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「ところでシグラッド、方々への挨拶は終わった?」


 アニーとゼレイアの間にある剣呑な空気に気づいているのか気づいていないのか、レギンは明るい声で話しかけた。


「今から広間で見世物がはじまるんだ。叔父さんが連れてきた自慢の芸人らしくて。シグラッドも見に来ない? 叔父さんも、見においでっていってるよ」


 上機嫌だったシグラッドが、急に硬い表情になった。善意でいっているつもりのレギンは、シグラッドの反応に気がつかない。楽しげにシグラッドを誘う。


「叔父さん、シグラッドのこと、すごいって褒めてたよ。叔父さんだけじゃなくて、叔母さんも従姉も皆、そんなに見事な竜化ができるなんてってびっくりしてた。いつからそんなことができるようになっていたのかって驚いてる」

「殺されかけたおかげで、できるようになったんだ。べつに褒められるほどのことでもない」


 シグラッドの機嫌が一段低くなっていることに、レギンはようやく気がついた。それでもシグラッドを連れ出したいらしい、めげずに誘う。


「今さ、めずらしく広間に親戚が勢ぞろいしてるんだ。見に行くついでに、アルカのこと、皆に紹介しようよ」


「皇族への挨拶なら、昼間にしてる」


「その他大勢と一緒に、でしょ? アルカはこれから僕らの一員になるんだから、個別に私的に挨拶しておいた方がいいよ。

 どうかな、アルカ。皆、ティルギスはどんなところなのかとか、アルカがどんな子なのかとか、僕にしつこく聞いてくるんだ。疲れているとは思うけど、来て、ちょっと話をしてくれないかな」


 レギンは話の矛先を、イーズに向けた。誰に説明されずとも、イーズはシグラッドと皇族が疎遠であることを察した。そしてレギンはそれを修繕したがっている。


「私はいいけど……」


 シグラッドと親戚の、途切れそうに細い縁を、なんとか自分を使って繋げようとしているのだろう。イーズはレギンの苦労を慮ってうなずいたが、婚約者を気にした。顔に嫌だと書いてある。レギンはゼレイアにも水を向けた。


「ねえ、パッセン将軍。皇妃は親戚づきあいも大事ですよね?」

「そうですね。皇族の方々にアルカ殿下は次の皇妃にふさわしいとしっかり認めていただければ、アルカ殿下のお立場は有利になりますし」


「逆に、失敗したら不利だな。ただえさえも今のアルカは不安材料が多いんだから」


「大丈夫だよ、シグラッド。アルカを悪いようになんてしないよ。僕がちゃんとうまくやるから」


 レギンの自信に満ちた発言は、シグラッドの反感を買った。今度こそシグラッドははっきりと、不機嫌を表に出した。


「余計な手出しをするな」


 シグラッドは牙すら剥く勢いで、レギンに反発した。婚約者を背にかばう姿は、宝を守る竜そのものだ。


 逆鱗に触れてしまったことを悟り、レギンはあわてて一歩下がる。すかさずアニーがレギンの肩をおさえた。


「もどりましょう。レギン様がお手をお貸ししなくても、シグラッド様はきちんとご自身で考えて行動なさります。わたくしどもの気遣いは、返って邪魔というものです。そうでしょう、シグラッド様」

「こういうとき、ヴォーダン夫人は話が早くて助かる。叔父上二人叔母上三人従兄二人従姉二人だったな、一同様にどうぞよろしく」

「お伝えしておきますよ、陛下」


 去っていくレギンを、イーズはシグラッドの陰から見送った。盛大な舌打ちがある。


「最後にこんなに不愉快な気分にさせられるとは思わなかった」

「そんなにお嫌ですか? 見世物を見に行くくらい、してもよかったと思いますが」


「親戚が勢ぞろいしてるところなんて、見たくない。同じような顔がずらりと並んでるんだぞ? 昼間、久々に見てぞっとしたばかりなんだ。あんな中に入っていきたくない」


「皆様が、由緒正しき血統であることの証です。皇族の方々は、陛下のことを嫌っていらっしゃらないと思いますが」


「レギンが私を嫌わないから、嫌いといわないだけだ。連中の一番の関心事はレギンで、レギンが中心で世界が回ってるからな。レギンの両親は異母兄妹同士な上に、母方だろうと父方だろうと、親戚は全員皇族。堅い堅い結束で結ばれてる。私の入る余地はみじんもない」


 シグラッドは肩をすくめた。


「さあ、これから厄介だ。連中、これからきっと調子づく」

「レギン殿下ですね。ずいぶんとご健康になられましたな。見間違えました。あのように堂々と人前に出て挨拶することなどありませんでしたのに」

「私も驚いてる。今朝の火事のときなんて、竜化しても自分を保っていた」

「竜の血を制御できるようになっているということですか」

「まだ完全じゃない。でも、以前と比べて格段によくなってるのは確かだ」


 困ったことになってきたと、暗黙のうちに二人が発した言葉を、イーズは聞いた。レギンが人並みに健常な身体となり、王座を脅かす存在となることを、ゼレイアたちはおそれていた。


