六十六話 国王も登場
色々あったけど和やかなパーティになったと安心していたら国王登場。
偉そうな人達をたくさん引き連れた先頭のダンディーなオジサマが国王なんだろうけど重量の問題か、身動きの問題か、理由は知らないけど王冠もマントも身に付けていない。
つまり『王様って言えばコレ!』って言うものが一切なかった。
でも明らかに他と空気が違う。俺の目が節穴じゃなければ間違いなくあの人が国王様だ。
「あら早かったのね。さ、ルーク君、イブの事を報告しないとね」
そう言ってマリーさんが平然と俺を国王様の前に連れて行こうとする。
(やめてっ! 触らないでっ!!)
マリーさんにとっては家族なんだろうけど、俺からしたら雲の上の存在なんだぞ。
どこ行った、俺の平穏。
俺が必死に抵抗しているとマリーさんに続きイブも俺の手を握り、お偉い方々が大集合している恐ろしい空間へと引っ張っていく。
自慢の婚約者(俺の事だ)を早く報告したいのか、さっきまで遊んでいたリバーシを中断して加勢してきやがった。
「大丈夫、優しいお父様だから」
(クッ。意外と力強い! は、放せぇーーっ!)
どれだけ優しい父だろうと「娘を嫁にくれ」とか言い出したら絶対怒るだろ!
俺にそんな覚悟は出来てない。そもそも婚約だってイブが勝手に言ってるだけで認めてないんだぞ。
いくら女子とは言え2人相手では分が悪く、俺は徐々に引きずられていった。
ってかイブの腕力が凄いのかと思ったら、さり気なくユキが後ろから押している。3対1は無理だ。
この裏切り者めっ!
「王都に来た甲斐がありますね~。良いリアクション期待してますよ~」
ユキはとても楽しそうだ。
殴りてぇ、この精霊すんごい殴りてぇ。殴りたいその笑顔。
なんとかマヨネーズひと月分で加勢を止めてくれてユキが傍観者になった事で戦力が拮抗した。
1ヶ月あたりの摂取量がどれくらいなのかは知らない。たぶんユキの月給と同じで良いって事だろう。
ユキが離脱したことで俺がこの場から動かないでいると、逆にダンディーなオジサマがこちらに歩いてきた。
セイルーン王国、現国王『ガウェイン=オラトリオ=セイルーン』様だ。
(クッ! あっちから近づいてくるだと!? これじゃ逃げ場がない!)
国王と王女の対面に全員が静まり返り、固唾を呑んで次の言葉を待っている。
「お父様、私、彼と結婚します」
そう言ってイブは、俺を連行しようとした手を握ったまま、まるで仲睦まじい恋人のように寄り添ってきた。当然逃げ出すことも出来ない。
街中で見かけたら舌打ち確定のアツアツなカップルのようだ。
(ワォッ! 場を和ませるとか、お互いの紹介とか必要だと思うんですよ僕。なんで必要最低限の情報しか出さないんですか?)
突然の結婚宣言に国王様が凍り付いた。
でしょうね。お願いだから紹介ぐらいしてくださいよ。
「貴様、何者だ?」
ほら~、凄い威圧されてるじゃん。国で一番偉い人からガンつけられてるんですけど。
目の前まで来た国王様は恐ろしい眼差しで睨みつけ、俺はまるで心の奥底まで覗き込まれたような気分になる。
いや実際、娘と釣り合うだけの人物なのか調べているんだろう。でも子供に向ける眼光じゃないぞ。
きっとこの後に続く言葉は「婚約など許さん、殺す」か「娘に手を出せば死刑だ」のどちらかだろう。
(ユキ、仕事放棄せずにこの殺気を放ちっぱなしの国王からちゃんと俺を守れよ。この人は絶対に社会的にも、物理的にも俺を抹殺しにくるはずだ)
「お父様、彼はロア商会出資者のオルブライト子爵の次男ルーク=オルブライトです」
さすがにイブの説明だけでは情報不足だと思ったのかマリーさんが補足してくれた。
マリーさんナイスだっ! この機会、逃すわけにはいかない。畳み掛けるのだルークよ!
