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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
四十三章 電子ピアノ

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八百八十八話 GO TO HEAVEN

 国家資格の設立、研究者や作業員の教育、電子レンジの製作とそこから生み出される光学顕微鏡の配布、それを使っての新作魔道具づくり。


 具体的に言うならリニアモーターカーと魔道チェイサーと電子ピアノ。


 化学反応の発見から始まったこれ等の作業は、約2ヶ月という長いのか短いのかわからない時を経て、ようやく一段落する。


 理由は簡単。


 化学反応を用いた魔道具の試作品が完成したのだ!


 その名は『電子ピアノ』!


 ……うん、わかってる。試作品が完成って矛盾してる。でも仕方ないじゃん。俺に出来るのはここまでなんだから。


 サイ達にもらった音データを基に、正弦波・ノコギリ波・三角波・矩形波など音色の元となる波形を魔法陣の回路で作れるようにして、内部の微精霊に働きかけることで複数の波形を重ねたり高音低音のカットを可能にしただけ。


 まぁ要するにこの魔道具から出る音は全部合成音。作り物ってわけだ。


 そして俺には日曜大工程度の技術しかないので本体の製作は不可能。


 ――というわけで、それを作るためにやって来ましたロア商店!


「やぁやぁ、元気かな! お待ちかねの楽器作りの時間だよ!」


「まだやんのかよ……」


 入り口横のサービスカウンター(通称クレーム窓口)に立っていたサイは、幼児ほどもある巨大なカバンを抱えて来店した俺の顔を見るなりげんなりとし、用件を伝えると周囲に聞こえるほど大きな溜息を漏らした。


 ここ1週間、ソーマと共にデータ提供のために色々苦労したようだが、それにしたって客に対してその態度はどうなんだろう。


「お前、店のナンバー2だろ」


「良いんだよ。正月セールが終わってただでさえ少ない客が、閉店間際でさらに居ねぇんだから」


 たしかにサイの言う通り、店舗の国道ことレジ前通路にすら俺以外の客の姿はない。


 入り口から見えないだけでどこかに固まっている可能性もなくはないが、閉店10分前という時間帯から考えるに、おそらく従業員の方が多いだろう。


 まぁ俺はそれを狙って来ているわけですが。


「このあと暇だろ? 基盤作ったから本体の方、頼むわ」


「出来るか!! 俺達は演奏者であって鍛冶師でも大工でもねぇんだよ!!」


「大丈夫だ。何とかなる。俺を信じろ。ビリーブルーク」


「ったく……お前も手伝えよ?」


「もちろん」


 普通なら躊躇するところだが、俺という人間を理解しているサイは、詳しい説明を求めることもなく納得。


 俺に「すぐに終わらすからソーマ呼んで来い」ともう1人の犠牲……もとい協力者を連れてくるよう言いつけ、閉店作業に取り掛かった。


「副店長、少し早いですけど良いんですか?」


「構やしねぇよ。俺達は規則通り8時ピッタリに閉店出来るようにしておくだけだ。客も買い物さえ出来りゃ文句はねぇだろ。いいから照明落とす準備と掃除と品出し始めろ。レジはサビカンだけ残してあげるぞ」


 名目だけトップのノルンは休みなのか、サイは現最高責任者として戸惑う新人にそれっぽい言い訳をし、他の従業員にも指示を飛ばしながらレジの精算作業を続行。


(んじゃあソーマパパを呼びに行きますかね)


 そんな連中を横目に、俺はソーマの生息地である商店の2階、社員寮を目指した。



「ようやく終わったと思ったのに、また始まるんだね……あの地獄のような日々が……」


 宣言通り閉店時刻ピッタリに店を閉めたサイは、後の作業を従業員達に任せて、俺・ソーマと共に夜の町へ飛び出した。


 すると店を出て早々にソーマがサイ以上に辛そうな様子でそんなことを言い始めた。家族と楽しく食事をしていた数分前までとはエライ差だ。


 その際、一部の連中から敬礼のようなことをされていたのが気になるが、それは一旦置いておいて――。


「お前等やる気なさすぎじゃね? どうしたんだよ? 楽しいだろ、寝る間も惜しんで新しいものを作るのは」


 寮長とレジ係の2つの仕事を掛け持ちしている上に家族サービスも欠かさないソーマも、副店長としてソーマ以上に忙しくしているサイも、追加の仕事を歓迎していないと見える。


