1.
黄金の波がわたしの前を駆け巡っている。わたしにとってそれは、初めて見る光景だった。何度か海に行ったことがあるけれど、この光景は、ちょうど海のつくりだす波にそっくりだった。ただ、青が黄色になっただけ。藍色が黄金へと変わっただけ。波を作り出しているのは、風だった。背丈の高い草花が群生していて、それを風が撫でていく光景はよく見ていたつもりだったけれど、こんなに綺麗だって思ったのは、初めてだった。
これは、何だろう?
見渡す限り、黄金。わたしを取り囲むすべてが、黄金。腰くらいまであるその植物が、わたしを包み込みながら、波をつくっている。それは、すごく心地よいことだった。音、色、匂い、そして感触、すべてが好みだった。頭が真っ白になるくらい。何も考えたくなくなるくらい。この場所が、気に入ってしまった。
『マル? しっかりして』
バツの声がする。しっかりって何だろう。これは夢じゃないの? そうだ。わたしは、どうしてここにいるんだっけ? 辺りの景色が余計わたしを混乱させる。こんな場所、わたしは知らない。そもそも、ここに来る前、わたしは何をしていたんだっけ?
『鏡だよ』
バツの一言。鏡? 鏡がどうしたっていうの? 鏡? その言葉が妙に頭に引っ掛かる。鏡。鏡……。
「あ、あの鏡……!」
やっとわたしは思い出した。突然発したわたしの声にびっくりしたらしく、バッタのような生き物が四方に跳ねていく。こんな場所、わたしは知らない。わたしを取り囲むのは、どこか知らない場所。でも、ここがどこなのか、わたしは少しだけ察した。
「ここって……鏡の中?」
『たぶんね』
バツの声は落ち着いていた。どうして落ち着いていられるんだろう。すごく不思議だった。鏡の中の世界なんて、考えたこともなかった。そんなおとぎ話なら、図書館かどこかで読んだ記憶はあったけれど、本当にそんな場所に迷い込んでしまうなんて、思いもしなかった。だって、あり得ないじゃない。
『でも、現に今』
本当にここは、鏡の中の世界なの? 信じられない。学園内からいきなり、全く知らない場所へと迷い込んでしまうなんて、想像もしてなかった。
『ひょっとして、モモ達も……?』
バツの言葉に、わたしははっとした。そうだ。あの鏡。モモかもしれない猫の足跡がいっぱいあった。彼女もまた、何らかの理由で鏡を覗き込んでいたとしたら。そして、今のわたしのように吸い込まれていたとしら。
『ここにモモも居るかもしれないね』
バツの声に、わたしの心が少し晴れた。それにしても、ここは一体どこなんだろう? このままぼうっと突っ立っているわけにもいかないのだけれど。
『ともかく、あっちの方向に歩いてみようよ』
バツの言った「あっち」とは、多分、わたしの目線の先のことだろう。よくよく目を凝らせば、町のようなものがある。見慣れない建物に、見慣れない風景だけれども、ともかく人がいるのは期待できる。行ってみないわけにもいかない。
黄金の波の中を、わたしはゆっくりと、慎重に、歩き出した。




