閑話 エリーナとアラン
前々から言っていた過去編です。
「どうよ、この肌のハリとツヤ!」
私はアクアから帰ってすぐにアランに自慢した。
アクアの温泉、素晴らしかった・・・・お陰で3歳は若返ったわね!
これで奥様方に「お綺麗ですわね・・・・でも」とか「御宅のレオさんは優秀で羨ましいわ。代わりに娘さんへの気苦労で・・・・」なんて含みのある誉め言葉はもう聞かなくて済む。
使用人に全部やらせて、綺麗になる事だけに必死な無能共とは違うってことを思い知らせてやるわ。
(そんなに変わったかな~?)
「う、うん、見違えたよ。アクアは楽しかった?」
アランは女性の容姿はとりあえず褒めることで平和な人生を送ってきたので、妻が自慢気に見せつけてくる肌を心では思っていなくても褒めた。
「良かったわよ~。そうそう、お土産もあるからマリクと一緒に飲みましょ」
アクア名産の『温泉卵』と『ワイン』を買ってきてるのよね。
温泉卵はユキが保管してくれてるし、このワインは普通のとは違って海でしか作れない特別なお酒らしいからきっと美味しい。
その日の夜。
子供達やメイド達が就寝した頃、広間で私とアランとマリクの3人で飲み会を開いた。
私がアクアでの思い出を語っていると、アリシアが魔獣退治をした時の話題になった。
「やっぱりアリシアは戦ってばかりか・・・・将来はやっぱり冒険者になるんだろうね」
「良いじゃねえか、結構才能あると思うぞ。最近は無傷ってのも難しくなってきたしな」
口には出さないけど、親として子供の将来を心配しないわけがない。
アリシアは貴族として生きていく気はないみたいだし、フィーネとユキに指導してもらって強くなりたいって言ってるから自由にさせるつもり。
あの2人なら素晴らしい冒険者として育ててくれると思うから。
私が話し終わる頃にはお土産のワインが無くなっていた。
予想以上に美味しかったから、つい・・・・。
「・・・・ちょっと酔ったかな」
「相変わらず弱いわね~。パーティでもほとんど飲まないでしょ」
昔からアランは酒に弱い。
今だって真っ赤な顔をしている。
「でもそのお陰でお前ら結婚できたんだろ。アランの酒の弱さに感謝しとけよ」
そう。アランが酔っ払ったから、今の私達がある。
あれは私が冒険者になることを諦めて、貴族として生きようと決めた16歳頃の話だ。
昔からパーティが嫌いだった私は、両親から勧められた貴族達の宴をボイコットしようとする度に捕まり、強引に参加させられると言う日々を送っていた。
「パ、パーティ・・・・嫌よ! 出たくない!」
大体なんであんな無意味な自慢話ばっかりするパーティに参加しないといけないのか理解できなかった。
せめて私を楽しませるイベントの1つでも開催してくれたならここまで嫌いにはならなかったと思う。そうね、勝ち抜き格闘戦とか一発芸披露とか良いわね。
当然そんなイベントが起こる訳もなく、毎回同じようなパーティに参加していた。
「こんばんは、エリーナ=パズールです。本日はこのような楽しい宴を・・・・」
もう何度目かわからなくなった貴族の挨拶を繰り返す。
今日のパーティは結婚相手を探すために開催されたもの。言ってみれば参加者全員未婚で、自分に釣り合う相手を血眼になって探している戦場だ。
たぶん、いや絶対に私の将来を心配した父さんが探したパーティだ。
もちろん結婚する気もない私は、早々にギブアップして誰にも見つからない庭へと逃げてきた。
「ったく、自慢話とか誰が喜ぶのよ! もっと相手の喜びそうな話をしろってのよ」
結婚相手を探すにも会話の始まりは自慢で、相手を楽しませる気持ちなど一切ない。
このままじゃパーティどころか人間嫌いになりそうだ。
そんなときは自然を楽しむに限る。
ここは静かで良い。鬱陶しい貴族も護衛も居ないし、耳を澄ませば木々の騒めきや噴水の音で心が安らぐ。
貴族が居ない空間、最高。
「なら、どんな話がご希望ですか?」
「誰っ!?」
私が庭でのんびりしていたら、突然1人の男性が話しかけてきた。
間違いなく静かな空間だった・・・・彼は私に気付かれないように近づいたって言うの? 諦めたとはいえ、元冒険者志望の私より気配の消し方が上手だと?
私はおそらくパーティ参加者である貴族の男に警戒しながら、当たり障りのない会話することにした。
気を抜いたら、やられる。
「ふん。自己紹介も出来ないなんて貴族失格ね」
自己紹介に始まり、自己紹介に終わる。これが貴族だ。
「ハハハ・・・・会場内で挨拶したんだけどね。覚えてないようだから改めて『アラン=オルブライト』です」
「・・・・エリーナ=パズールよ。有象無象の顔なんていちいち覚えちゃいないわよ」
自慢じゃないけど私は記憶力に自信がある。単純に必要ないから脳が覚えてくれないだけだ。
お互い子爵家の子供らしいから立場は対等だし、別に結婚相手を探す気もない私は普段通りの口調で話すことにした。
コイツからの評価なんて知った事か。
年は私より3つ上、だけど3年分も実力差があるようには感じない。戦闘経験も無さそうだし、筋肉の付き方も普通。でもなんで目の前に居るのに気配がほとんどないのかしら。
「貴族なら顔と名前、爵位と親族を覚えるのが常識だよ」
私が彼に能力評価を下していると、嫌がらせとしか思えないセリフを吐いてきた。
それが無理だからパーティが嫌いなんじゃないの。あと話が面倒くさい。
その理屈なら彼はパーティ嫌いではないらしいけど、なんでこんな場所に居るのかしら?
