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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
一章 オルブライト家
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十話 勉強会

 フィーネが旅立って三日。


 三歳半にして初の世話係のいない生活が幕を開けたわけだが、生活圏が自宅のみで外部との接触が全くない俺にとっては何ら影響なかったりする。


 例えば朝。


 普段ならフィーネが起こしに来てくれるけど、すっかり生活リズムが出来上がっている俺は、そんなことをしてもらわなくても一人で起きる。


 着替えだってお手の物だ。


「よっ、ほっ……これでっ、決まりだあああああっ!」


 いやいや、全然余裕ですよ? ただちょっと筋肉との対話が必要と言いますか、目覚めの一発と言いますか、服と一緒に気合を身にまとった方が充実した一日を送れそうじゃないですか。


 ……はい、ごめんなさい、嘘です。毎朝全力で着替えという行為に向き合ってます。かれこれ五分格闘してます。バランスを崩さないように床に座り込んで、着る順番通りに並べて、全部表向きにする万全の態勢で挑んでこのざまです。


 ただ言い訳させてほしい。


 俺の服、絶対変な魔法が掛かってる。


 ズボンのヒモが前にあることを確認しながら履いたのに何故か前後反対になるし、シャツに手を通したらネックに、首を通したら袖に行く。たまに裏返りもする。前開きタイプですら右手を通して左手を通したら捻じれている始末。


 しかし空間把握能力と筋力が日に日に向上しているのを感じる。立ったまま着替えられるようになる日も近い。


「ルーク~、お姉ちゃんが着替えさせて……ってまた一人で着替えてるーっ!」


 で、俺の世話をするためにやってきたアリシア姉が嘆くまでが一連の流れ。


 学生生活のお陰で自由な時間が増えたのはいいが、その分、彼女は俺と一緒に居たがるようになった。お世話はその一環なんだと思う。


 余計なお世話だ。なんつって。


 ……いや、そのまんまだな。


(クックック……まさか三歳児が専用の道具作って、タンスから着替えを取り出しているなど夢にも思うまい。幼女の分際で俺をサポートするなど十年早いわ! 関節技でも掛けているのかと錯覚する脱がせ方を止めてくれたら考えなくもない!)


 なんでこの子は出来ないのに練習しないんだろうなー。結果良ければすべて良しみたいな考えはどうかと思いますよ? もっと過程を大切にしようよ。人間の可動域を知ろうよ。


 まあ、(彼女時間で)早起きしてるからってのもあるんだろうけど。


 今のところ着替えを手伝ってもらう予定はございません。


 ちなみに道具ってのは、重いタンスをテコの原理で引き出す棒と、手が届かない場所にあるハンガーを取れる二股の棒ね。どっちも庭で拾ったのを、ちょこっと改造したもの。


「ぼく一人でやれるって何度言えばわかるの」


「一人でタンス開けるのは危ないって何度言えばわかるのよ」


 毎日この繰り返し。



 良いお姉ちゃん&出来る女アピール失敗で不貞腐れる姉のご機嫌取りをした後、俺達が向かうのは家族が揃う食堂。オルブライト家では毎朝全員で食事を取る。


 もちろんエルやマリクも一緒。普通使用人は別らしいけどウチは仲良いから。マリクなんか父さんと幼馴染って話だぞ。


「あー! ルークの方がスープ多い!」


「変わらないって。もっと飲みたいならレオ兄からもらってよ」


「僕!?」


 アリシア姉は食事でもうるさい。


 大人も子供も同じ食器を使っているんだけど、体積が小さな俺の分は当然みんなより少なめになっている。もし同じ量用意されてもどうせ食べきれない。


 ただこの姉は余計なところばかり鋭く、俺の身体が自分と同じだった場合の量を一瞬で計算する(というか察する)能力を持っており、そんな時はいつも長男にしてオルブライト姉弟カースト最下位のレオ兄に犠牲になっていただいている。


「ほらほら、私のを分けてあげるから喧嘩しないの」


「やった!」


 たま~にママンが母親らしい行動を見せることもある。いつもじゃないってのがキモ。その日の予定や気分、献立てによって変わります。


 そういった助けが大人達全員からなければレオ兄は……。


 所詮世の中は弱肉強食だ。



「僕はこの後、仕事があるから――」


 他愛ないやり取りが一段落すると、各々に本日の予定や連絡事項を告げたりする。


 しかし就学していない俺に予定なんてものはなく、アリシア姉も休日は俺に付きっ切り。元々そうだったけど、フィーネがいなくなってからは学校に行く前と帰った後もべったりだ。


「私はルークと体をきたえるわ!」


 つまり、待ちに待った自由時間だが、予定が無い者同士強制的に組まされる。「はーい、仲の良い人とペア作ってー」の逆バージョンだ。修学旅行とかで話したこともないようなクラスメイトと同じ部屋で寝るあの感じ。


 ゲーム機や本を持ち込んでひたすら1人の世界に浸るだけならまだいい。アリシア姉は俺を巻き込もうとする。「あ、それ知ってるわ~。面白いよな~」と声を掛けてくる陽キャさんだ。放っておいてくれ。


 ――などと言うわけにもいかず、俺自身、折角の異世界だし色々やってみたいという気持ちはあるので、毎日二人で何かしらやっている。


「じゃあ、鬼ごっこで負けた方が勝った方の言うことなんでも聞くこと!」


 ふざけるんじゃない。この年頃の男女は性別のハンデなんてあってないようなものだし、何なら成長の早い女の方が強いぐらいだ。そもそも3歳と6歳では筋力に差があり過ぎる。