「赤い竜の国に青い竜の王なんて、本末転倒もよいところでしょうに。マギー老たちは何を考えているのだか」

「民にとっては、王が赤かろうが青かろうがどうでもいい話だから、私は気にしてないがな」

「陛下、あなたがそんなことでは」

「でも、レギンの意志を無視して、自分の利欲のために王座を押しつけようとする連中は気に入らない」


 神妙な顔で政治の話をはじめた二人に、イーズは所在なさげにした。レギンのことを思うと、聞いていたい会話ではない。身の置き場に困っていると、折よく、護衛のシャールがもどってきた。


「申し訳ございません、アルカ様。長くおそばをはなれまして」


 シャールは男物の礼服に身を包んでいた。今日はティルギスの大使と共に方々へあいさつに回り、外交活動に精を出していたのだ。イーズはシャールにお酒を注ぎ、労をねぎらった。


「ようやく戻ってきたな、シャール。どうして今日はアルカのそばをはなれて外交活動をしていたんだ? そういうのは、ハルミットの役目だろうに」

「ハルミットがおりませんでしたので、代わりに。ご迷惑をおかけいたしました、陛下」

「竜王祭には戻ってくると聞いていたが、帰りが間に合わなかったか。いつごろくるんだ?」


 皇帝の質問に、イーズもシャールも返事に窮した。イーズたちはまだ、ハルミットの死を公言していない。ティルギスの敵国に知られると、不利になるからだ。


 だが、シグラッドはティルギスの力を必要といっていたし、ゼレイアもティルギスと道を共にしたいといっている。この二人ならば悪いようにはならないだろう。イーズは思い切って、明かすことにした。


「シグ、実は、イーダッドおじ様は亡くなったんだ」

「なんだって?」

「おじい様のところに向かう途中で襲われて、天幕ごと焼き殺されたの」


 シグラッドもゼレイアも、にわかには信じがたそうにした。しかし、イーズが元はイーダッドのものだった杖を持っているのを見ると、そうか、と納得した。


「惜しい男を失くしたな。ティルギスにとっては大きな損失だろう」

「内緒にしてね。ティルギスの敵に知られると、大変なことになるから」

「分かってる。ティルギスの不利になるようなことはしない」

「その通り。力になりますよ。今後は我々をハルミット殿の代わりと思って、頼りにしてください」


 予想した通り好意的な反応があったので、イーズは安心した。シャールも二人に深々と頭を下げる。今までティルギスとニールゲンの同盟は不戦のためのものだったが、これからは協調のための同盟になりそうだった。


「アルカ様、だいぶお疲れの様子ですね」

「そう? まだ平気だよ」


 イーズは否定したが、最後があくび交じりになった。ゼレイアが微笑し、イーズを緑竜に乗せる。


「今日はもうお休みなさいませ、アルカ殿下。慣れないことの連続でお疲れでしょう」

「それがいい。明日もある。私もこれから、部屋でゆっくりゼレイアと話したいと思っていたところだし」


 じゃあ、とイーズは緑竜の背におさまった。緑竜にのせられている鞍は横乗り用で、足が悪い人間でも乗りやすい。イーズが手綱を引くと、緑竜は揺れに気をつけてゆっくりと歩き出した。シャールが先行し、露払いをつとめる。


「ありゃすごい」

「ティルギスの姫様は、馬だけじゃなくて竜も乗りこなすんだな」

「赤竜王様の妃らしいや」


 人垣をかき分けて進むイーズを、人々が興味津々に見送る。自分も見世物の一つになって、イーズは恥ずかしくなったが、もはや見られるのも仕事、人々に笑って手をふる。口笛やら拍手やらが湧き起こった。


「場慣れしましたねえ、アルカ様」

「仕事って割り切れば平気になってきたよ」


 笑顔と愛想をたたき売りしながら、イーズは広場を抜けた。道中はなるべくゆっくり進んで、城内を観察する。


 夜は更け、酒宴はたけなわ、だれもかれもだらけきった顔で、祭りを楽しんでいる。ふだんはしかめ面をしている大臣が、座り込んで壁に寄りかかり、ものうげに首をかいていた。侍女と騎士が、ふざけながら手に手を取り合って、しげみに消えていく。


「あれ? あれってバルクかな」


 庭の一角に、植えられた灌木と似た、もじゃもじゃの頭があった。右手に楽器、左手にジョッキを持って、だれかと談笑している。


「バルク、お疲れさま。楽しんでる?」

「おー、お疲れ、姫サン。楽しんでますヨー」

「一日大変だったね。今日はよく休みなさいね」


 バルクと話していたのは、オーレックだった。内緒で地下から出てきているらしい。いつもの黒いうろこに覆われた姿だと目立つので、今日は完全に人化して、服を着ていた。意外な組み合わせに、イーズは目を丸くする。


