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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 安楽椅子に寝そべって カプセルの女の子

作者: 綿屋 伊織

 以降、桜井美奈子の独白より


 ある日の土曜日。

「ご苦労様」

 理沙さんに送られて、私はパトカーに乗った。


 今回の事件は楽だった。

 現場見ただけで犯人わかっちゃったもんね。

 解決まで1時間は必要なかったし。


 バラバラ殺人事件。

 完全密室。


 マスコミは事件は迷宮入りか? なんて騒いだけど、フタを開けてみたら何のことなかった。

 あんなの、事件でもなんでもない。

 ちょっと調べたらすぐわかった。


「お偉いさん達、記者会見の真っ最中に犯人確保知ったから、驚喜してたわよ?」

 理沙さんがクスクス笑って、私に包みを渡してくれた。

「―――はいこれ。お偉いさん達がイロつけてくれてる」

「ありがとうございます」

 私は包み―――金一封を、バッグに押し込んだ。


「それにしても、ここん所、あっちこっち引き回されて大変ねぇ」

 パトカーが動き出した。

「先週は、また長野だって?」

「はい」

 私は答えた。

「その前が福井で、先々週はちょっと別件。その前が確か奈良県」

「日本全国ねぇ」

 理沙さんが面白そうに言った。

「警察業界では有名だもの。即決美少女探偵って。いやぁ。口コミって恐ろしいわぁ」

 その口コミ、広げたのは誰でもない。

 理沙さんだ。

 ……まったく。

「あんまり、嬉しくないんですけどね」

「そう?」

「そうです」

 私は目を閉じた。

「先々週、おかげで大ドシ踏んで……依頼主、敵に回しちゃって」

「へぇ?」

 理沙さんからの、興味深々の視線は、目を閉じていてもわかる。

「何したの?」

「……あのですね?」



 先々週の金曜日のことだ。

「きゃっ!?」

 塾帰りの私は、問答無用で車に押し込まれた。

 抵抗したけど、どうしようもなかった。

「か、帰してくださいっ!」

 思わず叫んだ私に、横から冷たい声がかかった。

「お仕事ですよ?桜井さん」

 鈴紀先輩だった。

「ふふっ―――少し乱暴だったかしら?」

「乱暴すぎますっ!」

「もっと乱暴にされたかった?」

「……結構です」

 冗談じゃない。

 本気で乱暴にされたら、挽肉で済むはずないんだから!

「結構」

「それで?私をお誘いいただいた理由なんて、お聞かせいただければ幸いなのですが?」

「―――まぁ。礼儀がわかってきたご様子で」

 ……ダメだ。

 先輩に一切のイヤミは通用しない。

「解決していただきたい問題があるのです」

「鈴紀先輩、解決すれば」

 先輩の能力は、私と張り合えるはずだ。

「―――面倒くさい」

 私、鈴紀先輩を思わず睨んでしまった。

「そういったら、信じます?」

「他に理由がありそうですね」

「―――ええ」

 鈴紀先輩がニコリと微笑んだ。



「……ここ、どこですか?」

「ホテルというのですよ?」

「あの、そうじゃなくて」

 私は、先輩の後に続いて歩いた。

 雑誌でしか見たことないような、高そうなドレスや背広姿の男女。

 その間を抜ける私は、ユニ○ロのバーゲンで買ったダッフルコート姿。

 ううっ……水瀬君に服貢がせておけばよかった。

「ここで、あなたに知恵比べしていただきます」

「はぁ?」

 何それ?

「先輩の方がアタマいいじゃないですか!」

「私はこの勝負に参加出来ないのです」

「何で?」

「そういう仕組みなのです」

「先輩……」

 私は抗議した。

「依頼人と探偵の関係は、信頼で結ばれるべきと」

「……正式な依頼人は、信仁のぶひと様です」

「……部長が?」

 西園寺信仁さいおんじ・のぶひと

 報道部の部長にして、鈴紀先輩の許嫁だ。

 成る程?

