3.
魔法学校と一口に言っても、もちろん色んなところがある。
他の魔法学校との交流というのも全くと言っていいほどないのだけれど、噂ぐらいは耳にする。わたしの地元では、魔法学校はふたつ。こことは結構離れた場所のどこかにひっそりと存在するらしい。だけど、それを知る機会なんてない。場所は公にされないのが普通なのだ。知っているのは、近所に住んでいる人だけ。そういうものだった。
わたしの通っている……というよりも、住んでいるこの学校は、ホームという名前だった。ホーム、つまり、家。そのままの意味で、わたしは理解している。わたしだけではない。きっと、多くの生徒が、同じことを思っているはずだ。
でも、まあ、それにしても、この家は結構厳しい。補習常連者のわたしには特に。
「魔法、超能力、念派をコントロールする力は、ちょうど走ったり、投げたりといった運動するエネルギーと同じようなものです!」
力強い声がグラウンドに響き渡る。今もわたしを苦しめて止まない特別補習の真っ最中だ。教科は、魔法実技。受けているのは、わたしを除いて、十人。わたしのある意味のライバルのアンナ、クラスにおいて暴走少年と言う名のつくホムラ、引っ込み思案な少年イヅミ、アンナと同じくわたしの親友で、クラスのアイドル的存在でもあるエリカ、静電気ばかりをつくる静電気少年ハヤト、心優しい仏のような男の子カズマ、神秘的なのにどこか不安げな女の子ナルミ、クラス一の美少女アリスちゃん、アリスちゃんにお似合いの美少年アキラ君、そして、頭はいいのにそれが成績に結びつかない女の子レオナだ。
「まだ自分の魔法について掴み切れていない人も多いだろうけれど、諦めずに挑戦し続けていけば、ふと、掴みとる瞬間が訪れるかもしれません」
わたし達の前に立ってそう響き渡る声で話すのは、魔法実技のアヅマ先生。彼は、体育も担当している、典型的熱血漢の先生である。
「先生も、自分の中の《火》を掴みとるまでに、五年かかりました」
燃えたぎるような力強い声は、わたしの耳の中から熱を送りこんでくるみたいで、それだけで運動した気になってしまう。
「だから、自分はいつまでたっても《白》を返還できないからといって、落ち込まずに、少しずつ特訓していくことが大事です」
《火》だとか、《白》だとか、これも魔法学校ならではの評価だということを、わたしは最近知った。
魔法学校に入学してしばらくすると、生徒は魔法実技の基礎魔法五種類の授業を受けて、それぞれに見合った評価を称号として受けることになる。評価は、基本的に《火》、《水》、《木》、《風》、《雷》、《土》の六種類で、ほとんどの生徒はそのどれかを、特殊な生徒はその複数を称号として授与される。
でも、中には、わたしみたいにどの成績も同じくらい悪くて、そのどれもの称号を受ける資格を持てない生徒もいる。そんなわたし達に授与されるのが、《白》という称号。学園の雛鳥。蛹になる前の青虫。何が生まれるか分からない卵。色んな呼び方があるけれど、《白》を授与されている生徒は、その誰もが不安とともに学園を過ごすことになる。
特訓しているうちに、どれかの成績があがれば、《白》は返還されて、新しい称号を得ることが出来るのだが、わたしはまだ《白》を返還出来ていない。
わたしだけではない。アンナ、エリカ、アリスちゃん、アキラ君、レオナは、わたしと同じ立場にいる。つまり、《白》を返還出来ていない。
同じ補習受講者とはいっても、やっぱり、わたし達《白》を受けている生徒たちと、《火》を受けているホムラ、《水》を受けているイヅミ、《雷》を受けているハヤト達とは薄っすらとした壁があった。それどころか、カズマやナルミに至っては、同じ空間で勉強していることすら不思議なくらい、同じにみえて違う事をしていた。何をしているのかはよく分からないのだけれど、《白》の生徒のわたし達がやっていることとは雲泥の差であることは間違いなかった。
「では、《白》の人達はこっちへ、後の人達は自分達の課題を時間一杯やりなさい」
アヅマ先生の掛け声とともに、わたしは《白》の仲間達が集まっている場所へと向かった。魔法実技の補習はいつも同じことをして、いつも同じ結果に終わる。ここへ入学して以来いつもだ。段々と減っていく仲間に何度焦りを感じたことか。
わたし達が向きあうのは、小さな機械。ただ計測器と呼ばれるだけの手に持ちやすい形の機械。これを思い切り握りしめて、計測してもらうだけの補習。
「これだけであたしの時間が消費されているって思うと、ほんと腹立たしいわ」
アンナが計測器を握りしめて心底面倒くさそうにそう言った。
「数値はどんな感じ?」
わたしの問いに、アンナは計測器をしばし見つめ、そしてぶんぶん首を振った。
「《水》、《雷》、《風》、《木》、全部〇、《土》が七、《火》が十二かな」
ちなみに、《白》を返還するために必要な数値は、六十。今のところどれも十を越していないわたしにとっては、気の遠くなるような数値だ。
「マル、まだ計ってないんじゃない?」
アンナに手渡された計測器を手に取り、わたしはじっと手の先に、全身の神経を研ぎ澄ますように、意識を集中させた。ぴりぴりと軽い電流のようなものがわたしの全身を駆け巡っているのが分かる。いや、これはもしかしたら、血流なのだろうか。やり方は、物心ついた頃から変わらない。物を動かしたり、他人の気持ちを読み取ったりする時と同じで、言葉で説明出来ない方法。歩き方、目のつぶり方というよりも、スキップの仕方、ウインクの仕方にちょっと似ているかもしれない。
ともかく、言葉に出来ない方法で、わたしは集中しなければならない。余計なことを考えてはいけない。でも、そう思えば思うほど、ダメだ。簡単なようで難しい。考えちゃダメだ。考えちゃダメだ。
『そう思っている時点で、考えているんじゃない?』
声がした。これは、バツの声。バツの声はわたし以外の誰にも聞こえていないらしい、わたしだけの友達の声。この声が誰なのか、どうしてわたしにだけ聞こえるのか、あまり考えたことはないけれど、バツにはいつも助けてもらっている。
でも、たまに彼は余計な声かけもしてくれる。
一瞬だけ意識が途切れた。気付けば、計測器がわたしの手からぽろりと落ちて行って、地面にぶつかっていた。からんと軽い音を立てる計測器。いつもは青く点灯しているランプが、赤く点滅しているのをじっと見つめていると、傍を離れていたアンナがすぐにまた駆け寄ってきた。
「どうしたの? 大丈夫?」
わたしはその言葉でやっと、計測器を拾わなくてはいけないことを思い出した。
赤い点滅。エラーの報告だ。
「大丈夫? 代わりの計測器取って来てあげようか?」
アンナが心配そうにわたしの顔を見ていた。そんなに心配するくらいの顔をしているのだろうか。血の気が引いている? よく分からない。
『ほらね、失敗した』
「マル?」
アンナの大きな茶色の目が、わたしの瞳に映っていた。その吸い込まれそうな目を見つめていて、わたしははっと我に返った。
「大丈夫。自分で持ってくる」
慌ててわたしはそう言った。




