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たがいの願望

 なぞなぞです。とても単純な答えが一つ。ズルや屁理屈は無しと致しましょう。

 此処にあなたがいます。



 いつまで経っても青い空を覚えている。今頭の上にあるのは絵の具をうっかり零した様な濃い赤で、こういうところは作りが甘いねと笑ってしまう。折角細部は凄い丁寧なのに勿体無いと思うし、これで気付かない人はいないでしょと言ってしまいたい気にもなる。僕みたいな馬鹿にも気付かれるんだから。でも彼女は気付いていない。うーん、こういうのってなんて言うのだろう。赤の下にある緑の畑で失笑してしまった。

 遠く遠くに絶対辿り着けない部屋があるなんて、このことにも気付いてないんだろうな。がくりと傾いた部屋はもう落ちるのを待つだけになっている。あれが落ちれば彼女も僕も永遠に自由だ。何十年何千年だって。だけどどうか落ちないで欲しいと僕は切に願うのだ。

 赤の向こうから藍が迎えに来たから眠ろうと子供の声が響いた。


「意外と強情だもん」


 はあっと肺から熱い息が漏れた。藍はじりじりと向こう側から僕の真上の空も食うだろう、時間がない僕を追い立てる様だった。

 もう少し、何年だか何十年だか分からないけど、もう少し僕に時間をくれないだろうか。

 これはとてもへんてこで意地の悪い約束だ。

 それでも僕がこれを終わらせなければ意味がない。彼女は多分しんどい体を乱用してでも僕を引き摺り出しに何度も来るだろうから。あれは断言しよう。一方的に彼女が悪い。

 もう殆どが藍に染まった空を仰ぎ、下の緑へぐだりと寝転がった。今度は黒が空の端から僕を喰らいにくる。


「だけど彼女に気付かせちゃいけない」


 知ったらきっと彼女は泣くだろうから、泣きに泣いて僕を責めて、最後にはきっと平手が僕の頬を打つ。彼女の平手打ちほど痛いものは無いだろうけど、僕はそれ以上酷いことされてもなにも言えないことをしでかした。


「許されないだろうなあ……」


 他人事では無い。これは僕の我儘だから、自己満足だから決して他人事ではないのだ。

 広い世界に僕が一つ。なんだか雑に投げ捨てられたみたいだと思った。



 あなたは一人でいます。

 一人で、酷く狭い部屋の中にいます。

 その部屋は貴方一人でいっぱいです。



 遠い昔にこの世界は創られた。


 人が産まれて死ぬまでの時間なんかは比べ物にならないくらい昔の事。そんな遠くに、神様は気紛れにこの世界を創った。

 上下を創って緑を創って蟲を創って獣を創って、神様は箱庭に人形を並べるように命をばら撒いた。ばら撒いてから神様は不安になった。

 一番最後に創った人間には知恵を与えすぎたから、もしこのまま放っておけばこれらは自分を超えるかもしれないと。

 勿論そんな事はなく、人間は神と同等程の知恵をつける前に全て死んでしまうようになっていた。それでも神様は不安で、見張りを偶に下ろす事にした。自分の髪や爪、涙や血などの欠片を産まれる人間の子供の魂に引っ掛け、時たま見張りを下ろす事にしたのだ。

 神様の欠片が魂に引っかかった子供は角が生えていたり翼が生えていたり、大抵は異形であった。

 その異形の子供たちは人よりずっと長生きで、だから神様に近い知恵を持つことが出来た。異形の子供たちは特別な力があったから、力を使って人間を見張り、親である神様に仕えていた。

 この仕組みはとても単純で良く出来た仕組みだった。だから神様もそんな事考えてなかった。


 いくら欠片が引っかかっているって言ったって、側は人間に変わりない。仕組みから外れた異形の子はある時神様を倒してしまおうと考えたのだ。


 神様は焦った。怖がった。怒った。悲しんだ。絶望した。人間は結局自分を恨んでいたんだと、酷く酷く傷ついた。

 裏切り者の異形の子は敢えなく散った。神様を信じる多くの人間に圧倒された。神様を信じる人は何より多かったが、しかし神様を恨む人間も少ないけど確かにいた。

 傷ついた神様は、人間に干渉することをやめた。強い力に酔って残忍な事をする子が増えたから、その当時いた異形の子を片付けてしまった。自分自身もよく下りて遊んでいた世界から逃げた。この世界に蓋をした。それから気が遠くなるような時間は経って、この話はただの神話に成り下がった。


 だけど今も異形の力を受けた子は極稀に産まれる。膨大な時間と不思議な力を受けた異形の子供が残っているのだ。

 だから人は、この世界は、臆病な神様をまだ信じている。



 あの世界は彼のために創られた、下らないちっぽけな玩具箱である。こんな言い方をすると身も蓋もなく聞こえるが、一番単純な言い方をするとすればこう言える。筈だ。

 あの日からもう三日が経つ。どうせあと四日は行けないんだから、それならもっと落ち着いて他愛ない話でもすれば良かったと後悔の海に私は溺れていた。なぜあの時自分はあんなに苛々していたのか、今ではさっぱりわからないのだ。次にあったら謝ろうと思うが今まで謝った試しがないのでこれもまた保留。

 外はまた雨が降っている。


「私がもし神様だったら良かっただろうに」


 そうすれば彼は泣かずに済んだかもしれない。彼を下手くそな嘘でグルグル巻きつけるんではなく、綿のような柔らかい世界に包んでしまえたら良かったのだ。そもそもこの世界を消してしまえればどんなに楽だろうか。

 嘘をつくのが下手くそなことは自覚しているつもりだからもう諦めた。この誤魔化しが長く持たないことも知っている。私が彼に未練があるわけでもないのに、どうして私はここまで執着するのか自分でもわからなくなってきている。


「絵本の外を見てみたいかぁ」


 彼の望みを叶えるにはこれしかないのだから貴方も諦めてはくれないだろうか。雨は上がって、雲の隙間から晴れ間が覗いていた。



 貴方はここに一人で居ます。

 とても狭いから、だから貴方はずっとずっと一人ぼっちで居ます。

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