閑話 エリーナとアランとマリク
私がアランと初めて会ってから1年近く経った頃、噂の王国騎士がヨシュアに帰ってくるらしい。
前々から私は「会わせろ、会わせろ」って言ってたけどアランは頑なに拒否し続けてたのよね。
名前は『マリク』
王国騎士の規律が肌に合わなかったらしくて辞めたらしい。
「騎士としての能力があるのに辞めたの?」
基本は力不足で辞めるものだろうから、珍しいパターンだと思う。
「いやエリーナだって、きき、綺麗な見た目してるのに貴族のパーティは嫌いでしょ。それと一緒だと思うよ」
私とアランはお互いを呼び捨てにするぐらいには仲良くなっていた。もちろんパーティでは貴族としての立場があるから『様』や『さん』付けで呼んでいる。
「言われてみればたしかに・・・・ますます気が合いそうな男だわ!」
私は噂のマリクって男とさらに会いたくなった。
なんでアランは「しまった」って顔をしてるのよ? あと「ううぅ・・・・褒めたのに」って何のこと?
最近のアランはたまに様子がおかしくなる。
「変な顔してないで、マリクが帰ってきたら私を呼びなさいよ。私はだいたい家で暇してるから」
「え!? ウチ来るの? そしてエリーナの家に行っていいの?」
そうしないと会えないじゃない。友達の家を行き来するなんて、そんな大したことじゃないでしょうよ。
それを聞いたアランが「よしっ! よっし!! よぉぉーーーし!!!」って喜んでる・・・・テンション上がりすぎて気持ち悪い。
まぁ私と遊ぶのが楽しいんだろう。
その3日後。
アランは私の家にやってきた・・・・・・大量の花束を持って。
「ワタクシ、子爵をしておりますアラン=オルブライトです。パーティで知り合いました。この度はお嬢様と親しくさせていただき誠にありがとうございます。
こ、こ、これはワタクシの気持ちです!!」
もう色々おかしかったし、何故か父さんに花束を手渡している。
普段は周囲に流されつつも信念を持って行動してるんだけど、今日は見たこともないほど緊張してて挙動が不審だった。
汗と震えが止まらずオドオドしているアランを部屋に招き入れて、さっきの動揺について追求した。
「今日はどうしたのよ? 挨拶も支離滅裂だったし」
「ああああ・・・・・ああああっぁぁぁ~。うあぁぁぁぁ~」
でもアランはさっきからずっとこの調子で呪怨をまき散らしている。
まさか女の子の家に来るのに緊張してるの? 学校と高校行ってたなら異性の友達の1人や2人居るでしょうよ。
私? 平民なら何人か居るわよ。貴族はダメね。だから高校の知り合いは全員女の子だし、学校卒業してから7年以上経つからヨシュアに残ってる男友達って居ないのよね~。
「ううううあぁぁぁ~、ぐうぅぅぅぅ~」
「いつまでクヨクヨしてるのよっ! 何がそんなに辛いの!?」
さっぱり訳がわからない・・・・もう、どうしたら良いのよ。
ウチに来てから1時間以上が経った頃、ようやくアランが普段通りの落ち着きを取り戻したからやっと本題に入れる。
「で? 何しに来たの?」
「え!? い、いや、マリクが帰ってきたから。し、知らせに来たん・・・・だけ・・・ど?」
あぁ。てっきり連れてくるのかと思ってたけど1人で来たのね。
つまり噂のマリクはオルブライト家に居るってことでしょ。
「そう。じゃあ今から会いに行きましょうか」
「あ・・・・いや。い、色々と挨拶して回らないといけないって言って・・・・・・いい、い、今は居ないんだ」
「じゃあなんで知らせに来たのよ!? 普通会える状況を整えてから知らせるべきでしょっ!」
いつもとは違うアランに若干イライラしてた私は、ついに限界がきてアランを怒鳴りつけた。私は間違ってないはずだ。
何度も謝るアランが「今度は会える時に呼びに来るよ」って言ったから許すことにした。あとその気色悪い態度も治しなさい。
結局アランは貴族としての仕事があるらしく、すぐに帰った。
本当に、なんで今日来たのよ。
暇なら一緒に遊びに行こうと思ったんだけど、私がそう言ったら何度も謝りながら寂しそうに帰っていった。
その2日後。
再びアランがやってきた。
もう気色悪いアランを見たくないので、守衛にアランが来たら直接私を呼ぶように言っておいた。
両親にさえ会わなければ、ウチに来てもまだ『落ち着きがない』レベルで済むらしい。
「エリーナ。今日こそマリクを紹介するよ! だ、だだ、だ、だから・・・・う、うう、ウチにここ、こ、来な・・・・い?」
だからなんでそんなに緊張してるのよ。
むしろ行きたくなくなるじゃない。普段通りの口調で誘えば遊びに行くんだから。
「じゃあ早速行きましょう。準備するから客間で待ってて」
