序章―悪魔の日記
残酷描写が含まれておりますのでご注意ください。
序章―悪魔の日記
――それは、私にとってまさしく幸運なことであった。
数日前、『真珠の都』で大規模な災害が起きた。街全体で、生存者よりも死者の数が多い悲惨極まる災害であった。私は報せを受けてから、すぐに全ての予定をキャンセルして現地に飛んだ。この私の行為を勇敢であると、浅薄な記者たちは讃えるだろう。そのような打算もなくはなかったが、本当の目的は他にあった。私は【娘】を探していたのだ。
だが、その【娘】は私の血を引く娘ではない。私は子供を作るという行為に酷い嫌悪感を持っていたからだ。この世界は害獣の臓物の中にいるように、耐え難い腐臭が満ちている。そんな世界に子供を産み落とすなど、まるで正気の沙汰ではない。
しかし、いかに蛆の苗床のような世界とはいえ、際限のなき祝福を贈ることで、人間は幸福を享受できるのではないかという疑問も残っていた。あぁ、そうだ。私は【養女】を探していたのだ。己の運命に絶望し、嘆き悲しみの底にいる子供が必要だったのだ。
――それは、彼女らにとってまさしく不運なことであった。
真珠の都は観光名所として栄えた面影はなく、煉瓦に彩られた街路は崩れ、美かった彫刻の数々は石クズと化し、瓦礫の山の中からは、絶えず呻き声が漏れ出していた。都全体に張り巡らされた水路は死体で溢れかえっていて、透き通っていた水は赤黒く濁りきっていた。
まさしくこの場所は地獄と呼ぶに相応しい。変色しきった空に、屍を貪りに来た黒鳥が喚く。教会に行けば悪魔に会えそうな状況だ。何の慈悲も救いもない。
このような場所に、果たして私が求める者が残っているだろうか。
周囲は死体だらけだ。まだ生きている者もいるが、時を待たずして死者となろう。この場所に生命の尊厳などは存在しない。この世に存在する全ての物には等しく価値が無いとでも言いたげなように、この場所では死者を嘆き悲しむ者はいない。都市が死ぬとはこういうことだ。幸福もないが、悲哀もない。
――やはり無駄足だったか。
だが、そう諦めかけたとき、私は見つけてしまったのだ。崩れた教会の中でうずくまっている影を。衣服は擦り切れて汚れきっており、肌は擦り傷だらけだ。だが、丁寧に介抱し、癒し、整えれば、それは美しく艶やかな白色の肌となるだろう。年齢は7,8歳だろうか。きちんとした教育を受けさせればそれなりにものになる。簡潔にいえば、わたしが求めていた存在だった。
天使が傷つき汚れにまみれ、廃墟となった教会で蹲る光景。その心は未だ神に対する忠誠を誓っているのか、それとも無慈悲な神に対する絶望の闇を抱えているのか。それは、ある種の宗教的な神秘性を持つと同時に、激しく庇護欲と嗜虐心を喚起させる光景であった。
――あぁ、だがなんということだろう!
その光景を目にした瞬間、わたしの心を悪魔の考えがよぎったのだ。わたしは自分に対し恐れおののくと同時に、これ以上になく満ち足りた笑みを漏らしていた。果たしてこれは誰の采配か。神の御業か、運命の女神の気紛れか、あるいは悪魔がわたしに微笑みかけたのだろうか?
あぁ、わたしは蹲る影に対して両手を差し伸べねばならなくなった。
――彼女らは、双子だった。