「初めまして。ご紹介にあずかりましたルークです。私のプレゼントを気に入っていただいたようで、イブ様から婚約を持ちかけられました」
よし噛まずに言えた! これで印象は大分変るはずだ。
「メイドのユキです~」
さりげなくユキも挨拶する。
立ち位置は・・・・よし、俺の隣で防衛体制はバッチリだな。俺が合図したら逃げ出すぞ。何? この状況が楽しい? 後でマヨネーズ追加であげるから仕事しろ。
「そうか・・・・」
しかし自己紹介したにも関わらず国王様の表情は何一つ変わることなく、しかめっ面なのに鋭い眼光を保ったまま俺を睨みつけていた。
(な、な、なんでまだ睨んでんの~? 顔とか下半身とかから色々なモノが溢れ出そうなんだけど)
全世界の男性諸君はこんな苦労をして嫁さんをゲットしていたのか・・・・。しかも高確率で尻に敷かれるとか、やってられないよな。
「そうか、そうかっ! イブが気に入ったかっ! それは良かったな。良い婚約者が見つかったな」
次の瞬間、国王様は一瞬で笑顔になり俺とイブの婚約を歓迎し始めた。
目付きは怖いままだけど、生まれつきなのか、王族として強くなるのに必要だったんだろうな。
俺の精神と膀胱が限界を迎える寸前で良かった・・・・。
「あの反対とかしないんですか?」
俺は勇気を振り絞って国王様に質問を投げかけた。
笑ってるって事は一応敵意は無いと思って良いんだろうし、良いんだよな? これでいきなり「調子に乗るなよ小僧っ!」とか言われないよな?
そんな俺の心配とは裏腹に、国王様はとても気さくに会話してくれる。
「ん? ああ、イブは正妻の子供ではないから王位継承権はほぼ無いんだよ。
これだけ可愛いのにどうも貴族と合わない性格らしく、友人も作れないほど口下手でね。家族一同が将来を心配していたんだ」
だからこのパーティが社交界デビューだと言う。
当然だけど相当駄々をこねて嫌がったらしい。流石に区切りの年である5歳の誕生パーティを不参加にさせる訳にはいかなかったので無理やり出席させたらしい。
「魔道具一筋」
ボソッと補足するイブ。
まぁ争いの少ない世界だから病気で亡くなる以外は王位継承は長男が出来るんだろう。
「そんなイブが君の作った魔道具を認め、こうして一緒に居ても疲れない、いや楽しいとすら言う。それは歓迎するさ。
この娘は人嫌いなだけに人を見る目は確かでね。君はきっと精霊達に好かれる素晴らしい人格の持ち主なんだろう」
一瞬、俺やユキの正体がバレたのかと思ったけど、国王様は精霊術の事を言ってるらしい。
『良い人は精霊に好かれる』ってのはアルディアにおける人の内面を誉める時に使う言葉みたいだ。
「私も一安心なのよ。絶対に嫁ぎ先が無いと思ってたから」
マリーさんは姉として心配していたみたいだけど、妹は問題ありすぎて絶対結婚できないって・・・・あなた結構毒舌なんですね。
「魔道具作らせてくれたらどこにでも嫁ぐ」
イブは人生を魔道具に捧げているらしい。
彼女なりにマリーさんの言葉を否定したんだろうけど、それは相手が気の毒だから心の奥にしまっておこうか。もしも結婚したらの話だけど。
「ハハハ、こんな調子でね。一部の公爵達からは政略結婚の道具としてしか見られていない可哀想な娘なんだ。もちろん言葉に出した公爵には消えてもらった。
しかしそこへルーク君が現れた」
消えてもらった? か、解雇したってことですよね? もしくは遠くに転勤させただけで、この世から消したわけじゃないですよね?
