第二話 ヴァネッサの日記15歳
血の臭いがこびりついた薄暗い地下牢獄に手足を繋がれている私の人生を、幸福だと思う人間は少ないだろう。
逆に、高等な教育を受け、多大な富を持ち、周囲から羨望の眼差しを一身に受ける姉の人生を、幸福だと思う人間は多いのかもしれない。
だが、私は姉のことを非常に憐れに思っている。彼女はまるで楽園のエヴァだ。彼女はまだ何も知らない。彼女が今抱いている幸福が、全て虚偽であるということに気づいていない。彼女はいずれ知ることになるだろう。この世界がどれだけ腐乱に満ちているか。そして知ったとき、彼女はきっと自ら楽園からの追放を望むだろう。
それまで私は貴女を見続ける。この薄暗い牢獄の中で――
私は、何故狂気に身をゆだね、獣のように思考が破棄される瞬間が自分にはやってこないのかが不思議であった。
私に死ぬことは赦されなかった。今までに、数え切れないほど、それもこの状況で実現しうるすべての方法をもってして死のうとしたがそれは出来なかった。どんなに惨めで苦しい死に方でも、生きているよりはマシだったが、私は生きていた。自分の手で首を絞めたり、地下室の泥を飲み込んで窒息しようとしたり、爪で血管を掻き毟ろうとしたが、それを実行に移す素振りを見せるや否や、鉄の足枷から身体に電流が走り、私を気絶させた。飢えで死のうとしても、一定時間を過ぎると、顔がぐちゃぐちゃに潰されたたちがやってきて、味のしないパンや、クリスの“のこしもの”を無理やり口に放り込んだ。
私のいる場所。薄暗い地下牢に私はいた。薄暗い中でもひとつだけ灯りが灯っていた。それはモニターであった。ちょうど私には手が届かないくらいの場所にそれは備え付けてあった。モニターには、幸せそうなクリスが映っていた。
最初にそれを見たときはクリスの無事に安堵した。そして助けを来る日も来る日も叫び続けた。クリスはきっと私を探し出してくれるはずだ、そう私は信じていた。だが、クリスはそんな私のことは忘れたように、あの男!あの悪魔の男になついていった。純朴なクリスがあの男を慕っているのは誰の目にも明らかであった。私の涙は次第に枯れていった。
あぁ、そして私のクリスに対する想いが、好意から憎しみへと変貌した決定的な出来事は、私に月に一度出される豪華な食事が、クリスの食べ残しだと知ったときだった。そのとき私は怨嗟の叫びを上げ続けた。美しい金色の髪をなびかせながら、屈託のない笑みを悪魔に向け続けるあの雌豚の臓腑を食いちぎってやりたい衝動に襲われた。
――赦せない!赦せない!!!あぁ!私をここから出せ!!あの女を!あの女を八つ裂きにしてやる!!!あぁあああああああああああああ!!!!!!
幸福など、たちの悪い幻想に過ぎないことを私は知る。無垢なままでいることは、無知なことと変わりない。私は暗色の地下牢、まるで害獣の腹の中で生きながらに溶かされていくような苦痛に精神を歪ませながら、ただ泣き喚いた。