閑話 エリーナとアランとマリクと
アランはもちろん、マリクとも仲良くなったエリーナは度々オルブライト家を訪れていた。
彼女がオルブライト家に嫁ぐことはアランとエリーナの父によって秘密裏に決まっていたので、毎日通わせて気付いた時にはエリーナの居場所はアランの隣になっていた、という作戦を決行中なのである。
エリーナ自身も、知らず知らずの内にオルブライト家で過ごすことが当たり前になっていたので全く疑問に思わない。
父親から「美味しい酒が手に入ったから、アラン君と一緒に飲んできなさい」と手土産を持たされ、今日も朝早くからオルブライト家にやってきたエリーナ。
アランが仕事の時はマリクとの組み手が日常となっているので、現在2人はオルブライト家の庭で格闘中。
「なんか私、毎日のように来てるわよ・・・・ねっ!」
「だな。あぶなっ!」
「チッ」
ヨシュア学校を卒業した後は冒険者として実践を重ねた元王国騎士のマリク。そんな彼でも油断すると負けるほどの戦闘力を誇るエリーナだった。
「なんておっかない貴族様だよ。冒険者としてやっていけるだろ」
「貴族じゃなかったら冒険者してるわよ! ったく、何が悲しくてパーティドレスなんて着ないといけないのかしら」
エリーナが着たい衣装は防壁魔術が施された戦闘服のようだが、そんな意思とは裏腹に来週またパーティがあるので憂鬱な顔をしている。
しかし仕事が一段落したアランがやってきて3人で遊び始めると、嫌いなパーティの事など忘れて全力で笑っていた。
エリーナが憂鬱と言っていたパーティ当日。
「さて、マリク行こうか」
「あいよ~。絶対、今日も泣きそうな顔してんだぜ」
エリーナが参加するパーティには当然アランも参加するので、マリクも護衛として毎回のように同行していた。
会場である貴族の屋敷へ行く前に2人でエリーナを迎えにいき、パズール家の馬車に乗って向かうのである。
せめて道中だけでも楽しく会話しながら彼女の気を紛らわせ、パーティでイライラし、庭でまた楽しい気分にさせるのが最近のパーティの流れである。
そしてマリクの予想通り、エリーナは世界の終わりのような顔をしながら家から出てきた。
「2人ともこんばんわ。
貴族共に挨拶したらさっさと庭に避難するわよ。会場内に居たらいつ話し掛けられるかわかったもんじゃない。危険だわ」
エリーナのパーティ嫌いは生涯治りそうにない。
「お久しぶりですわ、アラン様! わたくしの出席するパーティにいらっしゃらないので心配しておりましたのよ? ああ、今宵はなんて素敵なパーティなのでしょう!」
「ひ、久しぶりだねエリザベス・・・・げ、元気だった?」
パーティ会場に入るとエリーナの知らない女性がアランに擦り寄ってきた。
貴族として常に礼儀正しいアランですら顔を引きつらせるほど熱烈な歓迎を受けている。
「ねぇドリルよ。頭からドリルが生えてるわ」
「ああ、久しぶりに見たがドリルが育ってるな。肥料はなんだ?」
エリザベスと呼ばれた女性の顔の左右には立派なドリルヘアーがぶら下がっていた。
あれほど奇抜な髪形を初めて見たエリーナは興味津々に、数年ぶりに再会したマリクはより一層立派に育った彼女のドリルに見惚れていた。
ちなみに2人がドリルを眺めている間、ずっとエリザベスからの質問攻めにあっていたアランはパーティ前にも関わらず疲労困憊な様子だ。
「誰? 2人の知り合いみたいだけど」
エリザベスが頭を動かす度に揺れるドリルを見飽きたエリーナは、隣で未だ飽きることなく眺めるマリクに彼女の事を尋ねた。
「・・・・え? あ、ああ。彼女はエリザベス、エリザベス・・・・家名はなんてったかな~? まぁ、アランと同い年で俺達と一緒にヨシュア学校に通ってた貴族だ」
そして学校時代からアランに片思いし続けている女性だと言う。
「やぁエリザベス! こんなところに居たのですね。僕が主催したパーティにようこそ!」
ドリル女の事を聞いていたエリーナの下に、また知らない人物がやってきた。
エリザベスと同じくマリクの知り合いらしいので説明してもらうと、彼は『バッツ』という貴族でエリザベスを狙っているらしい。
