・第六話 突然の入隊 ~Engagement soudain~
艦内は僕の思ったよりも狭く、幼少期に見たロボットアニメの艦内とはやはり全くと言っていいほどの違った場景が目に入る。
戦艦の内部構造は複雑至極極まりなく、僕らのような新規乗艦者にはスタンプラリー方式で艦内通路を覚えさせられた。この方法は他の戦艦でも行われている様だが超大型艦に限定されるらしい。
なにしろシズナ(呼び捨てでいいらしい、シノハラいわく)全長298メートル、全幅41メートル、乗員約3500名で艦の中も色々と仕切られ、似たような部屋や張り巡らされた通路と迷子になる要因は山のようにあるわけだが……
(まさかスタンプラリーとはね……)
弾薬庫にもお邪魔させてもらった。
中には多数の砲弾などがいつでも装填可能なように置かれていた。通常、砲塔脇のハッチからクレーン
を使用して砲弾を弾庫まで下ろして搬入しているそうだが僕にはさっぱりだった。
そうして司令部などを回り、小規模な戦艦一周ツアーをシズナとササナカと供にささやかな終幕を迎えた後、悲劇は訪れた。
疲れたので3段ベッドの兵員室で寝ていると……
「おい、起きろよ」
「はぁ?」
眠い。
周りはもう漆黒の空間。
微かに兵員室の小さな窓から望む月は丸い湾曲を奇麗に描いて見えた。
3段ベッドの一番上を寝床にしていた、ササナカはその下の2段目だ。
声に反射的に反応して周りを見渡すとササナカがベッドの脇から顔を覗かせているのが見える。
室内右の壁に掛けられた時計を見ると午後三時に短針を重ねたところだ。
「こんな時間になんだよ……」
「おいレンちゃん、あれ見ろよ」
お得意のニタニタ笑顔で指差す先には通路を挟んで第一将官室。
なにか扉の隙間から連続してフラッシュすると光と少女らしい声が聞こえてくる。
「あれ、なんだ? 誰かいんのか?」
「普段なあそこの将官室は使用してないはずなんだ。シノハラから聞いたよ」
「ならどういうことだ?」
「それを確かめにいくんじゃないか!」
ササナカは目をキラキラと輝かせ僕の手を強引に引っ張った。
「おい、危ねぇって」
ここは3段ベッドの上だ、無理に動こうものなら落下は免れない
「じゃぁ早くしろレンちゃん」
そう言ってそそくさとベッドのはしごを降り始めた。
僕も多少の好奇心というものが心の中に宿りつつあったので服装を整えてはしごを降りた。
出来るだけ互いの気配を殺して廊下に出てその例の怪しさムンムンの部屋の前まで来る。
「おい、本当に大丈夫なのか? 覗いたりして」
「レンちゃん……何を言ってるんだ。互いにここまで来た仲じゃないか、今更何をおっしゃるんですか」
「ここまで来たって、ほんの5メートル歩いただけじゃねぇか」
会話終了。
妙な緊張感の中、ササナカが
「おじゃましまーす!」
ドアノブに手を掛けると同時、大声で大きく扉を開いた。
……何やってんだコイツッ!
「おいササナカ! 今までのコソコソ不法侵入者の如くな歩調の意味丸潰れじゃねぇか! 」
「おいおいレンちゃん、日本語がよくわからない事になってるぜ、それより……」
と指差す開けた部屋の先には、
シズナ少尉!?
なんでゲームやってんだアンタ!
「少尉様もゲームをおやりになられるので御座いますか」
ササナカが冗談交じりに指摘すると。
「うん! するにきまってるじゃないか」
認めた。
ダメだコイツ!
「お前たちもする? ファイナル○ァンタジー13」
「しねぇよっ! てか勧めるなよ! あんた一応将官だろ」
よく見ると周りにはゲーム漫画ゲーム漫画ゲームゲーム漫画ゲーム漫画ゲームゲーム漫画ゲーム漫画ゲームゲーム漫画ゲーム漫画ゲーム――
「シズナン専用の部屋か?」
ササナカ、お前またそんな適当なあだ名を……
「まぁそうかもね、あそうそうこのエデンの守護騎○ナヴァタプタがたおせなくてさぁ」
「おう、コイツかぁコイツならこうして――」
どうやらこの部屋は色々な意味で終わりを告げている気がする……
ササナカもなんかノリ出したので僕はついていけず早々にこの部屋を後にした。
「それにしても本当にのんきだなぁシズナ少尉とその一味は」
僕は部屋に戻って再びベッドに潜り天井に向かい呟きを溢していた。
「その一味とやらには私も含まれているのかな?」
慌てて突然聞こえてきた声の主に焦点を合わせるとそこにはシノハラが壁にもたれ掛かるようにして
こっちを見上げていた。
「い、いや別に長官は含まれていねぇよ」
「庶民が役人に向かってタメ口か……いいご身分だ」
「……っ」
思わず口がすごむ。
「これからは私の事はシノハラでも長官でもなく大佐と呼べ」
「……どういうことだ、あんた省庁の長官だろ?」
「4月7日をもって私、シノハラ カズトシは長官を辞任。以前の戦歴から海軍本部より太平洋特別作戦任務遂行部隊第0艦隊の総指揮の任を任された。これからはお前たちの隊の隊長だ」
「第0艦隊……」
「正式な入隊の行事をしている暇は無いので申し訳ないが省かせてもらう。こんなところで言うのもなんだがお前はもう我々の仲間だ」
聞いた事の無い艦隊名だった。こういって話すということはもう俺も軍人になっちまったってことか?
なにより驚いたのがシノハラが長官職を辞任し、部隊指揮の任に当たったことだ。
通常、長官クラスともなればその恵まれたエリート街道を突き進むはずだがこの男は違う、自らの役職を捨ててまでもかつての経験からだけで海軍大佐に自らの席を移した。
僕でもわかる。
この男は栄光を捨てた。
自らの名誉、地位を犠牲にして。
「それほど私はキミたちを気に入った。この職を捨てる意味があるほどのな、勝利にはきりきりした雰囲気だけじゃ足りない。陽気さと馴れ馴れしさ、それも必要とかつての恩師から教わった。キミ達にはその気質を感じる。だから私もその一味に加えてくれないか? キミは少尉として」
この男は本気だ。
そう感じ取った僕は
「僕の目的は勝利じゃない。手をとりあって彼女を、シズキを取り戻すことだ。忘れないで下さい、隊長」
「……ふふっ、慣れないな隊長という響きは」
「こちらもですよ。一晩で将官クラスですからね、シズナ少尉に申し訳ない」
そしてササナカと同じように、もしくはそれ以上に
ギュッと強く、互いの拳を握り合った。