九百十三話 ヨシュア探訪2
最初に俺達が訪れたのは、世界初のコンビニエンスストア『ロアーソン』。
名前からもわかる通りロア商会の系列店なのだが、24時間営業の小規模販売店の需要が思った以上に凄まじく、あまりにも各地から出店を求める声が多いので、システムや経営体制は包み隠さず公表して他企業に類似店を出してもらったので、今ではさして珍しくもない。
というより事業拡大が間に合わず、同時出店した『セブンロアイヤル』『ロアマート』と共に押され気味だ。
言い訳させてもらうなら、ロア商会の目的は儲けることではなくコンビニという新しい販売体系を提案することなので、広まった時点で役目は終わっているのだ。
ただ折角作った物を潰すのは勿体ないし、運送便も同じ商品を仕入れている企業がライバル・無関係問わず利用しているので、市場を支配しない程度に維持している。
配送無料じゃなきゃここまで盛り上がらなかっただろうしな。
「視察する理由は『その理由を知りたい』で十分過ぎるわね。流通体系と非営利精神を解き明かすことが成長に繋がるかもしれないんだから」
どうせなら何か新しい発見なりアドバイスなりをしようと店内をウロウロしていると、いつの間にかマリーさんが後ろに立っていた。
雰囲気からして調査だか聞き込みだか撮影だかは終わったようだ。
「その辺のことも公表してますよ?」
「紙に書かれたことだけじゃわからないこともあるのよ」
ごもっとも。むしろわかることの方が少ないだろう。
「さ、次は運送会社へ行くわよ。その後は製造工場ね。一番人気の冒険者向けスタミナ食の作り方を見させてもらうわ。
メンバーは……そうね、レックスはフィーネさんでお願い。ワン達はユキさんと一緒に予定通り視察を続けて。私はルーク君とロア商会の方をあたるから」
「そんなの予定にありませんでしたよね!?」
突然の予定変更とメンバーチェンジに驚き叫ぶ俺。
調べるからには水源まで逆流して徹底的にやるべきだと思うのでそこは良いとして、チーム編成に悪意しか感じない。
「気になることまで計画に入ってるわけないでしょ。何のために私が正体隠して来てると思ってるのよ」
至極真っ当な主張だった。言われた通りにするだけの視察は『売名』と呼ぶべきだ。
ただ俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「別におかしくないでしょ。王族が視察することに意味があるわけだし、ワン達もここで流れを覚えたはずだから代役ぐらい出来るだろうし、説明役が3人も居るこの状況を活かさなくてどうするのよ。ルーク君もユキさんと離れてしまえば真面目になるでしょうし」
自分ではわからないが、よほど不満そうな顔をしていたのか、マリーさんは諭すような口調で説得してきた。
しかも反論しづらい。
自然を装うためにフィーネとユキを連れてきたことが完全に裏目に出てしまった。俺のフィールドということで案内役も断らせない完璧な策だ。
「変装魔道具は単独行動が前提だったけどユキさん達の魔術なら誰が一緒でも大丈夫みたいだし、手間も省けて一石三鳥よ」
どうやらアリシア姉の魔法が炸裂した時点でこうなることは決まっていたようだ。
まぁ知ってたとしても俺は冒険よりこっちを選んだけどな。
「ちなみにどこに行くんですか?」
「全部よ」
……ちょっと考えさせてもらっても良いですか? もしかしたら明日から冒険者デビューするかもしれないので。
「はあああぁぁ……」
「そんな面倒臭そうな顔をされたのは初めてよ。傷つくわ。ただロア商会設立時から知ってる貴方に裏話を聞こうとしてるだけじゃない。ほら、スマイルスマイル♪」
王族が強いというのは嘘ではなかったらしく、圧倒的な脚力と腕力を見せたマリーさんに掴まり、引きずられること数秒。
好奇の視線に晒されるでも、避けられるわけでも、助けてもらえるわけでもなく、ただのルーク=オルブライトの日常として受け入れられた俺は、悲しさと切なさと虚無感を胸に立ち上がり、自らの足で歩き始めた。
「この町で貴方がどんな立場かわかる瞬間だったわね」
「特に何もしてないはずなんですけどね……」
「何もしてない人間はああいう時、避けられるのよ。何が起こるかわからないことに巻き込まれたくないからね。
でもルーク君の場合は違う。巻き込まれたら得するし、巻き込まれなければ楽しめるけど、トラブルが発生するまでは大人しくしておこう、って空気を感じたわ」
マリーさんは慰めているのか貶しているのか理解に苦しむことを言って、1人で嬉しそうに笑みを溢した。
「――っと。到着しましたよ。ここがロア商会が初めて作った金のなる木『石鹸&冷蔵庫工場』です」
