八百九十四話 地下労働施設4
「フフーン、可愛いぼくとたくさん喋れて良かったですねー」
と、真面目な話は終わりだと言わんばかりに、お気楽口調に戻って前屈み&上目遣いでドヤ顔をしてくるノミド。
俺としても聞きたいことは大体聞けた……というか察しられたし、サイとソーマも似たような状態のようなので、素直に従っておこう。
……ん? スパルタ教育論から何を察したか聞きたい?
仕方ないなぁ。いいか? 俺が思うにドワーフが技術を外に出さない理由は『出さない』のではなく『出せない』からだ。
言葉では伝えられない技術ゆえに身に付けるためには出来るようになるまで鍛錬するしかなく、神力の鍛冶台が生まれてから4年足らずでその域に達している人間があまりにも少ないのだ。
しかも、ようやく身に付けたと思ったら別のヤツが新しい技術を生み出しているのだから、根っから職人のドワーフ達はその技術を広めるより地下労働施設に残って腕を磨くに決まっている。
逆を言えば、だからこそここまでの急成長を遂げられたと。
「あ、そうそう、まだ言ってませんでしたね。地下施設がここまで大きくなったのは、4年前に鍛冶台を与えられた瞬間にその素晴らしい性能に気付いたぼく達ドワーフが、火の神《鳳凰》と、土の神に協力を頼んだからです。
化学反応という言葉が生まれる遥か昔から『精霊宿し』の技術を持っていたぼく達が、鍛冶に必要な2属性を味方につければ無敵です。
最近では知識も得ようと化学反応について学ぶ者も現れてるんですよ」
「微妙に違った! というか俺が1年前に見たのは一体!?」
ツッコミどころと同じぐらい納得もしてしまったので色々スルーした結果、唯一ツッコめるのがそれだった。
「ただのハリボテです。ここは町や国にはドワーフの住まいということで申請してあるので開拓される心配はありませんが、一応隠れ里なのでいつまで騙せるかテストをさせていただきました」
ドワーフが作った壁ということで壊すのに苦労しても違和感はありませんね、と清々しい笑顔を作るノミド。
テストの理由が、ただの人間だからなのか、強者の知り合いだからなのか、鍛冶台製作者であることがバレていて本物かどうか見抜く力を試されているのか、彼女の顔からははかり知ることは出来なかった。
それはそうと、さきほどから彼女が屈む度に一瞬、麻布のような服の隙間から真っ白な肌と茶色い下着が……。
もしも相手が少女なら男子は全員心の中でガッツポーズを取っていただろう。断じて胸と呼んではいけない盆地だったがそんなことは関係ない。貰える物は貰う、見られる物は見る、触れる物は触る。それが漢だ。
しかしそれが人妻……しかも子供の前だとしたら話は変わって来る。
後ろは見れない。
母親が見ず知らずの男にそんなことをしていたら、俺なら間違いなくグレる。その男から『ど、どうしよう……?』と困った顔をされてもこっちが困るし、『み、見てないよ?』と言い訳するような顔をされても無視する。
そう……こういう時は無視するに限るのだ。
「可愛いぼくの一生に一度あるかないかのブラチラに見惚れるのは仕方のないことですし、もしかしたらもう1回拝めるかもと期待する気持ちもわかりますけど、そろそろ鍛冶を始めませんか?」
「テメェ!!」
はい、終わったー。もうあの子達と関われないー。徹底的に作業に集中して、帰る時は裏口確定ー。ピアノが完成したら二度とここへは来ないー。
……あれ? これってお互いが望んでることじゃん。
「さぁさぁ、入って入って。鍛冶も音楽も一流のぼくに作れないものを、キミ達がどうやって作るつもりなのか教えてくださいよ」
「お、おう……」
そう言ってノミドは戸惑う俺達を鍛冶場の中へと誘った。
「ほうほう。化学反応を使った基盤となんちゃって精霊術師の共同作業ですか。さらに唯一の欠点でもある製作も、素人でも簡単に作れる鍛冶台を利用することで解決……もはや成功は約束されたようなものですね!」
電子ピアノ製作計画を聞いたノミドは、まだ馬鹿にされたことを根に持っているのか素なのかわからない台詞と共に、成功への期待感を煽ってくれた。
一流の鍛冶師が言うんだから間違いない。
