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指きりの奏   作者: 螺威
2/2

一話:終業式

記憶なんか増えたら増えた分、昔の記憶は薄れていってしまって



けれども、一度記憶の破片が零れて来たら残りの破片が気になってしまって。



キーワードは、二つ。



一つは鈴虫の声。



もう一つは、何かの歌。



不確かな曖昧は記憶にプレッシャーをかけて、余計に蓋をしてしまう。



鈴虫と歌が思い出せと訴える。





歯車が幾つか、足りない。










木で出来た机にもたれ掛かり、椅子をギシギシと煩く軋ませて先生の話しが終わるのを待つ。



その様は早く終われと、先生を急かしているのだか相手は子供相手のプロ。故に少しも動じてくれない。



田舎町の小学校。



そんな所に先生は一人しかいない。



だから一年生から六年生まで合わせて二、三十人を一人でみる。



また、その女性先生は一人一人に通知表を渡しながら丁寧に夏休みの注意事項、成績のコメントをするものだから尚更時間がかかる。



まだ四年生までしか通知表を渡されていない。



六年生である栞は必然的に最後の扱いになる。



茶髪の短い髪をがたがたと言う音と共に揺らす。



外ではミンミンと蝉が鳴き、欝陶しい位に太陽が晴れ渡っているのに自分達は未だ室内。



はぁ、とあからさまに溜息をつき隣の席の子に話し掛ける。



栞は早く帰りたいオーラを濃く出して隣の席に座る六年生唯一の男友達であり、このクラスの委員長でもある黒髪の少年の肩を鉛筆の尖った方で突いた。



机に両肘をあてて自分の番が来るのを待っていた少年は栞の唐突な攻撃に大して怒りもせずに「ん?」と一言だけ声にして栞のほうを向いた。



栞は自分が彼だったらきっと一言二言は相手に文句を言う。



同じ六年生男児なのにエライ違いだと再認識。



彼の方が誕生日が早いせいだろうか?



「調さん調さん。貴方の予想では後どれくらいで終わりますかね?」



調、と呼ばれた黒髪の少年はにっこりと屈託なく笑い、しかしながら彼の口から出た言葉は栞にとっては辛辣な言葉。



「後30分位ですかねぇ〜」



「えぇっ!!!なんでぇっ!?」



先程まで握っていた鉛筆を机の上に放って、椅子の端の方に座り、調に食いつく栞。



隣の席だから相手の席の机に手を置く事は充分可能。



あはは、と調はわらい正面を向いていた体を栞の居る横へと向ける。



「今四年生まで来たから長くても15分だけど」



「…だけど?」



先生の話以外に何があるのかと訝しる栞。



そんな栞に笑みを零し、調は机の上に置いていた緑色のクリアファイルから一枚の紙を取り出した。



一見何かの表のよう。



ピラピラとそれを揺らして調は栞に笑んだ。



「夏休みの間の花の水やりとニワトリ小屋のお掃除当番の日程表♪僕が通知表貰ったらすぐにお話するからね?」



にこにこ笑って嫌な事を言う友人に栞は目が点になり、思わず椅子から落ちそうになった。



不平の言葉を述べようと、栞は口を開きかけたのだけど「恵守君」と先生が呼んだ為それははばかれた。



どうせ悪い成績に溜息を突きつつ、栞は席を立つ。



「後で見せあいっこしようか?」



「絶っっっ対いやっ!」



いーっ、と力いっぱいに否定して栞は席を立った。



小走りに一直線、先生の所へ走る。



て言うか正直言うといりません。



先生は女の人特有の優しい笑みで夏休みの注意事項を話してくれる。



はい、はい、と魂の抜けた状態で栞は返事を返す。



笑顔と真顔を交互に繰り返し、そして栞の最大イベントの通知表が渡された。



渡された瞬間引ったくる様に先生から通知表を貰い、素早く席に戻った。



がたがたっ、と荒っぽく椅子に座り先程の荒っぽさとは逆に小さく小さく通知表を開く。



ただ今心拍数上昇中。



「……ぅああぁぁ…」



開いた瞬間固まり、後溜息。



家に帰ってからお母さんに怒られる事確実。



自分とすれ違いに通知表を貰いに言った調はあはははは、と笑いながら受け取った。



少しも顔に出ないから中味が読めない。



くそぅ。



さて、と教壇の前に立った調は例の当番表を片手に持ち皆に言った。



「えーとね、夏休みの間のお花の水やりとニワトリ小屋のお掃除、ご飯当番なんだけどー……一学年五日交代で行こうと思ってます。」



ミンミン鳴く蝉の音を背後に教室は蒸し暑さが増す。



窓を開けていても暑いものは暑い。



通知表を手にし、後は帰るだけの教室はダラダラダラダラと。



そんな中一人爽やかな調を見て栞は羨ましくなった。



暑さと上手に付き合っていけるその方法を是非とも伝授してほしい。



それでねー…と調が細かい事を説明しようとした時、「面倒臭いー」の声が一つ聞こえた。



声のした方へと栞が顔を向ければ右斜め前の低学年男女。



低学年っぽい言い草で夏休みの学校登校を拒否しようとする。



「イインチョー、週に一回水やってご飯あげればいいんじゃないですかー?」



一人そう提案すれば次々とそれに賛同し始める。



栞は特に賛成するわけでなく、むしろそれより委員長である友の顔色を伺う。



ちらっと教壇の方へ目を向ければ調は黙って笑顔で皆の雑談を聞いていた。



一通り聞き終え、皆の考えが理解出来たら口を開いた。



「そうだねー…………じゃあ皆もそうする?」



委員長の静かな、それでいて有無を言わさない理解不能な言葉にクラスは静まる。



表情が変わったクラスメイトに少しも同じず調は更に笑顔を貫き通す。



「皆にも一週間分まとめて水とご飯あげるからさ、それで生き延びてごらんよ?この暑さで水が変になろうがご飯が腐ろうが知ったこっちゃないもんね?」



もう充分調の言葉は理解出来ていて、調自身もそれを理解しているハズなのに「だって」と更に笑顔。




「面倒臭いんだもんね?」




その笑顔にクラスが真冬に戻ったのは言うまでもなく。


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