「それ、借金で首が回らない人間以外喜ぶヤツは居ないだろ……」


「家族と過ごすかけがえのない時間を奪わないでくれよ……」


 ですよねー。


 目的地に到着するまでに2人のやる気を出させようと励ましてみたものの、返ってきたのはネガティブinネガティブ。


 このままではダメだ。


「でも楽しいのは事実だろ? お前等だって音データを集めてる時は楽しかっただろ?」


「「――ッ!!」」


 2人の体が震えた。


 どうやら俺が思っていた以上に大変な目に遭ったらしい。


「聞きたいか? つーか聞け。聞いて心の底から詫びろ。んでフィーネ様をなんとかしろ。頼むから」


「お、おう……」


 サイは珍しく泣き言を言いながら語り始めた。




 時は正月明けまで遡る――。


 ルークから楽器製作の依頼を受けたサイとソーマは、フィーネに呼び出されてとある施設を訪れていた。


「……なぁ」


「なんだい?」


「これを言ったらダメなのかもしれねぇが気になるから言わせてくれ」


「大丈夫。キミが言おうとしていることはたぶん僕の抱いているものと同じだ。言っても何の解決にもならないけど気は晴れると思うよ」


「そうか、じゃあ言うが……ヨシュアにこんな建物あったか?」


「ないと思うよ。少なくとも僕は知らない」


 目の前にある幾何学模様の平屋とフィーネから渡された地図を交互に何度も確認した2人は、何とも言えない空気で辺りを見渡した。


 これがあまり行かない東部や西部なら受け入れることも出来ただろうが、生憎とここは彼等のテリトリーであるヨシュア北部のロア商店街の一角。


 絵を描けと言われたら画力はともかく看板の色まで詳細に描けるほど熟知している。しかしここに何が建っていたかが思い出せない。


「サイさん、ソーマさん、どうかされましたか?」


「「いいえ、何でもありません!」」


「そうですか。ではいつまでもそのようなところで立ち止まっていないで中へどうぞ。準備は出来ていますよ」


 間違いなく違うのにその正体がわからない。


 建物から出てきたフィーネは、そんなもどかしい感覚に苛まれていた2人を、有無を言わせぬ態度で中へといざなった。



「……変な場所だな。壁が模様みてぇだ」


「それになんか自分の身体じゃないような……」


 外観と同じく中も『異空間』という言葉がピッタリ来るほど異様な造りをしていた。


 針のように鋭い床があったかと思えば、生き物のようにグニョグニョと動いたりレーザーのように光が走ったり、凹凸があったり、ボールが埋まっていたり。


 とにかく2人の目を引き付けて離さなかった。そしてそれ以上の違和感に襲われていた。記憶を探るよりもさらに強烈な違和感に。


「こちらです」


 そんな建物内を歩くこと……2人の体感では3分。


 辛うじて扉と呼べそうな円状の壁の前で立ち止まると、それは魔界植物の口のように上下左右に割れ、フィーネはその中に入っていた。


 当然2人も呼び込む。


((ツッコんだらダメだ。これはこういうものなんだ。常識は投げ捨てるもの))


 サイとソーマは念じながら後に続いた。



「……スタジオ?」


 ただ、道中や入り口と違い、そこにはバンドマンの2人にとって馴染み深い光景が広がっていた。


 ドラム、スピーカー、マイク、どこにでもある普通のスタジオだ。


「お2人には今から『電子収音器』に音を吹き込んでいただきます」


「それは楽器を鳴らすだけで良いのか?」


 化学反応はおろか普通の魔道具ですら完全には仕組みを理解していない2人にとって、突然スタジオに連れて来られて道具らしい道具も与えられず音を吹き込めと言われても何が何やらサッパリだ。


「はい。イメージした楽器が出てきますのでそれを演奏してください」


 おかしい。色々おかしい。


 しかし上からやれと言われたらやるのがロア商会。出来てしまうのがロア商会。大成功してみんなハッピーになれるのがロア商会。


 サイ達は、まったりティータイムで自分の担当している楽器を生み出して、これまで演奏したことのある曲を次々に奏でていった。



「あ゛あ゛あ゛ぁぁ~~、ギブギブ、もう無理だ、ちょっと休憩」


「だね。もう指が限界。こんなに長い時間演奏するなんて初めてだよ」


 どのくらいの時間が経っただろう。


 一通りレパートリーを演奏し終えて楽器を手放すと、追加注文でもするかの如くメーカー違いの同楽器(場合によっては触ったことがあるだけの楽器)が手の中に生み出されて、部屋の外でフィーネが続けるよう目で訴えかけてくる。


 そんなことを繰り返していれば、ただの人間でしかない彼等の指と体が限界を迎えるのは当然だった。


「大丈夫ですか? 今、治癒術で疲労を回復しますね」


「あ、ありがとうございます。すいません」


「いえいえ、こちらこそご迷惑おかけします」


 何時間かぶりに2人の前に現れたフィーネは、慈母のように優しい笑みを浮かべながら2人に光を注いでいく。


 強者の力は凄まじく、腱鞘炎すら覚悟する疲労もわずか数秒で取れ、肉体は万全と呼べる状態に。


「では続けましょうか」


「「鬼か(ですか)!?」」


「ふふふ、冗談です。少し席を外すのでゆっくり休んでいてください」


 笑いかけるとサイ達は安堵の溜息を漏らす。それを見届けたフィーネは2人をスタジオに残して外へ出ていった。



 2人はまだ知らない。


 ここはフィーネが『音』を集めるために作り出した異空間で、休憩と思っている時間は体感時間を魔術で伸ばしただけで、出られる唯一の手段が定められたデータ量に達することだということを……。


 フィーネの定めた期限は1週間。それまでに世界中に存在するすべての音を、魔法陣に変換可能なデータとして保存するのだ。


 それを知った時、彼等は絶望と共にこう叫ぶことになる。


「「たーすーけーてーッ!!」」


「ふふふ……1日が24時間だなんて誰が決めたのでしょうね。我々の手に掛かれば3倍はイケますよ」


「「いやああああああああああああああッッ!!!」」

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