「姉サンたちの救出を手伝ってもらったんで、お礼中なんデス」

「そうだったんだ。ありがとう、オーレック。この緑竜も、ありがと。すごく助かるよ」

「なあに、大したことじゃないよ。気にするな」


 オーレックはイーズを緑竜から下すと、抱きしめてキスをした。足が悪くなってからというものの、地下に行けていなかったので、イーズもうれしくて抱きつく。


「イーダッドが死んだんだってね」

「バルクから聞いたの?」

「ああ。つらかったろうに、一人でよく頑張ったね。これから大変だろうが、私もついているからね。めげるんじゃないよ」


 オーレックはやさしくイーズの頭をなでる。オーレックの大柄な身体は、抜群の均整を誇りつつも、無駄なく鍛え上げられ、頼もしい。イーズは肩口に頭をあずけた。


「どうしてオーレックはそんなに私によくしてくれるの?」

「どうしてって、そりゃあ、おまえが私のかわいいかわいい娘だからさ」

「そう思ってくれるのはうれしいけど、でも」


 心配してくれるのは嬉しいのだが、オーレックの好意は度を越しているように感じる。


「そんなにふしぎか? なら、私と約束してくれ。私はおまえの身を守ろう。その代わり、もし、私が晴れて自由の身となったときは、私をティルギス人にしてくれ」

「ティルギス人に?」

「ティルギスなら、私の黒い髪も、白い肌も、奇異なものではなくなる。ティルギスは違う血を歓迎すると聞くし」


 オーレックはイーズの白い肌と黒い髪をなで、いとおしんだ。


「イーダッドともそういう約束していたんだ。だが、イーダッドは死んだ。だからアルカ、今度はおまえが私と約束してくれないか」

「そういうことなら……ううん、そんなの約束しなくても、私はオーレックを歓迎するよ。今まで何度も助けてもらっているし、オーレックのこと好きだもん。

 ティルギス人にするなんて、お礼のうちにも入らないよ。お礼をするなら、私、オーレックが自由になれるようにするくらいしないと」


 いって、イーズは先ほど自分がした質問のことを思い出した。恐る恐る、本人にたずねる。


「オーレックはどうして地下に入れられたの?」

「子供を産んだからだよ。赤い竜の国に、色違いの竜はご法度。私自身は生きることを許されていたが、子供を残すことは禁じられていたんだ」


 イーズはシグラッドたちが口ごもった訳を、ようやく理解した。同じく色違いの竜であるレギンがいたからだ。


「色違いの竜って……歓迎されないんだね」

「まあな。不吉の象徴なんていって、赤子のうちに処分される場合もある。私は強くて役に立ちそうだったから、レギンは第一皇子に生まれたから、生きることを許されたんだろう」

「……」


 イーズはオーレックとレギンが受けている不条理に、義憤を感じた。赤竜の国の妃になるのなら、それは受け入れていくべき条理なのだろうが、イーズはオーレックやレギンとあまりに関わりすぎていた。


「オーレックもレギンも、ティルギスに来ればいいんだ。みんなで仲良く暮らそう」

「はは、いいね。でも、赤竜が怒ってきたらどうする?」

「シグが怒ってきたら……う、うん、がんばって説得する」

「頼もしい返事だ」


 今から縮こまって自信なさげにしているイーズに、オーレックは笑った。自分のいっていることが、いうほど簡単なことではないと自覚しているので、イーズは面目ない。しかし、心の隅では叶えようと強く思っていた。


「アルカ様、そろそろ」

「うん、もどろう。――って」


 気づけば、緑竜ははなれた場所にいた。目をくりくりさせながら、首をかしげている。少し先に、庭から広間をのぞきこんでいる人影があった。頭から布をかぶった怪しい人影だ。背は低い。イーズと同じかそれ以下だ。


 緑竜が一声鳴いた。広間の曲芸に夢中になっていた人影が、こちらをむく。布の下にあった、金色の仮面が室内の明かりにきらめいた。


「――うわあっ!」


 金の仮面をかぶった人影は、緑竜に驚いた。その拍子に、かぶっていた布が潅木に引っかかり、取れる。


 醜く焼けただれた腕や、いびつに腫れた足があらわになった。布を取りもどそうと慌てたため、仮面も取れた。ところどころが赤いうろこにおおわれ、人とは呼べない顔が月下にさらされる。


 イーズは思わずオーレックにしがみつき、緑竜は威嚇の声を発した。シャールは抜剣し、誰何する。


「何者だ!」


 人影は布を身体に巻きつけると、暗がりへと逃げていった。追おうとするシャールを、バルクが止める。


「待った、姉サン。アレはたぶん」


 バルクとほぼ同時に、イーズも正体が思い当った。焼けただれた肌、赤いうろこにおおわれ、中途半端に竜化した顔。今朝、見たばかりだ。


「ブレーデン……」


 イーズは仮面をひろい、第三皇子の逃げこんでいった暗がりを見つめた。

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