八百八十六話 ニーナの依頼
日付的には1月2日だが、寝るまでを『今日』と捉えることが多いので、実質正月の深夜。
場所は旅行先(ではないが、そのぐらいのフィクションは許容範囲内だろう)の銭湯。
そんなシチュエーションで、年頃の男女が2人きりでやることと言ったら1つしかない。
……なに? トランプだぁ~?
カマトトぶんな! 義務教育で性について学んでるのに知らないフリする女子ぐらい片腹痛いわ! それを嬉々として受け入れる男子も同罪だ! お前等、漫画やドラマでこのシチュエーション散々見てるだろ! クリスマスやバレンタインや誕生日や何故か家族だけが旅行に行ってるとかも可!
俺がするのは見ず知らずの人のお悩み相談だけどねっ!
戦略や紐解く(意味深)って考えたら恋愛と言えなくもないけど、それならトランプでも正解だね!! ゴメンね!!
さて、俺は愛玩動物であるニーナをその気にさせるつもりなんてサラサラ無いので構わないが、おそらくほとんどの人間は聖闘士じゃない性夜に小宇宙を感じたり放ったりするために、下心丸出しで相手のことをグイグイ掘り下げることだろう。
性交したら成功、なんて低俗なギャグは言わないぞ。
何故なら、そいつ等にとっては失敗でも、ニーナの機嫌を取りたい俺にとっては私生活の愚痴をこぼされることこそが成功なのだ。
ま、まぁ、セッションに誘われたら協力することもやぶさかではないが……。
ともかく! 問題は愚痴は愚痴でも自分ではなく他人の愚痴……というより依頼だということ。
なんと彼女は怪しい術を禁止したければ従えと言い出したのだ。
「言い出したのはルーク」
「そうだったか? ま、そんな細かいことはどっちでもいいだろ。それよりまずはどういう経緯でお前が無関係な商店街を助けることになったのか教えてもらおうか」
「……断りたそうな顔」
一瞬で俺にやる気がないことを見抜いたニーナは、その理由を尋ねて……はないけど、教えるようオーラで訴えかけてきた。
一応質問に質問で返してはいない。
「そりゃそうだろ。ロア商会が出来るまで幅を利かせてて、成長するまで散々チョッカイ掛けて来て、成長したらちゃっかりおこぼれを貰ってるような連中だぞ?」
もしこれが彼女の知り合いならもうちょっと前向きな姿勢だっただろうが、残念ながら相手は最初期だけライバルでいつの間にか出番がなくなったような連中。
しかもウチが儲けない姿勢なのを良いことに相当なおこぼれをいただいているコバンザメ体質だ。
原価と言っても過言じゃない価格で仕入れた商品を売って儲けたり(転売)、なんやかんやと理由をつけて宿屋や飲食店がイベント期間だけ値上げしたり(イベント価格)、そのイベントグッズを勝手に作って販売したり(便乗商法)、レシピや技術を盗むなんて日常茶飯事。
「……? それはダメなこと?」
「いんや。それで働く場所が増えて生活が安定するっていうなら構わないさ。やり過ぎたら注意するけど、基本的にどんな方法であれ広まるのは良いことだ」
ロア商会以外なら責められそうな純粋無垢な反応をするニーナだが、ウチに限ってはそれで正しい。
笑う門にはハッピーカムカム。幸せの独り占めダメ絶対。経済より幸せを回せ。
ロア商会の基本理念だ。
「なら」
「それで客が集まらないと言われても困るんだよ」
俺は『なら』の後に続く言葉を遮って話を続けた。
「別に対策したわけじゃない。ロア商会の生産体制が整って、皆が同じことをやり始めて、世間が今あるもので満足して新しいものを欲しなくなったから、客が来なくなっただけだ」
「つまり商店街が過疎化した理由は、ロア商会の人気が落ちたわけじゃなくて、供給が需要を上回ったから?」
「その通り。だから改善するためにはロア商会を頼らない独自路線で行くしかないんだ。でも、ただでさえ忙しい時期なのに、そんな奴等のために割く時間は俺にはない」
おそらくニーナは、商店街の連中に『ロア商会の人気が落ちているせいで売り上げが落ちた』とでも言われたのだろう。
だってニーナが需要だの供給だの過疎化だの難しい言葉を知ってるわけがないし。正しく使えるわけがないし。
あ、あと、言い出したのがリリやユチじゃなくてニーナってのも決定打の1つだな。
話す機会はいくらでもあったのに今の今まで言わなかったのは、頼むタイミングを窺っていたからじゃなくて知らなかったから。
最初から騙しやすい彼女をターゲットにしてたんだろうな。
「ヨシュアに悪人はいない」
「もちろん。商店街の連中にも生活があるし、昔はちゃんと努力してたんだよ。でもそんな苦労がアホらしくなるぐらい楽に儲ける方法を提案してきたバカが居るんだよな。ロア商会っていうさ」