「先輩……それじゃ」

「なんですか?」

「先輩が、解決した方が、部長へ顔売ることが」

「参加出来ない―――そう申し上げたはずですが?」

「どうして?」

「西園寺家と羽山家は、共に当事者。

 当事者関与せず。

 それが最低条件なのです。」

「……ワケ、教えてもらえます?」


 西園寺家の、つまり、部長の兄に当たる人物が、宝石のバイヤーをやっている。

 ところが、最近、悪質な金融業者に騙されて莫大な借金を背負ってしまった。

 期限までに借金を返さないと、借金のカタに、西園寺家は娘を出さなければならないことになった。

 それはそれで大事だけど……。


「……ちょっと待ってください」

 私は先輩を止めた。

「西園寺家って―――資産総額で10兆円規模の」

 そう。

 西園寺家は世界最大級の金持ちなんだ。

 それが、借金を払えない?

 そんな、馬鹿なことって……。

「いくらの借金なんですか?」

「そう言いたくなるのはわかります」

 先輩の横顔は、マジだった。

「すでに一族の間には、美夢さんを見殺しにして、借金を棒引きしてもらう。なんて話も」

「ヒド……」

「いいですか?桜井さん!」

 先輩は真剣だ。

「もう時間がないんです!今夜10時までに解決しないと、返済不履行になる!」

「は?」

 時計は9時30分。

「あなたの仕事は、謎解きと、ある女の子の保護です。二つのうち、一つでもしくじったら、許しませんからね!?」



 ホテルの最上階。

 スイートルーム。

 本当……私には一生、縁がないような部屋に、私は連れてこられた。


「これで最後ですか?」

 室内に、綺麗な女の声が響く。

 官能的な何かを秘めた声が、私の背筋を突き抜けた。

 豪華な椅子に座る女性。

 寸分の隙もないスーツ。

 その着こなしといい、

 組まれた見事な脚のラインといい、

 完成された女っていうのが、どういう代物か。

 この女性は見事に語っていた。


 うーん。

 モデルでもそうはいないな。


 私は鈴紀先輩の後ろで、女性を品定めしてしまった。


「西園寺家はすでに諦めたようですが?」

「羽山家は、未だ」

「ふふん?別にあなたでもよろしくてよ?」

「私を拘束出来るのは、信仁様だけです」

「ふふっ……愛してるのね?」

「妻ですから」

「入籍、済まされたの?」

「この事件が解決すれば、区役所に届けさせることで同意していただきました」

「クスッ。―――ドサクサ紛れにすごい方法とったものね」

 女性じゃないけど、本当、先輩って、転んでも絶対、タダで起きるタイプじゃない。

「じゃ。挑戦者は?」

「この子です」

「―――へぇ?」

 女の人は、私を値踏みするように視線を送ってくる。

 まるで舐められているような居心地の悪さに、逃げ出したくなった。

「カワいい子じゃない」

 嬉しくない。

「1兆円で買って上げるわよ?」

「結構です」

 先輩は言った。

「この挑戦にしくじれば―――とりあえず、地下室で急遽、開催される48時間耐久輪姦パーティ。その後のSMフルコースの集い。……いろいろ予定が」

 先輩!


「もったいない……」

 女の人は恐ろしく残念そう。


 っていうか、止めて!


「その後でよろしければ、半値で」

「オトコに汚された後かぁ……」

 女の人は、立ち上がると、私の側まで歩いてきて、つっと私の顎を捕らえた。

 うわっ。

 間近で見るとスゴい美人!

「ふふっ―――自己紹介がまだでしたね。神音商会のマルシェリーニです」

「桜井……美奈子です」

 いけない!こんな所で見とれてる場合じゃない!