 魔力が使える時点でチートだ。


 そしてその賭けには俺のメリットが存在しない。


 つまり断る一択なのだが……この唯我独尊を体現している姉は断ることを断るので、兄妹カースト第二位の俺には別の条件を提示することしかできない。


「じゃあ昼までは勉強して、そのあと運動で」


「わ、わかったわ……」


 勉強嫌いのアリシア姉は、こう言えば大人しくなる。嫌いっていうか性格的に合ってないんだろう。弟から教えられるのが屈辱ってのもあるかな。


 あ、当然俺が教える側です。前世の知識サイコー。


「それと……」


「わかってるわよ! 菜園の手入れが先でしょ!」


 さらに体を鍛える前の準備運動として、彼女の運動能力を低下させるつつ情操教育をし、なおかつ俺の仕事を減らすという一石三鳥のイベントを挟む。


 土いじりってのは結構体力を使う。雑草抜きなんかした日には自由時間がなくなるほどだ。


 ただ、毎回そんなことをしたら怒り出すのは目に見えているので、勉強と菜園と運動を上手く回せる計画を立てている。




 では我等オルブライト姉弟の三種の暇つぶしを紹介しよう。


 まず勉強。


 ちょっと前まで『前世の知識が使えなかったら面倒臭いな~』と悩んでいたけど、幸運なことに学校で習ったことはほとんど役に立った。つまり俺は五十年分の知識を身につけた天才少年になったってわけ。


 昔からフィーネに教えてもらっていて、算数にはめっぽう強いってことにしてるから、そこまで怪しまれなかったし。


 さあっ、天才による天才的な授業をとくとご覧あれ!


「この石が銅貨二枚だとすると銀貨一枚で何個買えるでしょう?」


「え~と…………たくさん!」  


 うん、絵に描いたようなお馬鹿さんだ。しかも考えてるふりしてるのが小賢しい。あんた計算する時は手を使うじゃん。今使ってないじゃん。


 誰か俺にオハジキを使うより簡単な算数の教え方を教えてくれ。じゃないとその内、「アンタの教え方が悪いのよ!」とか言われそうだ。怒りの鉄拳付きで。


「アンタの教え方が悪いのよ!」


 遅かった……い、いやまだだ、まだ暴力は振るわれていない。恫喝は暴力になるなんて話もあるが、暴言がセーフなあたり期待薄。言葉は実害や強要がなければ罪にならないとかなんとか。


「アリシア姉、銅貨十枚で銀貨一枚になるっていうのわかってる?」


「知らないわよ!」


 それは知っておいてくれ……。


 褒めて伸ばすがモットーのルーク先生と言えど、流石にこれには溜息を漏らしてしまう。


(こんな調子で学生やっていけてるんだろうか? 仮にも貴族の娘なんだからある程度の成績を取らないとダメなんじゃないのか?)


 姉の将来が心配でならないけど、そこら辺は大人達に任せるとして――。


 この授業。アリシア姉以外の家族には好評で、優秀な学生として名を馳せているレオ兄も参加することがある。


「五人で分けたら……銀貨を銅貨に戻して……一、二……ちょっと待ってね」


 アリシア姉とは別の、算数と通貨を理解していればすぐ解ける九歳向けの問題に取り組むレオ兄。


 彼は『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』という素晴らしい精神の持ち主で、六歳も下の弟に教えてもらうことに一切恥じらいを持っていない。しかも将来はオルブライト家を継ぐ気満々で、夢はヨシュアの発展に貢献することときたもんだ。


 そんな頑張り屋さんなお兄様のために、俺も微力ながら協力させてもらっている。


「できた!」


「こっちもできたよ!」


「アリシア姉ちがう。レオ兄は正解」


「どこが違うっていうの!? 私が合ってると思うんだから合ってるのよ!」


 なんだそのジャイアニズム。その年にして早くも神様気取りか? 明確な答えのない国語ならそれで良いかもしれないけど、算数でその理屈は無理があるぞ。


「だいたいややこしいのよ! 一日が二十四時間だったり、一カ月が二十八から三十一までごちゃ混ぜだったり、一年が三百六十三日だったり! 銀貨何十枚、銅貨何十枚って出されて誰が数えたいと思うわけ!? もっとわかりやすくしなさいよ!!」


「いやまあそうなんだけどさ……そこは『そういうもんだ』って受け入れようよ。喧嘩売るとこ間違えてるよ。どうしても文句があるなら現状より良い案出して広めてよ。あと一年は三百六十五日ね」


 アルディアにおける通貨は『銅貨』『銀貨』『金貨』の三種類。


 一般人の月給が金貨十枚。パンや果物が銅貨一枚。一食が銅貨五枚ほどなので、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円って感じ。


 月十万の生活……いや、それで贅沢と呼ばれる世界。


 発展なんてするわけがなかった。生きるので精一杯なんだから。


 食費以外にも、魔獣から身を守るために使ったり、必需品を買ったり、治療したりしなきゃいけない。食糧や魔石が高騰したらそれも無理。そもそも仕事が足りない。


(塩と砂糖で革命が起こせたら良いんだけどな~)


 俺は、兄と姉に勉強を教えながら、不安と期待に胸を膨らませるのであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 料理の基本調味料『さしすせそ』、そして塩。 調味料のさしすせそは砂糖、塩、酢、醤油、味噌の事なので『そして塩』と分けて表すのは変な表現になります。 強調したいのでしたら『その塩』が妥…
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