たらればを言っても仕方がないが、もしロア商会が普通の新米商会のように生産で手一杯で、商品を売り込んで店頭に並べてもらう立場だったら、こうはならなかっただろう。
たまたまドラゴンスレイヤーが居たお陰で建築費や運営資金が用意できて、直売店を作れて無双しただけで、本来であればWIN-WINの関係を築けていたはずだ。
それも世界でも珍しい生産者と販売店のWIN-WINが。
「でもなっちゃったもんは仕方ないだろ。戦争だろうと災害だろうとインフレだろうとデフレだろうと受け入れて生きていくしかないんだ。努力するしかないんだ」
ロア商会がここまで有名になったのは、いち早く人気商品を見抜いて、行商人や客に売って、その声を集めて俺達に届けてくれた彼等のお陰でもある。
そのことには感謝している。
しかしもう十分お礼は受け取ったはずだ。
「じゃあ化学反応を使った魔道具の独占販売はしない?」
「しない。ってかそんなこと頼まれてたのかよ……流石に気付け」
例え敗戦国でもそこまでの不平等条約を結ばされたことないだろう。それをすることでロア商会にどんなメリットがあるのか、是非ともご教授願いたい。
「実験が必要って言ったから」
「俺の作るもんは安全を確認してからじゃないと世に出さないんだよ。お前と違ってな」
「わたしも100%」
「どこがだよ!? これのどこに100%の要素があるって!? 俺の知らない間に失敗の話にすり替わってたのか!?」
俺は庭の惨状を指さして叫んだ。
そこには液化・気化・固化・炭化・結晶化など、ありとあらゆる変化が起こった物質の数々が。何なら今も変化を続けている。
「役立つかもしれないと思ったからルークも片付けなかった。それは失敗とは言わない」
「『かも』な! 怒られる可能性の方が高いってこと忘れるなよ!」
「どんな発明も周囲に認められるまではそう。歴史上には認めてもらえなくて埋もれていった素晴らしい発明が数えきれないほどある。それ等を失敗と決めつけるのは主観でしかない。何百年か経ってから認められる場合もあるはず」
(く、くっそぉ……無駄に説得力あること言いやがって……)
時々忘れそうになるが、ニーナが働いているのは愚痴と社会的論争の絶えない食堂(夜は飲み屋)で、年齢は子供を4人産んでいてもおかしくない年齢。貴族なら独立して自分の屋敷を建てていることだろう。
如何に使えない子と言ってもそれ相応の知識は自然と身に付く。
「あああーーーっ!!」
このままではマズイと、ドヤ顔……もとい『むふ~顔』をしているニーナから目を逸らして反論材料を探していた俺の耳に、女性の叫び声が飛び込んで来た。
何事かと声を発生源に目を向けると、そこには廊下の窓から顔を出した女性が。
銭湯の従業員のネネだ。
俺の記憶が正しければ彼女は仕事をほっぽり出して皆と飲んでいたので、ここへ来た理由は、酔い冷ましに夜風に当たるためか、誰かからかう相手を探してか、無意識に仕事をしていたかといったところだろう。
で、庭の激変に驚いて意識がハッキリしたと。
「いいじゃ~ん。こういう庭にしたかったのよぉ~」
ダメだ、酔っ払いは混乱している。
ニーナの顔は見なくてもわかるので絶対そっちを向かないようにして、
「悪いな。ちょっとニーナと無茶やった。直して欲しかったらいつでも言ってくれ」
「え~、いいよいいよぉ~。あの庭にも飽きてきたところだったし~」
覚えていない可能性も高いが一応説明しておこうと、声の届くところまで近付いて話し掛けると、ネネは軟体生物のようにぐにゃぐにゃの手を横に振りながらいつも通りの眠たそうな口調で拒否した。
正直酔っているのか判断がつかないが、答えは明日以降にわかるので焦る必要はない。
「あぁ~、そうそう~、ルーク君にお願いがあるんだけどぉ~。なんかねぇ~、ヨシュアの東と中央にある商店街に人が来なくて困ってるらしいのぉ~」
「お前もかッ!」
「でねぇ~。忙しくしてるの知ってたから、わたし達で色々考えたんだぁ~。アドバイスくれると嬉しいなぁ~」
ネネは一方的に用件を告げると、俺の反応を見ることなくどこかへ消えていった。
酔っ払いの戯言の可能性もあるが、もしかしたら今すぐお願いしたいと資料を取りに行ったのかもしれないので、しばらく待ってみることにして、
「ニーナ」
背後で猫耳と猫尻尾がビクンと震える気配がした。
「何か一言」
「……わたしが時間稼ぎしたお陰で商店街が救われる」
年齢も職歴も職柄も近いのに、なんでこんなに違うかなぁ……。
あとアドバイス1つでそこまで変わるとは思えない。過度な期待はするな。