「で……あの」

「あら?もうガマン出来ないの?仔猫ちゃん」


 ……ううっ。

 怖いよぉ。

 ヘンな意味で。


「じゃあ。こっちいらっしゃい」

 私は、腰に回されたマルシェリーニさんの手に押される形で、別室に入った。


「……なんですか?これ」

 聞かずにいられなかった。


 室内には、怯えた顔の女の子がテーブルの上に載せられていた。


 ……違う。


 テーブルの上の透明なカプセルの中に閉じこめられていたんだ。


「美しいでしょう?」

 マルシェリーニさんは、うっとりした声で言った。

「このまま持ち帰って、二・三日眺めてようかと思って」

「……変」

 言いかけた言葉を飲み込めた。

「美しい物を眺めていたい―――それって自然でしょ?」

 ツッ―――

 首筋をマルシェリーニさんの指が走る。

 それだけで、髪が逆立つほどの嫌悪感が襲う。


 カプセルの中の女の子。

 私達とそれほど違わない年だ。

 ショートカットの、どちらかといえば健康そうな、少年っぽい子。


 その子を見つめながら、マルシェリーニさんは言った。

「でもね?いつもこんなことしてるわけじゃない―――美夢ちゃんは特別。一目見ただけで好きになっちゃった。自分のモノにしたいって」


 どうやら、カプセルの中、外の声は聞こえるらしい。


「存分に楽しんでから、カプセルを割って、美夢ちゃんを外に出して抱きしめる……そのことを考えるだけで濡れてくるもの」


 どうにも、私の回りって、変態揃いだなぁ。


「そのために作ったカプセルがこれ―――よく見なさい」


 促されて、私はカプセルに近寄った。


「クリスタルガラスの表面に継ぎ目はない。複数のパーツに分解したものを、特殊な溶剤で接着しているの」


「―――それで?」

 マルシェリーニさんから離れたことで、安心出来た私は訊ねた。

「どうしろというのです?」

「美夢ちゃんを外へ出して」

「カプセル壊さずに?」

 マルシェリーニさんは、ちょっと意外。という顔で笑った。

「よくわかるわね」

「典型的すぎて」

「……」

 私はとりあえず、カプセルを調べた。

 小さな空気穴が二カ所あるだけだ。


「西園寺家に雇われた連中、みんな諦めたわ」

 マルシェリーニさんは笑った。

「さぁ。あなたも挑戦しなさい?時間は10分」

「えっ!?」

 10分?

 少なすぎる!

