7.
猫ばかり潜んでいるこのゼロの故郷である村は、本来リヴィアという名前を持つらしい。だが、国王によって授与された名前はピグミー。だから、ふたつの名前をこの村の人達は使い分けているらしい。
ゼロは、完全にリヴィアとしてこの村を紹介していたが、若い猫の多数は、ピグミーという名前を使っていた。考え方の違いなども影響しているんだろうな。
『自分達の伝統を重んじているか、どうかってことだろうね』
ゼロは別に自分の村をピグミーと紹介する者の事については何も言わなかったが、村人の中には、ピグミーと呼ぶ者に皮肉を言う者や、逆に、リヴィアと呼ぶ者を古臭い人と笑い物にする者もいた。
たった二日くらい滞在していたわたしでさえもそんな状況を目にする機会があったのだから、本来はもっと深刻なのだろうなと思ったくらいだ。わたしの学園では、こんなことあっただろうか。考え方の違いが衝突を生むことくらいは知っていたけれど、この村ではそれが人と人との関係どころか、時に誰かが自分の思考さえも押さえつけかねない状況を生み出してしまっているんだとゼロは言っていた。
もとはと言えば、国王がそれまでのこの村の伝統を尊重せずに、ピグミーという名前を授与したのが悪いんじゃないかって思うのだけれど、ゼロもエリカも国王を責めることはなかった。
『ボクもだね。国王はただ闇雲にダメだって言っているんじゃないんだと思うよ』
どうやらバツもそうらしい。
わたしには見当もつかないけれど、どうやら三人とも、慎重にものごとを考えるタイプみたいだ。
「国王陛下がこの村にリヴィアの名前を認めてくださらなかったのは、カチュア国の北側にある別の村のせいなのさ。そこの村の名前なんて言いたくもないが、国王陛下はその村の名もまた、村に伝わる独自の村の名前ではなく、タイニーという名前を与えたのさ。ピグミーに、タイニー。もともとはお互いがお互いの村の名前を認めたくないために、勝手につけた名前だ。それを国王陛下は敢えてお互いの正式名所にしてしまった。まあ、喧嘩両成敗って言う奴だ。我がリヴィア村と、そのタイニー村は、宗教的な問題でよく対立していたからね。守り神の違いから」
「信仰の違いってわけ?」
エリカの問いに、ゼロは頷く。
「向こうは白獅子を祭る村、こちらは白虎様を祭る村でね。神話によれば、この御二方は仲が悪かったらしい。だから、村の者たちも敵対しているというわけさ」
「神話で村全体の交友関係が決まっちゃうの?」
わたしには信じられない話だったけれど、ゼロは苦笑しつつ頷いた。
「そういうものさ。中には、ちゃんとした理由も知らずにお互いの村を敵視ている村人もいるだろう。……いや、多くはそういう奴らかな」
「ゼロも、その……タイニー村は嫌いなの?」
エリカの問いに、ゼロはにやりと笑って頷いた。
「俺はこの村の神、白虎様を敬愛しているからね。タイニー村の連中が、その白虎様のことを穢そうとするのなら、許しはしないさ」
思ったよりもはっきりとした返答だったので、わたしはその雰囲気に少し圧された。学園では決まった宗教とか信仰とか特に気にした事もなかったし、それらが対立している現場をこの目で見たこともなかった。
だから、わたしは、はっきりとタイニー村の信仰に敵対心を抱くゼロのことが、少し怖いと思ってしまった。
『どうして怖いの? マルは白獅子を信じているわけでもないのに?』
バツはそう言った。そう、わたしは別に白虎を穢すつもりも、白獅子に味方するわけでもない。けれど、対立というものに慣れていないわたしは、どうしてもそれを怖いと思ってしまうわけだ。
「でも、オセロットでは、そのタイニー村の出身の人も居たでしょう?」
エリカの問いに、ゼロはにやりと笑んだ。
「もちろんさ。だから、村の外では信仰の話は基本的にはしないことになっている。いちいち対立していたらきりがないからね。タイニー村の奴らも同じようにしているらしいね。信仰の話さえしなければ、彼らとはうまくやっていけたものだったよ」
ゼロは懐かしむような表情でそう言った。その表情の向こうにある心境なんて、わたしには想像もつかない。でも、傍から見る限りでは、そうそう悪い物ではなさそうだった。
「いまはどのくらいの人がオセロットにいるんだろうね。俺ははやくに脱出してしまったから、別れの挨拶も疎かにしてしまったのが気がかりだな」
わたしは……わたしも、そのことに関しては、ゼロに少し似た心境かもしれない。わたしだけじゃなくて、エリカも。学園では、どうなっているのだろう? 今頃、わたしとヒメと行方不明になっているんじゃないだろうか。先生もクラスメイトも心配しているだろうなと思う。あと、いきなり、わたしとエリカがいなくなって、アンナは大丈夫だろうか。そして、アンナのサポーター猫も大丈夫だろうか。
色んな心配の連鎖が、わたしの頭の中で起こって、ぐるぐると車輪のように廻っている。
『今は今できることを考えるべきだよ』
バツの声がして、わたしの頭の中で廻っていた思考の輪が、動きを止めた。
「ふう、こんな話をしても意味がないな。まずは、明日からのことを考えるべきだ」
ほぼ同時にゼロも同じようなことを言った。
明日。とうとう、このピグミー(リヴィア)村を去って、オセロットに向かう旅が始まる。バツによれば、城下町からこの村までよりも結構な距離があるらしい。馬車でもあれば少しは楽なのだが、そんな当てはあるはずもない。
長旅になる分、必要なものだけでもかなりの荷物になる上、この先は魔境とも言えるべき森。魔物に出くわさないとも限らないのだとゼロは言う。
「どうしよう、あたし達、全然魔法使えない魔法使いなのに」
エリカの嘆きはわたしの嘆きである。わたしに出来るのは、せいぜいテレパシーとささやかなサイコキネシス。たしか、エリカもわたしと同じくらいだったような気がする。そんなわたし達が、一国を傾けようとするほどの存在を倒しに行くと言うのだから、本来ならお笑いものだ。それに真剣に協力しようとするゼロは、どういうつもりなのだろう。
ゼロは真っ直ぐな瞳でわたしとエリカを見比べ、首を傾けた。
「そうかな。俺には君達の魔力を強く感じられる」
「まさか」
わたしは思わず反論した。
「そんなわけないよ。《白》を返還出来てすらいないのに」
「……《白》?」
ゼロは不思議そうにそう繰り返したが、すぐに気を取り直して、言った。
「ともかく、魔力はそれなりにあるはずだ。俺が言うのだから間違いない。ただ、目覚めていないだけなのだろう。そう焦らなくても、いつか目覚める日が来るはずさ。それに、この辺りの魔物はそんなに危険ではないから、そう力まなくたって大丈夫だ」
『本当かなぁ?』
バツがさも疑わしそうに言った。魔物が危険でないということに関してだと言う事はすぐに分かった。だいたい、魔物と戦うなんて、想像も出来ない。魔物どころか猛獣に襲われたこともないのに。
不安は募るばかりだけれど、どう不安がっても、出発は明日。
気を引き締めて、明日からの旅に備えてゆっくり休むのが、今のわたしに出来ることだとわたしは一人納得していた。