そう言って私は動きやすい外出用の服に着替えて、客間で待つアランを迎えに行った。来客があるからと父さんに泣きつかれたので、私の家での服装はドレスに近いのだ。
客間では何故か父さんとアランが握手をしていて、私に気付いた2人は頷き合ってから無言で離れる。
オルブライト家への道すがら、アランに事情を聞いても「将来の話を少し」としか言わなかった。
(言えるわけがない。相手のご両親から「娘をよろしく頼むっ! 絶対に結婚出来ないと思ってたんだ」って僕が告白する前に結婚の承諾をされたなんて、言えるわけがない)
「へぇ立派な家に住んでるのね~。アラン1人なんでしょ?」
初めて来たオルブライト家は1人暮らしには大きすぎる建物だった。
守衛もコックも全員がアランの両親について行き、一緒にのんびりと隠居生活を楽しんでいるらしい。
そこで王国騎士を辞めたマリクを守衛として雇う事にしたので、昨日からオルブライト家に住んでいると言う。
「よっ! アンタがエリーナだろ? 噂は聞いてたけど実際に会うのは初めてだな」
やけに馴れ馴れしい態度で男が話しかけてきた。
「貴方がマリク? なんか普通ね・・・・王国騎士ってもっとオーラがあるのかと思ってたけど」
たしかに体格は良いし腕も立ちそうだけど、街中で会ったら絶対に騎士なんてわからないほど普通の人だった。
彼と比べたら貴族達の方がまだオーラを身にまとっていると思う。高圧的で、煌びやかで、不愉快なオーラだけど。
「きっついな~。たしかに典型的に出世できないヤツだって言われてたよ。でも初対面の相手に向かって言うか?」
「ま、まぁ、裏表がないって言うのがエリーナの良いところだし」
またやった・・・・この性格のお陰で随分と貴族連中からは嫌われてるのだ。
これでも一応気を付けてるんだけど、パーティとか気を張ってない場だとズバズバ相手の心を抉ってしまうのよね。私は本当に貴族に向いてないわ。
「謝ったほうが良い?」
「いんや。面白い女だって思っただけだから謝る必要はないさ。
で、俺が辞めた理由を聞きに来たんだろ?」
うん、私の好きなタイプだわ。
痛いところを突かれて怒るヤツとは絶対に仲良くなれない。何を言われても笑い飛ばせるぐらい心の広いヤツじゃないと楽しい会話なんて出来やしない。
ちなみに前々からアランには「マリクについて知りたい」と言ってあったから、彼もアランと通じて私の事は知っているらしい。
「それもだけど、爆笑する失敗談とかも大歓迎よ」
貴族のくだらない話には絶対に出てこない失敗談に飢えているのだ。
「ハードルたっけぇな~。じゃあアランと学校時代にやった『悶絶のランキング戦』と『女の骨肉の争い』どっちから話そうか」
何それ!? すごく気になるタイトル付けてるじゃないの。
私の中でマリクへの好感度がドンドン上がっていき、反比例するようにアランのテンションは下がっていく。
さっきから会話に入らず目が死んでるけど、どうしたのよ?
「・・・・・・って事があってな。付いたあだ名が『ミセスアラン』」
「グフッ! フフフフ! アッハハハハハッハッ!!! バッカじゃないの!? アラン楽しい学校生活だったのねっ!! ヒッヒッヒヒヒィヒ~、お、お腹痛い・・・・お腹痛い~」
「もういいだろ!? 人の恥ずかしい過去を暴露するんじゃないっ!」
アランが顔を真っ赤にしながら怒ってるけど、なんで少し嬉しそうなのよ。
私はお腹痛いし、呼吸困難だし、さっきから涙止まらないしで年頃の女がする顔ではないと思うけど気にしない。
もちろん爆笑の話ばかりじゃない。
「・・・・・・だから俺が討伐したんだよ。そしたら減俸だぜ? 限界を感じて辞めてきたんだよ」
マリクが王国騎士を辞めた理由も聞いた。
「それは上司が悪いわね! なんで手柄を譲らないといけないのよ、ね~?」
思った以上に規則に厳しいようで、思った以上に腐敗してるみたいだ。
私なら辞める前に何人か殴り飛ばしてるわね!
(年功序列って事なんだろうな~。あと全員にチャンスが来るようにしてるのかも)
「でもマリクの強さを見せつけれたなら良いじゃないか」
「「これだから貴族の坊ちゃんは・・・・」」
アランはフォローしたつもりかもしれないけど、結局腐敗した権力社会に変わりないんだからマリクが努力しようが意味ないのだ。
そんな職場は早々に辞めて正解。
親友と過ごす楽しい職場の方が何倍も良いわよ。
「思った通りだ・・・・マリクとエリーナが仲良くなっていく・・・・・・紹介するべきじゃなかったんだ」
アランがボソボソと小さな声で何か言ってるし、泣きそうになってるけど今はマリクとの楽しい会話よね。