「それでご立派なアラン様はなんでこんな場所に? そんなにパーティ好きなら会場に居ないさいよ」
そして静かなこの場所を明け渡しなさい。
「お酒に弱いんだけど勧められるまま飲んじゃってね。
酔いを醒ますためにここで休んでたら君が来たんだよ。あ、ちなみに弱いだけで味は好きなんだよ」
どうやら邪魔者は私の方だったらしい。
気づかなかった私も悪いとは思うけど、コイツが気配を消してなかったら近寄らなかったので、私達の出会いは全てコイツのせいだ。
「そろそろ戻ろうと思ってたところなんだけど、会場に戻るより君と話してる方が楽しそうだ。よければ僕とお話していただけますか?」
そう言ってダンスに誘うかの如くお辞儀しながら手を差し出してきた。
気持ち悪いわね、なんで貴族って寒気がする言い回しや行動しか出来ないのかしら。
「さっきから話してるじゃない。その貴族としての振る舞いを止めなかったらどっか行くわよ」
「本当に苦手なんだね。なんでパーティに参加したのさ。誰かに勧められたの?」
私が嫌がるとアランはすぐに態度を改めた。
照れなのか嫌悪なのかを判断できる程度には人の内面を理解できるようだ。それで良い。
どうせ暇だった私は、アランに聞かれるまま事の経緯を話した。
「それは災難だったね」
「でしょ?」
私の話を聞き終わったアランは同意してくれた。
なかなか見どころがある男なので友達になってやらなくもない。
「いやエリーナのご両親が、だよ。
高校卒業した途端に冒険者として生きるって言われた身にもなってみなよ。絶対貴族と結婚してくれると思ってたはずだよ」
私の予想とは違い、何故か私の両親に同情し始めた。
「それを理解したから、こうしてパーティに来てやってるんじゃない! 折角見どころある男だと思ってたのに、私の気持ちを返して!」
「いや・・・・参加はしてるけど、誰とも仲良くなってないじゃないか。それじゃ意味ないよ。
あと勝手に勘違いして、返してって・・・・」
チッ。家族全員と同じことを言う男だ。
「そもそも気に入った男が居ないんだから、悪いのは私じゃなくて女1人も満足させられない不甲斐ない参加者でしょ!?」
全くヨシュアにはロクな男が居ないわね。
「どんな男なら気に入って結婚するのさ。結構みんな頑張ってたよ?」
自慢話をでしょ。頑張る方向が違うのよ。
アランはパーティ全否定の意見に興味を持ったらしく、認められるための条件を聞いてきので理想の結婚相手について話してやった。
「まず参加者みたいに嘘で塗り固められた人生は論外ね。貴族っぽいのもアウト、貴族社会に私を関わらせないのが最低条件。
あと家族のために自らを犠牲にするけど、強敵に立ち向かうと覚醒してバッタバッタとなぎ倒してみんな幸せに出来る男で、誰にでも優しく出来る強い精神を持った人かしら」
重要なのは見た目より中身だ。
そして貴族には中身がある男なんて存在しないし、平民だと両親が納得しない、つまり私は結婚できないのだ。
私の素晴らしい人生観を聞かせてやったらアランは固まっていた。
ウフフ、感動したのね? 仕方ない事だわ。今までの貴族ではありえない考え方だもの。
「・・・・・・(ボソッ)居ないんじゃないかな~」
「なんか言った?」
よく聞こえなかったけど、なんで可哀そうな人を見るような目で私を見てるの?
「い、いや。理想の男性と出会えると良いね! じゃあ僕はそろそろ会場に戻るよ」
そう言ってアランは立ち去ってしまった。
(・・・・しまった?)
よくわからない騒めきが心に浮かんだけど、気にすることなく庭で静かな時間を過ごした。
1人になった庭は少し静かすぎる気もした。
結局パーティはアランの顔と名前を覚えただけで終わり、両親から「どうだった?」って聞かれたけど「いつも通りだった」と答えるしかなかった。
その後も度々パーティに参加させられたけど、毎回酒に酔ったアランと庭で話したって事しか思い出せない。
無駄に時間だけはあったから彼について詳しくなってしまった。
ヨシュア生まれのヨシュア育ち、長男一人っ子、両親はアランを跡継ぎにして隠居してる、王国騎士になった親友が居る、将来の夢、などなど。
一度気になっていた事を聞いたことがある。
「アランはなんでそんなに気配消すの上手なのよ?」
私は未だにアランの気配を察知できたことがないので、庭に出たらアランから話しかけてくるのが恒例になっている。
そしたら「王国騎士の親友が実践訓練だって突然殴りかかってくるのを回避するために気配を消すことを覚えた」って笑いながら言われた。
是非その騎士と仲良くなりたいものね。
私と気が合いそうだから紹介しろって言ったら、2人して僕を殴るから絶対嫌だって拒否されたのよね。
気の合う友達が増えるのは良いことじゃない。
アランに迷惑かけないからって説得しても「絶対嫌だ」の一点張りだった。
何がそんなに気に食わないのかしらね。




