてしまったのだ。
「俺、知ってるんですよ。過去に試したアホな王族が居るって。幼心にショックを受けたって。ユキから聞きました。たしか1000年ぐらい前だったかなぁ~」
「…………はい?」
エルフは長寿というのは一般常識だ。
見た目からは年齢なんてわからないし、本人達も気にしないし、何より寿命が違い過ぎる相手と接点を持とうとしないので曖昧にされることが多い。
しかし実際1000歳年上を相手にするというのは異常だ。
しかも相手は一族の治める国が誕生した時からの関係で、接点があるのはエルフの中でも相当上のエルフ(というか王族)で、トラウマを作った犯人は先祖。
恐ろしい考えが次々にマリーさんの頭の中を巡る。
「う、嘘よね……? 冗談よね……?」
「さ、着きましたよ」
「ねぇ、ちょっと!」
俺は縋るような目をするマリーさんを無視して宿舎に入って行く。
先に言い訳をさせてもらうなら、ルナマリアを見つけたら挨拶代わりにからかって、「そんなことあるわけないじゃん。チャンチャン♪」で場の空気を和ませて終わらせようと思っていたんだ。
だがそうはならなかった。
「ね、ねぇ、なんだか楽しそうよ。邪魔しちゃ悪いわよ。話を聞くのはもう1人の農場主のモームさんって方で良いから。帰りましょ」
着ている物は煌びやかなドレスではなくツナギ。しかも泥と汗で汚れているのか邪魔にならないように腰巻きにしている。
口にしているのは一口で食べきれる高級フレンチではなく採れたて野菜の天ぷら。淑女は絶対にしないような大口を開けてかぶりつき、流し込むように味噌汁をズズズと啜る。
それから何やら感嘆して、思い出したように周りの人間と喋る。
そんなルナマリアの王女らしからぬ様子を目にしたマリーさんは、戦略的撤退を提案してきた。
「大丈夫ですって。ここまで来て引き返す方が逆に失礼ですよ。挨拶は適当でいいです。崇められるのを嫌うって言ったでしょ」
「それはそうだけど……この場合は何が正しいの?」
雲の上の存在が、言い方は悪いが下々の者と仲良さそうにしていて、そこに謝罪だか頼み事をしに行かないといけない。
そういった状況を経験したことがないマリーさんは、王女様らしい整った容姿のまま思考停止したアホのようなことを尋ねてきた。
そんなの挨拶した人がどう見られたいかの問題だ。俺にはわかるわけがない。
たしかに第一印象は大切だがそこに正解なんてない。というか人間関係に正解なんてない。
丁寧にして距離を置くのか、フレンドリーにして距離を近づけるのか、上から行くのか下から行くのか、共通の話題を探すのか自分を主張するのか。
それはその人と相手のコミュニケーション能力次第だ。
「ルーク君が何を考えているか手に取るようにわかるから言わせてもらうけど、貴方の責任だからね?」
「はいはい、すいませんね。何のアドバイスも出来ない無能で」
ここで計画を変更して、彼女に真実を伝えておくなり突貫するなりすれば良かったのだが、何故か俺はこの時もうちょっと見ていたいと思い、マリーさんに先陣を切らせてしまった。
今にして思えば若さゆえの過ちというやつだろう。
ともかく、マリーさんは何とか導き出した答えを実行したら睨まれ、食事を差し出されたと思ったら罵倒され、自己紹介も出来ない緊迫感に包まれた。
で、チャンチャンする暇なく、今に至ると。
もちろん先祖の件は冗談だと伝えた。ただルナマリアがすかさず「また胸の話を……!」と怒りを露わにしたので、誤解は解けたが溝は埋まらなかった。
(俺に……俺にもっとからかいスキルがあればこんなことにはならなかったのに……ごめん、マリーさん)
「思ってもないことを思うもんじゃないわよ」
「思ってるじゃん! 反省はしてないけどさ!」
(((いや、反省しろよ……)))
食堂中の全員の心の声が聞こえた気がした。
まぁわざとだ。
わかる? これが自己犠牲の精神ってやつですよ。俺という悪を生み出すことで全員の気持ちが1つになり、マリーさんが馴染めるって寸法よ。
「はぁ……農場について話せば良いのよね?」
「いや、案内もよろしく」
大勢の部下の前でからかわれずに済んだルナマリアは、感謝の印に俺達の頼みを聞いてくれると言い出した。
わかる? これも彼女のツンデレを巧みに利用した俺の策略よ。全部計画通りよ。
……はい、嘘です。なんか上手く行きました。たぶん普通にお願いしても大丈夫でした。ただマリーさんをビビらせただけでした。
誤解は徐々に解いて行こうと思います。