親バカな国王様が怖い・・・・愛娘のために権力を惜しげもなく使っているようだ。
「いやいや、そもそも権力は少ないって言っても王族なんですから、そんな気楽に結婚相手決めちゃ駄目でしょうよ」
しかし俺の意見は無視されたまま話はドンドン進んでいく。
「これはもう夫婦で魔道具作りをするしかないですね~」
「そうなのよっ!」
ユキ、後で覚えてろよ・・・・・・。
マリーさんが「イブとルーク君はやっぱりお似合いよねっ!」と嬉しそうにキャーキャー言っている。王女とはいえ恋バナが好きなお年頃には変わりないんだろう。
「お世話になります」
いかん、今すぐにでも結婚する流れだ。ユキは完全に裏切り者として婚約賛成側に回っているし。
ここは俺がビシッと言わないと本当に婚約パーティにされてしまう。
「私はロア商会が忙しくて結婚する余裕はありません」
よし、完璧だな。実際ロア商会はこれからが大事な時期で、俺自身は学校が始まるから新生活で忙しくなるのは間違いない。
「ロア商会の噂は聞いているよ。ドラゴンスレイヤーのエルフが会長をしているんだってね」
流石に国王ともなると勢力拡大しつつある商会や貴族の名前は知っているようだ。
「「「ドラゴンスレイヤーッ!? エ・ル・フゥゥゥーーーッ!?」」」
あれ? そっちが有名だと思ってたけど案外知らない人が多いみたいで、マリーさんや3バカ貴族も驚いている。
石鹸は商品だから知ってても、ドラゴンスレイヤーの名は話半分にしか伝わってないのかもしれない。
「ドラゴン、素材、すごい魔道具」
クールなイブは叫ばなかったけど、どうも俺が高級な素材を保管してると思ってるらしく、魔道具至上主義の幼女がブツブツ言いながらすり寄って来た。
いやさっきから離れずに抱き着いてるんだけど、もう俺の体の一部って言えるぐらいにヌベーっと張り付くんだよ。
完全に俺と同化したイブを引き剥がしながら説明する。
結構抵抗された。
「い、いや、全部売ったから俺は素材持ってないって。あ、骨なら工場の門にしてるか」
「「「ドラゴンの骨を門にっ!?」」」
やっぱり凄い事なんだな。たしかに従業員はよく本物か確認されるらしいけど。
「フハハハハッ! 是非もっと詳しく聞きたいが、あまり時間も無くてね。国王と言うのは忙しいのだよ」
俺の話に爆笑した国王様はこの後も用事があるらしい。
隣を見ると秘書らしき人が今すぐ話しかけたそうにソワソワしながら待機していて、王様独占を早く止めろとでも言いたげだ。
「大丈夫ですよ。私から後でお父様に報告します」
「頼んだよ」
マリーさんの言葉を聞いた国王様は、すぐに秘書と数人の貴族達で集まって何か相談を始めた。
俺はやり遂げたんだ・・・・国王様を相手に無事何事もなく娘さんとの婚約を取り付けることが出来たんだ!!
これで一安心だな。
「婚約おめでとうございます~。親公認なんてやりますね~」
あれ?
・・・・・・俺の将来もう決まった? やっちゃった?
なんか色々やらかした感はあるけど、イブ達に話しかけられたので後から考えることにした俺は会話を再開した。
「ロア商会は今後もっと成長するのよね?」
「リバーシ売る? 面白い遊具だった」
別に秘密にする必要はないので今後の予定を話したら、2人は王族すら未解決の難題に取り組もうとする俺の計画に感心したようだ。
「スラムを産業の中心にするなんて凄い考えよね」
王都にもスラムはあるけど、ヨシュアと同じく本気で改善しようとする貴族は少なく、彼らも改善方法が思いつかず現状では放置するしかないと言う。
「やっぱり私と結婚するべき」
魔道具を活用するって話がイブの琴線に触れたらしく、今すぐ結婚しようと言われる。もしかしたらイブも俺と一緒に開発者として計画に参加したいのかもな。
出会ってから俺の株は上昇しっぱなしだ。そして俺はもうイブから逃げられない運命なんだろう。
「さっきも言ってましたけど、ルークさんが結婚しても別にロア商会には問題ないじゃないですか~」
たしかに俺が結婚しようが王都で暮らそうが魔道具さえ作れれば問題なかった。
ユキかフィーネに俺のやりたい事を説明するだけでロア商会は成長していくだろうし、今の石鹸工場とかもう俺の予想以上の働きをしてるからな。
でも問題ないからって勝手に俺の進路を決めるんじゃない。
「お前はどっちの味方なんだよ」
「面白い人の味方です~」
そうだった。元々ユキは「ルークさんの近くが面白そうだから」って言う理由で一緒に居るんだったな。
俺が死ぬまでは一緒に居てくれそうだけど、たぶん死後はまた別の面白い人を探すんだろう。マリーさんとか最有力候補だな。
でも俺の戦いはまだ始まったばかりだ!
先生の次回作にご期待ください。なんて展開には早すぎるぞ。