「おい、よく聞け。『のようなもの』って言ってんぞ。コイツ全然わかってねぇぞ」
「おおっ! たしかに!」
「当たり前じゃないですか。ぼくは見ただけで力量を測れるほど良い目は持ってません。可愛い目しか持ってないんです」
「つーことはまずはお前が手本を見せるんだな?」
サイも俺と同じくスルー安定という結論に至ったらしく、要点だけを抜き取って会話を続ける。
「察しの良い子供は嫌いじゃないですよ。ぼくが一般的なピアノを作るので、鍛冶台の使い方や作業工程、自分ならどうするかを考えながら見ていてください」
有言実行。ノミドが壁のタッチパネル(?)を操作すると、作業台の上に伸びていたノズルから粘度の高い液体が流れ出てきた。
それを素材にするということだろう。
この時点でツッコミどころ満載だが、まずは根本的な質問からさせてくれ。
「これが伝説の鍛冶台ってことで良いのか? こんだけ使いたい連中が居る中で自分用に出来るってノミドってそんな凄いヤツだったのか?」
「そりゃあぼくは可愛いですし凄いのは間違いないですけど、流石に200を超えるドワーフを統べるまでではないですよ。独占しようものならにーちゃんねるにアンチスレが立っちゃいます」
その程度で済むなら安いもんだろ……。
だがツッコんではいけない。彼女のペースに巻き込まれてしまう。ビークール。落ち着いて重要な部分だけを聞くのだ、俺。
「正確にはその中の1つですね。鍛冶台で鍛冶台を作れば同じ性能のものが出来るんです。オリジナルは最初にフィーネさんから鍛冶台を受け取ったオヤジ連中が使っています」
(……複製するなんてありなんだろうか?)
後日、神様に確認したところ、「あり寄りの無し」との回答をいただいた。つまりダメだ。
ただ、職人の性格上、自分の使っているものを誰かに使わせるということをしないので、腕の向上に合わせて鍛冶台の能力を低下させるので問題ないと言う。
筋トレで言うところの『少しずつ重りを追加して負荷を維持する』だな。
神様はそれを気付かせないように上手くやるつもりなのだ。100の物を複製して1,000や10,000にするのはアウトでも、全体で100になるなら目をつむろうということだろう。
「良い音な~れ、良い音な~れ、萌え萌えキュン♪」
母親が知らない男を誘惑している姿と、メイド喫茶で全力出している姿のどちらがマシかは意見が分かれるところだろうが、どちらも良い品を作るためには必要なことだと言われたら受け入れるしかない。
メイド風なのは声だけで、やっていることは土(?)をこねまわす見事な職人芸。
きっとこれは愛情……じゃなくて精霊を籠めるための彼女のなりのルーティーンなのだ。そうだ、そうに違いない。
「何故かは知りませんけど、こうすると体と心が清められるんですよね~。お2人はいきなりやれと言われても難しいと思うので、これを飲んでください」
生地を休ませる段階に入ったのか、手を止めたノミドは戸棚から取り出した小瓶を徳利に入れて、サイとソーマに差し出した。
「待て、この薬を飲むのか? この如何にも苦そうなコイツを?」
「大丈夫です。見た目は苦そうですけど甘くて飲みやすいですよ」
「あ、甘い?」
嘘だ。この薬からは苦いって単語しか浮かばない。
こういう物が得意ではないのか、ソーマは味を連想して顔が歪めている。
客観的立場の俺ですらそうなのだ。今からグイッと行くことが確定している2人には、このみるからに苦そうな真緑色の液体はさぞ淀んで見えることだろう。
「苦いだけが薬じゃないです。甘い物には滋養強壮の効果がありますし、辛い物とかは体を温めたりするでしょう?」
「じゃあ全部混ぜれば最高だな」
「です~」
冗談で言ったつもりなのだが、コイツ、まさか……。
「「ゲボハァ!?」」
度重なるやり取りで信用を勝ち得たノミドのお言葉だ。2人は迷うことなく一気にあおり、そして吹き……いや噴き出した。
最後の最後で裏切りやがった!
「魂の浄化、それすなわち意識を刈り取ることなり……。
肉体の浄化、それすなわち胃の中を空っぽにすることなり……」
「絶対違う!!」
「では賭けますか? お2人が楽器製作を一発で成功するかどうか」
そ、それはちょっと……。




