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しろい森

作者: うろ




 森を歩いていた。まっさらなスケッチブックと、2Bの鉛筆を持って、いつの間にかユキノは、森を歩いていた。

 学校の裏に面した森である。さわさわと、学校から森のむこうへ、風が吹きぬける。

 ずいぶん歩いた先に、広い湖が現れた。風にさらりと吹かれると、水面はこまかくふるえては、きらきらと光を反射して、じつに美しい。

 うまい具合の岩を見つけて、ユキノはそこに座りこんだ。スケッチブックを開きかけて、やめた。ただぼんやりとながめて、この場所こそが、自らの安息の地であり居場所であると、ユキノはひそかに確信する。

 ふいに、ひっそりと、ユキノの隣に誰かが座った。ふかみどりの上着を着た、大柄な男だった。ああ、とユキノはひとり合点する。彼もきっと、安息を求めてやってきたのにちがいない。

 教室の窓から見える、あまりにも静謐なこの森は、息の詰まる現実を生きる雪乃には、夢に見る安息の地に思えた。きっとあの森で、私は安心と休息を得られるに違いない。思って、気が付くと、窓から見下ろすばかりであったその森を、ユキノは歩いていたのだ。

 逃げてきたのかい、きみは、と、なんのまえぶれもなく、男は言った。こもった声だった。ユキノは、なにも言わずにうつむいた。男は気にすることなく、ジャンパーのポケットから煙草を取りだして、くわえた。そこでユキノは、男が口まわりに白髪混じりの髭をはやしていることに気付き、同時に、その特徴的な髭が、毎日校門前に立つ警備員のおじさんのものであることを思い出す。

 男はすっと音をたてて、火の点いていない煙草を吸った。ふうと吐いた男の息は、まっしろい煙をまとっていた。男の手元の煙草も、いつの間にか先端から煙をくゆらせている。

 ええ、とユキノは驚く。それ、どういう、どういうしかけなんですか。男は、ああ、これは、と煙草を軽く持ちあげる。これは、とくべつな、煙草なんだ。とくべつな、煙草。復唱したユキノに、男はうなずく。この煙草は、酸素をつくる煙草なんだ。えええ、とユキノはさらに驚く。それ、酸素なんですか。ああ、酸素だ。しごく真面目な顔で、男はうなずく。

 おじさんも、逃げてきたの、と、ユキノが聞くと、男はいんやと首を振った。わたしの本職は校門でなくこの森の警備員だ。そう、とユキノは応えて、私はここにいて大丈夫なの、と聞いた。男は、んん、とうなって、よくはないが、大丈夫、とぼそぼそと答えた。髭のせいなのか、くわえたままの煙草のせいなのか、ことに聞き取りづらいのだった。

 ときにきみには、と男はしろい酸素を吐く。きみには、酸素が足りん。ぼそりと言って、しろい酸素をさかんに吐き続ける。ふう、ふうふう。ふう、ふう。しろい酸素はいつしか、ユキノと男の周囲にたちこめて、森が、ぼやけていく。ふかく呼吸をして鼻腔をみたすのは、ほうわりとした、みずみずしい、森特有の香りのみで、なるほどたしかに、それは酸素であるらしかった。

 ずっと、ここにいていいですか。ユキノがうっとりとした声で言うと、男は、大丈夫だが、よくはない、と言った。かえらなきゃならんよ、きみは。そう言ってしろい酸素を吐くのを、やめた。

 ここはきみの、居場所ではない。

 森がざわめく。

 そんな、まさか。強い口調で、ユキノは言った。ここは私の居場所です。

 ざわざわ、ざわざわ。湖の水面が、大きく波打つ影が見える。

 いんや、と男は首を横に振った。ここはきみの逃避場所だ。いつでもやって来ればいい。だけど、居場所になんざ、しちゃあならん。

 ざわざわ、ざわざわ。どよりとした、おもくるしい、森特有の香りがする。

 酸素は足りたろう。きみは、

 ざわわっ。ひときわ強い風が向かいから吹いて、ユキノはとうとう、男の言葉を聞きそこねることになった。風に吹き飛ばされたのである。スケッチブックと、2Bの鉛筆も、てんでばらばらにふきとんでいき、森をぬけ、森をぬけ、森をぬけた先の、裏庭を抜け、校舎の窓を抜けて、窓際に座っていた雪乃に、するりと入ったのである。

 シャープペンシルの芯が折れた。はっとした雪乃が、視線を下に向けると、数式の並ぶノートの余白に、湖が描かれていた。静謐な森に隠された、それは広くて美しい、湖である。

 雪乃は小さく深呼吸をする。今日の帰りには、校門に立っているはずの男に、聞きそびれた言葉を聞こうと決める。





 思い切って童話を募集していた所に送ってみたけど落選したもの。送る前から分かってたよ。ちっくせう。



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