俺達は巨大な骨を突き刺しただけの門の前で立ち止まった。10年以上経っても未だに現役バリバリの生産工場だ。
一手に担っているわけではなく他の工場でも作ってはいるし、昔と比べて地下やら3階やら増築はしているが、当時の様相も所々残っているし、最古参が一番多いのは間違いなくここ。
ロア商会のことを語る上で絶対に外せない場所だ。
「身もふたもない言い方ね」
「まぁ事実ですし。石鹸と冷蔵庫が町の人達に受け入れてもらえなかったら、ロア商会はドラゴンを狩って生計を立てるしかなかったんです。
あ、ちなみに、その門も設立費用を捻出するためにフィーネが倒したドラゴンの骨ですよ。感謝と威圧と商売繁盛の願掛けの3つが出来るってことで工場の人間からは大切にされてます」
「盗まれたりは……しないわね。深々と突き刺さってて抜けそうにないし、売る場所もないし、何よりドラゴンスレイヤーを敵に回したくないでしょうから」
成功したら一生遊んで暮らせるギャンブルはさぞかし挑戦のし甲斐があるだろうが、成功確率0%は詐欺以外の何物でもない。
例え捕まったとしても強制労働数週間という軽い(?)刑で済むのだが、これまでに挑戦者は1人も現れていない。
それっぽいエピソードを語るとすれば、盗むと言えるかどうか微妙だが、アホ貴族がなんちゃらの規則がなんとか言って寄付を迫ったことがあるらしい。そいつがどうなかったかは知らん。
「あれ? ルーク君じゃん。ここに来るなんて珍しい。どしたの? 何か用?」
国民を守る義務を持つ王族としてはどうかと思うが、俺の話を右から左に聞き流したマリーさんは、関係者である俺を盾にアッサリと見学手続きを終わらせて工場内へ。
石鹸と冷蔵庫、どちらへ行こうかルート選択を迫られていると、聞き慣れた声と共に顔馴染みが現れた。
リンだ。
傍には見たことのないヤツから見覚えのあるヤツまで、彼女を含めて4人立っている。場所と人数と格好と時間帯からして昼食にでも行くつもりなのだろう。
「この人、王都で世話になった貴族の知り合いでさ。工場見学したいって言うから案内してたんだよ」
「メリーよ」
こうなることを想定していたのか、マリーさんは突然の振りにも動じることなく偽名で挨拶をする。
にしたってもうちょっと捻った方が良いと思うのは俺だけだろうか? いくら変装していると言っても勘の良い相手にはすぐにバレそうな気がする。逆に本名を呼ばれた時に誤魔化しやすいとか?
「あ、どーもー。リンです。昔ここで働いてました。今でも休みの日には顔出してるんですよ。夢が世界一の石鹸を作ることなので」
チーム(?)を代表して応じるリン。
勘は悪くないはずだが、初対面な上に俺の知り合いと仲良くなる気もない彼女にはマリーさんの正体などわかるはずもなかった。見ろよ、この猫の被りっぷり。小学生女子の化粧だってここまで厚く適当じゃないぞ。
「とか思ってそうだから今から貴様を殴る。これは暴力じゃない教育的指導だ」
「自分の考えを押し付けるための力は言葉であれ行動であれ全部暴力だぞ」
「押し付ける? 何を言っているんだか。女性の尊厳を守るための正当防衛だよ。間違っているというならフィーネ様かユキ様の前で主張すればいいよ」
「チッ……良いだろう、認めよう、正解だ。お前が上っ面だけで接してると思ってたよ。女って面倒臭くて恐ろしいと思ってたよ」
嘘偽りを封じられた俺にはそう答える他なかった。
「だが俺が動けなくなったら代わりに彼女の案内と解説しろよ。言っておくけど俺に知り合いに普通のヤツは1人も居ないからな。覚悟しておけ」
「くっ……仕方ない。良いよ、持ち越しといてあげる。その代わり今度研究所で会った時は覚悟しておくように」
持ち越すんじゃない。そして自分を知り合いカウントから外すんじゃない。おかしなヤツランキングでは下から数えた方が早いだろうけどお前も十分変だ。
「研究所で会うということはリンさんは研究所勤めで、ルーク君の先輩なのよね? 色々聞かせてくれないかしら? 私が普通じゃないってことについて、じっくりと……ね」
話を膨らませようとしていると、置いてけぼりにされていたマリーさんが割って入って来た。
「コイツ、メリーさんのことを何も知らないのに納得しました。面倒臭いヤツだって思ったんです」
「ボクは彼と彼の知り合いにこれまで何度も大変な目に遭わされてます。初対面の相手だろうと警戒するのは当然です。それをわかった上でそんなことを言うルーク君こそおかしいんです」
こめかみに青筋を立てるマリーさんを前に俺達に出来ることは、お互いを指さして罪を擦り付け合うことだけだった。