「アランの事が好きなエリザベス、そのエリザベスを好きなバッツ、見事な片思いの連鎖ね。誰かしら不幸になるじゃない」
「だろ。だからアランと一緒に居るアンタはエリザベス嬢からすると邪魔な存在なんだよ」
(まぁ、本当はさらにエリーナの事が好きなアランってのが加わるけどな・・・・)
マリクの忠告通り、エリザベスは明らかにエリーナの事を睨みつけている。
おそらくアランと一緒にやってきた事が気に入らないのだろうが、露骨に敵意をむき出しにしていた。
(ちょっと止めてよ・・・・ただでさえ疲れるのに、アランと話す度に彼女から嫌がらせを受けるとか。このパーティ絶対面倒くさくなるじゃない! 来るんじゃなかった・・・・)
パーティの間、いや今もそうだが、エリザベスはアランと離れないだろう。
それはつまりエリーナがアランと話すためには彼女の包囲網を突破しなければならない事を意味しており、アランと親しいエリーナを監視する可能性すらあったので、庭に逃げる事も出来そうにない。
「ってか2人とも有名な貴族だから知ってるもんだと思ってたけどな」
「は? 私が覚えてるわけないでしょ? 何の得があるのよ」
もはや貴族の名前を覚える理由を損得でしか考えていないエリーナだった。
そしてエリーナの予想通り、どうでもいい貴族と会話し続けるだけの地獄のようなパーティが終わった。
「まさか彼女が本当にアランと話し続けて、近寄れもしないなんて・・・・。マリクは呑気に食事してたし」
エリーナがアランに近寄ろうとすれば知らない貴族が話しかけてくる、というエリーナ包囲網がエリザベスによって敷かれていたので、当然エリーナはアランと一言も話していない。
「あら? 貴族の名前も覚えられない人が何故パーティに参加されているのか理解しかねますわね~。オーホッホッホッホ!」
帰り間際にエリザベスから喧嘩を売られたが、事実なので言い返すことが出来ないエリーナだった。
もちろんそれ以降のパーティでもエリザベスはエリーナを虐げ続けた。
どうやらアランが参加するパーティを調べ尽くしているらしく、必ずエリザベスは出席しており、エリザベスが出席すると言う事は彼女に会うためにバッツも出席している。
「アラン様に相応しいのはわたくしですわ~」
「地味すぎて目に入りませんでしたわ、ごめんあそばせ~」
「テック子爵とはパーティで会うのが3度目なのにまだ名前を覚えていない!? その若さで記憶力が・・・・」
とにかくエリーナとアランの仲を引き裂くために色々してきた。
「なんっっ・・・・・っなのよぉぉぉーーーーっっ!!
あの女! なんで私にちょっかい出すのよ!? がぁあああぁぁぁっ!!」
とある休日に我慢の限界を迎えてエリーナが吠えた。
((エリーナが貴族として必要な知識を身に付けたら解決するんじゃ・・・・))
当然2人には真実を口にする勇気はなかった。
『ズドンっ!』という骨の芯まで響く衝撃を受けてアランが地面に叩きつけられ、『ぐしゃっ!』と人体から発してはならない音を出してマリクが宙を舞う。
2人がかりならエリーナを止めることは出来るだろう。しかし致命傷を負う危険性はグッと高まる。そもそもストレスを発散しなければまた同じことの繰り返しなのだ。
黙ってサンドバッグになる事が2人に出来る唯一無二の解決策だった。
正拳突き、回し蹴り、ジャーマンスープレックス、止まる事のない乱打。
今まで我慢してきた事を全て拳に変えてアランとマリクにぶつけ、2人をボコボコにしたことで若干スッキリした顔になったエリーナ。
エリザベスの嫌がらせは感心できることではないが、間違ったことは言っていないので最近では周囲からのエリーナへの評価は駄々下がりである。
当然そんなことでエリーナから離れていくアランやマリクではないが、彼女をよく知らない貴族達は違った。
「あの、私の名前を憶えていらっしゃる?」
「いえ、その話をしたのは僕ではありませんよ」
「まぁ! 失礼ねっ!」
(私が何をしたって言うのよ! 元々パーティなんて嫌いだし、貴族の知り合いを作るつもりなんてないんだから、名前も会話の内容も覚えなくたって良いじゃない!)