「はい―――スタート」


 道具も何もない。

 魔法なら可能だろうけど……

 水瀬君に出来るかな。

 しくじりそうだしなぁ。


 とりあえず。

「質問、いいですか?」

「どうぞ?」

「水とか食べ物、どうするんです?」

「チューブで水を飲ませるし、食べ物はガマンしてもらうわ」

 マルシェリーニさん。小声で言った。

「……弱っている方が、ベッドで扱いやすいでしょう?」

「……」

 勝手にして欲しい。

「トイレは?」

「ガマン」

「限度が……」

「いいじゃない♪美しいこの子が自分の物で汚れていく姿……想像するだけでゾクゾクしない?」

「しません!」


 ハンパ抜きの変態だ。

 こんな人に関わったら、どうなるかわかったもんじゃない。

「……成る程?」

 周囲を見回したけど、空気の浄化装置もついていない。

 うーん。

 考え方を変えるべきだ。

 ……。


「あと5分よ?」


 マルシェリーニさんの冷たい声が耳に届く。


 ―――そうか。


「わかりました」

 私はマルシェリーニさんに言った。

「この子、持っていっていいですよ?」

「桜井さんっ!」

 先輩が怒鳴る。

「何、言ってるのですっ!」

「でも―――未成年者の持ち物って、所有権は親にあるんです」

 私は先輩を無視した。

「ですから、きちんと親に返してくださいね?カプセルを傷つけずに」

「ぐっ!」

 マルシェリーニさん。すごい顔になった。

 うわっ。……怖い。

「……なかなか、やりますね」

「どうも」

 さて。

 どうするかといえば、多分、そうするだろう。


 私の読みは、その通りになった。


「美夢ちゃん?服を脱ぎなさい」

「えっ!?」

 カプセルの中の女の子が驚いた声を上げた。

「早くっ!」

「は……はい!」


 女の子は、素早く服を脱ぎ、全裸になった。


 うわっ。

 このカプセル……いや。止めておこう。

 私は女の子なんだから。

 うん。


「服をこっちに寄せて、あなたは反対側の空気穴に顔を近づけていなさい!」


 女の子、その指示に従った。


 そして―――


 マルシェリーニさんは、火のついたマッチを空気穴から落とし……。

 女の子の服が燃え始めた。


 カプセルの中に煙が充満し始める。


「煙と灰を掃除機で吸いだして上げる。―――原型を留めたまま。そういわなかったあなたの負けよ?」


「わざと、言わなかったんですよ?」


 思うつぼだ。


 私は素早くバッグから、セロテープを取り出し、彼女が顔を近づける穴を塞いだ。


 そのまま、反対側の穴までふさいで……と。


 よし終わり。


「な、何するのよっ!」

 マルシェリーニさんが青くなって怒鳴る。

「窒息死しちゃうじゃない!」


 ゲホッ!ゲホッ!

 カプセルの中から咳き込む音がするけど、もう煙で中の様子はわからない。


「一緒に、この子も灰にして、掃除機で吸いだしてください」

 私は言った。

「もしも、本気でこの子が好きだっていうなら、他の方法をどうぞ?」


 ガシャンッ!


 そんな音がして、カプセルが割れた。


 マルシェリーニさんが、椅子でカプセルを割ったんだ。


 うん。

 思うつぼだ。


「美夢!」

 マルシェリーニさんが女の子に駆け寄る。

 その背中に、私は告げた。


「女の子は助け出しましたよ?」


「カプセルを割った!」


「割ったのは―――私ですか?」


「―――くっ!」


 マルシェリーニさん。女の子を鈴紀さんに託すと、憎悪の視線を私に向けたまま、怒鳴るような口調で言った。


「覚えておきなさいっ!?私は絶対に美夢を諦めないっ!」




「―――まぁ。という話です」

「どこが失敗なのよ」

「次の日です。

 鈴紀先輩が家に訊ねてきて、スゴイ剣幕で怒るんです。

 失敗した。って。

 輪姦パーティ覚悟出来てるか。って。

 西園寺先輩が駆けつけてくれて、何とか最悪の事態は免れたんです。

 理由、わかります?」

「ううん?」

「美夢って女の子が、自分からマルシェリーニさんの所に行っちゃったんです」

「はぁっ!?」

「どうも……レズっけがあったらしくて、『お姉さまの真心にほだされてしまいました。お姉さまの所に行きますが、心配しないでください。きっと幸せになります』とか書き置き残して、そのまま……家出を」

「その責任が、あなたにあるって?」

「そういうことです。私がああいうことやっちゃった。それがきっかけで女の子は、マルシェリーニさんを本気で好きになっちゃったんだって」

「とばっちりね」

「そう、思いますけど……」

「まさか。美奈子ちゃん」

「そうです―――私、鈴紀先輩に命じられて、美夢ちゃんの行方探してるんです。西園寺か羽山から、警察に依頼、来てませんか?極秘で」

「神音商会なら―――水瀬君に頼みなさい」

「えっ?」

 理沙さんの投げやりな言葉に驚きながら、私は頷いた。

「じゃ、このまま、水瀬君の家に向かってもらえます?」

「ええ。拒否したら―――三角木馬ね」

「駿河問いでいいです。少し、眠っていいですか?」

「くすっ。どうぞ?」


 神音商会。

 そして水瀬君。

 どういう繋がりがあるか。

 どうせロクな繋がりじゃないだろなぁ……。

 私はそれを考えながら、眠りの中へと落ちていった。




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[一言] 水瀬のテーマ ドコまでも不幸 道は厳しすぎて 愚痴さえも溢せない ドコまでも不幸 (某タイヤ会社のCMソングの節で)
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