2.
目を開けてみて、わたしの頭はぼんやりと目つきの悪い黒猫の顔を憎らしく思った。そして、しばらくその目に見つめられ続けて、しだいにそれに話しかけられていることが分かってきて、鬱陶しくなった。さらに時間が経つと、それがわたしの仲間のゼロであり、わたし達を心配しての行動であったことを把握して、少し申し訳なく思った。
わたしは起きあがった。すでに、エリカは起きていた。場所は、さっきの化け物と戦ったあの場所から少し離れた場所。巨大な多肉植物の傘で影になっている場所で、わたしはふわふわする砂の上で寝かされていたのだ。
辺りを見渡して、わたしは首を傾げた。
「あの化け物は?」
「こいつのこと?」
ゼロはそう軽く答えると、喉をごろごろとならした。すると、わたしからちょっと離れた場所で砂埃が舞い始め、なんとさっきわたし達を襲ってきたあの化け物が出てきたのだ。しかし、さっきとは違って、こっちに向かってこない。化け物はどこが目で口で鼻なのか分からないような顔で、わたし達をじっと見つめていた。
「彼は砂漠の番人。辛うじて、俺の事を覚えていてくれたわけだね」
その言葉を聞いた瞬間、初めて全身の力が抜けた。
ならば、助かったのだ。本当に、命を奪われることもなく、もう二度とこいつと戦わずに済むのだ。そう思うとすごく気が楽だった。それくらい、この化け物は恐ろしかったし、他の魔物達とはまったく次元の違う生き物だった。
番人と言われているくらいだから、当り前か。
『番人ってちょっと気持ち悪いのね』
バツの無遠慮の言葉も相変わらずだ。実際にわたしの外にいる人物じゃなくてよかったって思うことがたびたびあるのよね。まったく、この子はどうしてわたしの中にいるのかしら。そんなことを思っていたら、番人がちらりとわたしとエリカを目に映して、首を傾げた。
「ニンゲン……? ゼロのともだち……? だいじょうぶ?」
片言の幼い声だった。
どうやら、わたし達に襲いかかったことを悪く思っているらしい。その心配してくれる優しさがとても奇妙で面白くて嬉しかった。見た目はたしかに化け物だけれど、その中に眠る魂は、どこまでも真っ白なのかもしれない。
「ちょっとびっくりしちゃったけれど、もう大丈夫よ」
わたしは出来るだけ落ち着いた声で、番人の声に答えた。どこに口があって、どこから声が出ているんだろうとかは、もう考えなくていい。考えれば考えるほど、疑問は芋づるように絡まって出てきて、どうしようもなくなってしまうかもしれない。
わたしはゼロを見た。ゼロは番人の傍でしっぽを叩きながら、何か考え事をしているようだった。彼が何か言わないと事が先に進まない気がしたけれど、急かしても仕方ないことなので、わたしは彼が口を開くまで待つことにした。
「久しぶりだね、まさか、こんなに大きくなんて思わなくて、正直びびったよ」
ゼロは苦笑を浮かべて、じっとその化け物を見つめた。
いつも思うけれど、やっぱり猫の笑みって不敵でたまに怖い。でも、今日のそのゼロの笑みは、いい意味での不敵さが出ていて、わたし的にはすごくきゅんとした瞬間だった。ゼロはさっとわたし達へと視線を移して、言った。
「紹介しよう。この大きなミミズみたいな子はホノカ。こんなおっかない姿をしているけれど、このオセロットの街を守るために存在するしっかりとした番人だ。ホノカ、紹介しよう。こっちの細い女がエリカ、そして、この猫のような眼をしている女がマルだ」
「エリカ……マル……」
呟くように繰り返すそのホノカとかいう化け物の声は、姿に似合わずとても可愛らしくて、世の「子ども」という存在にぴったりな波長を持っていた。少なくとも、わたしはそう感じたんだ。他の人が聞いても、可愛い声なのは間違いないはずだ。
『それは同感だよ』
バツも言えば、ほぼ間違いない。わたしとバツは一緒であって、ほぼ正反対の存在。だから、ふたりが同じことを言うってことは、だいたいの人も同じことを感じていることだったりすることが多いのだ。
ともかく、わたしはほっとした。今でこそわたしがばててたから休んでいたわけだけれど、ホノカが襲ってきた外敵ではなく、オセロットの番人。それだけで、むしろ疲れてくるぐらいほっとした。緊張がほぐれたというのが正しいのかな。よくわからないけれど、そんな感じ。ともかくわたしは、やっとオセロットの地に踏み込めるという確かな気持ちを胸に宿すことができたわけだ。
『そのオセロットが一番怖いんだけどね』
それは……バツの言うとおりだった。