エリーナのイライラはパーティの度に溜まっていた。
「ところでアラン様。わたしくの両親が是非会いたいと言っておりますのよ。しょしょ、将来のお話もご一緒に・・・・と」
とあるパーティでエリーナは偶然アランとエリザベスの会話を聞いた。
もしかしたらエリザベスがわざと大声で話したのかもしれないが、とにかくエリーナは聞いてしまった。
(何? アランとエリザベスが結婚?)
「おいおい。あれ放っておいていいのか?」
アランがエリーナを好きだと知っているマリクが聞き流せる話ではないのでエリーナに止めるように言う。
しかし動揺しているエリーナの頭にマリクの声は入らなった。
(結婚・・・・けっこん・・・・・・婚約・・・・・・・こんにゃく・・・・・・・・子作り・・・・・・・・湖造り?)
エリーナは最近アランと会っていない。
オルブライト家にも行っていない。
(父さんが慌ててるけど、アランが誰と結婚しようと知ったことじゃない。
勝手にすればいいんだわ。
私には関係ない)
そして彼女は自分の部屋からすら出なくなった。
度々アランとマリクが心配して様子を見に来ているが、エリーナは決して部屋から出ることなく彼らを追い返していた。
数か月後。
久しぶりにエリーナがパーティに出席すると言うので彼女の両親が泣いて喜んでいた。
エリーナが会場に入ると、アランと一緒に居たエリザベスが彼女を見つけて近付く。
「あら? お久しぶりですわね。まだアラン様に近付くつもりですの? いい加減諦めるべきですわよ?」
いつものように含みのある言い方をするエリザベスだが、エリーナは全く動揺することなく微笑んだ。
「エリザベス様、ご機嫌麗しゅう。素敵なパーティですわね」
「「えっ!?」」
そこには以前までの彼女を知っていれば腰を抜かすほど別人のように礼儀正しくなったエリーナが居た。
「テック子爵。前回教えていただいた料理を作ってみましたのよ。とても美味しくいただきました」
「は、はぁ・・・・」
「あら、キキさんのブローチ。以前王都から仕入れたルビーですわね。とても似合っていますわ」
「ど、どうも・・・・」
((((どうしたんだっ! 一体彼女に何があった!?))))
エリーナがパーティ参加者と貴族らしい会話をする度、1人、また1人と呆気に取られていく。
「フフフフフ・・・・どう!? 私だってやれば出来るのよ!!
これで満足かしらエリザベスっ!! ガーハッハッハッハ!!」
そして会場中の驚愕した表情を確認したエリーナは、いつものお転婆娘へと戻り、大声で笑った。
エリーナは前回のパーティ以降、家から一歩も出ることなく参加者の顔と名前、会話の内容を必死に覚えていた。さらに両親に頭を下げ、ヨシュア中の貴族も片っ端から覚えた。
全てはエリザベスを見返すために。
「そして、アランっ!!!」
「は、はい」
「アンタに相応しいのは、私よっっ!!!!」
パーティ会場のど真ん中でエリーナはアランに告白した。
唯一の問題だった『貴族に向かない性格』を克服したエリーナの恋を邪魔できるものなど存在しない。
当然、その場にいたエリザベスは何も言う事は出来なかった。