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12〈了〉

 ※


 映画館で映画を観ていると、ふと睡魔に襲われてしまう瞬間がある。それがどうしようもなくくだらない映画を観ている時だとあっさり寝てしまえるのだけど、面白いと感じている映画の時だと、そうするわけにはいかないから、どうにか目を擦ってスクリーンを観ようとするのだけど睡魔に負けそうになり船を漕いでしまう瞬間がある。もしその時に夢を見てしまったなら、起きた時に私の記憶の中にあるのが映画なのか夢なのか、もしくはそれらを混ぜ合わせたものなのか、判然としなくなる時がある。今がまさにそうだ。

 夏休み最後の日。『世界の終わり特集』と銘打たれた複数の短編映画の上映会を私は一人で観に来ていた。そしてその最後に上映された映画のオープニングの雰囲気がとっても気に入っていたのだけど、やはり睡魔に襲われた挙句夢を見てしまい、上映終了と同時に目覚めた頭の中は混乱してしまっていた。具体的な映像もストーリーもよく思い出せない。ただ感覚として覚えているのは、主人公の女の子が、多幸感に包まれているのにどこか寂しげな表情を浮かべていた、ということだけだ。おぼろげな記憶を探ると、その女の子は、観覧車の中にたった一人で佇んでいたような気がするのだけど、そこから先は記憶に濃い靄がかかってしまい思い出すことが出来ない。

 オレンジ色の灯りが灯る。時計は0時を回っている。

 私が席を立ち辺りを見回すと、そこにはもう誰もいなかった。どうやら他の観客達は既に全員帰宅の途についてしまっていたようだった。私も慌てて小走りになる。整然と並ぶ席の間にある通路を駆け、スクリーンのある部屋から出る。係員のお爺さんに頭を下げ、映画館を後にする。

 外に出ると、ほんの少しだけ肌寒かった。ああ、もう夏も終わりなんだなあと、私は肌で実感する。この映画館は潰れたパチンコ屋の二階にあるので、階段を下りなければならない。一歩ずつ下る毎に私の靴と階段がカンカンと金属の音色を立てる。それがどこか心地良くて、私は早歩きになってしまう。テンポの良いリズムを刻み、あっという間に階段を下り切る。

 そこに、一人の男の子が立っていた。私はその顔に、見覚えがあった。

「よ、遅かったな。夏目」

 その子は、同じクラスの出席番号十一番那須野隆君だった。

 どうして、彼がここに?

「魔法を使えたのはお前だけじゃなかったって話だよ」

 彼は私の顔を見てそう言う。私にはいまいち話が見えてこない。彼はそんな私に構わず続ける。

「観覧車の中にいたいって願う夏目の気持ちを俺は無視して呼び戻そうとした。大切な人を心底裏切った。だから魔法が発動して夏目をこっちに呼び戻すことが出来たんだ」

 彼は一体、何を言っているんだろう。

「夏目はこの世界を糞ったれだと思ってた。俺もそう思ってた。だけど、そうじゃないって思う瞬間も確かにあったんだ。それは学校の屋上から見下ろすこの町の情景だったりするし、面白い映画を観ている瞬間だったりもする。敢えて糞ったれな部分だけを見続けて、世界を糞ったれだと思い込むのは、もしかしたら馬鹿げていることなのかもしれない」

 彼はそこで一拍間を置く。

「それを気付かせてくれたのは、夏目、お前なんだ。嘘だとしても、屋上で俺を素晴らしい世界に連れて行くって言ってくれた時も、喫茶店で向かい合ってコーラを飲んだ時も、この町を二人で歩いた時も、石段に並んで座った時も、俺はもしかしたらこの世界も捨てたもんじゃないんじゃないかって、そう思った。本当は、途中からもう魔法なんてどうでもよくなってたんだ。ただ夏目と一緒にいられれば、それで良かったんだ。夏目がこの世界から消える瞬間、本当はそう伝えたかった。でも間に合わなかった。だから、だから今度こそはちゃんと伝える」

 彼は、じっと私の目を見つめ、手を差し出す。

「ここが素晴らしい世界だなんて、口が裂けても言えない。やっぱり糞ったれだし、どうしようもない世界だと思う。でも、そんな世界でも、どこかに素晴らしい一面は確かにあるんだ。夏目はそれを俺に教えてくれた。だから、今度は俺が夏目に教える番だ。俺が、この世界の素晴らしい所へ、キラキラ光る場所へ連れて行ってやる。だから、一緒に、この世界で生きよう!」

 気付くと、私は涙をぽろぽろこぼしていた。

 何故今自分が泣いているのかも、彼が何を言っているのかも理解出来なかったけれど、涙が溢れて止まらなかった。

 私は自然と彼の伸ばした手を握っていた。彼の手は少しごつくて、だけどとても温かかった。彼は私の涙が止まるまで、ずっと私の手を握ってくれていた。

「ごめんね、私、本当はキミが何を言っているかよく分からないんだ。でも、何だかとっても嬉しい。それだけは、確かなことだよ」

 私は眼鏡を外し、涙を拭う。私が落ち着いた頃に彼は手を離し、ポケットから何かを取り出し私に差し出してきた。

 それは、キリンラガービールの五百ml缶だった。

「あれ、どうして私がこれを好きって知ってるの?」

 まだ若干涙声になってしまう私に彼は言う。

「ま、それはおいおいな。夏休みは終わるけど、俺達にはまだ時間は残されているんだから。例えそれが、ほんの僅かな時間だとしても」

 私はビール缶を受け取りプルトップを引く。心地の良い音と共にほんのりアルコールの匂いが薫る。私はビールを、一口だけ飲む。彼が言う。

「どう? 美味いか?」

 私は頭を横に振る。

「ううん、苦い」

「はは、そりゃ、青春の味だからな」

 夏休みの終わり。

九月の始まり。

星がきらめく夜空の下、私達は二人だけで笑い合っていた。




〈了〉

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