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 神社の石段から十分程歩くと姉の言っていた線路沿いに出た。太陽は大分沈みかけ橙色が濃くはなっているが、それでもまだ暗くなるには幾ばくかの猶予があるようだった。フェンスが張り巡らされ雑草が所々に生えている線路沿いを二人は歩いている。やはり猫がいないか捜しながら姉の言っていた資材置き場を目指し、先程と同じように夏目が前を歩き、その後ろを那須野がついて歩いている。

「お姉さんの言ってた資材置き場って、どの辺にあるのかなあ?」

「確かな記憶じゃないけど、多分このまま線路沿いを十五分くらい歩いた所にあったと思う」

「そっか。じゃあもう少し頑張らないとね」

 休憩を取ったせいか姉から猫に関する情報をもたらされたせいか、夏目に若干ではあるが元気が戻っているようで那須野は内心安堵していた。さっきまでの尋常でない様子も、今は少し落ち着いて見える。

 警報機が正しいリズムで機械音を刻む。程なく緑色の車体をした列車が二人の横を走り抜けていく。列車の巻き起こす風に乗った植物の匂いが二人の嗅覚を微かに刺激する。夏の終わりの、夕暮れだった。

 二人はただ、無言で歩き続ける。那須野はそれを心地良いと感じていた。普段なら気まずいと感じる沈黙も、不思議と今はそう感じない。思えば数奇なものだ、と那須野は思う。一学期の間全く会話を交わしたことのなかった二人が、たまたま夏休み最後の日に映画館で出会い、今こうして共に歩き、心に得も言われぬ安らぎを覚えている。運命なんて言葉を使うと大袈裟すぎてしっくりこないが、それをもう少し小規模にさせたものなら、今の状態にしっくりくるなと思う。夏目が今、この状況をどう感じているかは知りようもないが、もし、夏目も自分と同じ気持ちなら良いなと、那須野は素朴に思う。

 ふと、夏目が急に立ち止まる。

「どした? 夏目」

 那須野も同じように立ち止まる。

 夏目は那須野に背を向けたまま口を開く。

「今まで、付き合ってくれてありがとう」

「え?」

「そろそろ、何で私がこんなに必死に猫を捜しているか、教えるね?」

「え、ああ」

 夏目の言葉がいまいち腑に落ちないが、那須野は取り敢えず頷く。

「私もね、昔猫を飼ってたんだ。確か、あの子と同じくらいの年の頃。でね、やっぱりある日ふっといなくなっちゃったんだ。臆病で、人見知りで、外になんか出たがったことすらなかったのに。家に帰ったらどれだけ捜してもいなかった。私の家から逃げ出してた。私は必死になって捜した。町中を駆けずり回って捜した。あの子みたいにチラシを作ったりもしたけど、結局見付からずじまいだった。泣いたよ。そりゃあもう、心底悲しくて、一生分の涙を使い切るんじゃないかってくらい泣いた。猫はいなくなっちゃったけど、猫の使っていたものは残るから、それを見てまた泣いた。柱につけた傷も、何時も寝ていた毛布も、大好きだったまたたびも、私にとっては感傷の道具にしかなんなくて、見る度に涙がこぼれた。猫って、死期が近付くと自分で家を出て行くっていうでしょ? だから最初は、あの猫も死んじゃったのかもって思った。けど結局あの猫を見付けることは出来なかったから、もしかしたら、元気に何処かで暮らしているかもしれないって思うようになった。ちゃっかり他の家でぬくぬく生活しているのかもしれないし、仲間達と気ままに野良猫として生きているのかもしれない。出来ることなら、そうであって欲しいと私は毎晩寝る前に祈ってた。それから私はずっと考えてた。結局、正解はどっちだったんだろうって。死んじゃってたのか、元気に生きてるのかどっちなんだろうって。まあ、幾ら考えたところで答えは出ないんだけどね」

 夏目は自嘲気味に笑い、言葉を続ける。

「それが、心残りだったんだ」

 まただ、と那須野は思う。夏目の使う『心残り』という単語。それにひどく違和感を覚える。その意図を上手く掴めない。ただ一つ確かなのは、その言葉の持つ棘が那須野の心臓を強く刺激することだ。

「そんなことがあったから、喫茶店であの子を見かけた時はびっくりした。昔の私がいるって。そして、もしかしたらあの時出すことの出来なかった答えを見付けることが出来るかもしれないって思った。正解を導き出すことが出来るかもしれないって。だから、あの子の猫を捜そうって思ったの。魔法は使わずに、ちゃんと、自力で。じゃないと答えに意味がなくなってしまうから。でね、ようやく今分かったよ、その答えが」

 夏野は横にずれながら、ゆっくりと振り返る。夏野の身体で遮られていた部分が露わになる。

 猫の死骸がそこにはあった。

 片目はもう既になく内臓が飛び出し乾いた血がこびり付き毛づやが全く消え失せたぼろ雑巾のような物体。それはチラシに載っていた猫とよく似ていた。那須野は息を飲む。電線の上ではカラスが二人と猫の死骸を見下ろしている。

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