・第三話 私でない私 ~Je qui est-ce que je ne suis pas~
無、
絶望、
そんな単語を頭の中で繰り返し流す。「助けて―」という声も出さず。
ただ私は頭上の天井を見つめる。
冷たい床に肌を晒す。
私は身に着けていた唯一のワンピースを破るように強引に脱ぎ捨て、その狭い独房に全裸で立ち尽くした。
左腕にはナイフが直接手と入れ替わるようにして生えている。
背中からは赤に染まる透明状の翼、羽というべきか。その色は彼女の行った行為を助長するような雰囲気をかもちだしている。いつから生え出したのだろうか、私にも検討がつかなかった。
そして肌には血が大量にこびりついている、私のものか、それとも――否か。
私の眼下に転がっているものは。
屍。
そう屍、強靭な肉体を無残にミンチの如く潰した屍。そこに倒れている男はさきほどのそれ
だ。
そう私を憤慨させたあの男。
可哀想。
惨め。
それよりももっと、憎い。呪う。呪い殺してやりたい。
次はどんな殺し方で痛めつけてやろうか、ちがう。こいつはさっき殺したんだ。この手で。グチャグチャに。もう殺せない。
なんだ残念。
「あれ、ウソ…… 私はこんなのじゃないはずなのに、どうして殺すとか、呪うとか言っちゃうんだろう。なんでかな。いつから私こんなになっちゃったのかな。怖いよ、怖いよでも泣いちゃダメなんだ」
必死に自分に言い聞かす。私は弱くなっちゃいけないんだと、常に強くなければいけないんだと。
だってレンはバカだから。
私が見ていないといけないから、危なっかしいから。……好きでいてもらいたいから。
あのバカは私が守ってやらないと……ね。
本当に、もうあの時レンと手をつないでさえいればこんなことにはならなかったかもしれない、レンの前で、目の前で笑っていればレンは私をすぐに救ってくれたのかもしれない。
「もう……いやだよ。」
私はもう、
憎い心に支配されはじめてる。
レンに会うと迷惑かけちゃうから、
憎しみの心をぶつけてしまいそうで怖いから。
レンヲコロシテシマイソウダカラ。
私はもうおかしい、いつもの私には戻れない。
だからもう、
二度と、
笑えない。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァッ!」
私には……もう笑うことも、レンに会うことも、一緒にご飯食べたり、一緒に昨日のドラマについて話したり、一緒に服を買いに行ったり、一緒に本読んだり、一緒に目をあわしたり、一緒にデートいったり、一緒に……一緒に……手……繋いだり。
出来ないことが……イヤ……それが……イヤなんだ。
もう、我慢できない。どれだけつよがろうとしても。わたしのこのつよがりは勝てない。
レン、お願い
「たすけて」
泣いてしまった。泣いちゃダメなのに。
これ以上は望まない。
何も、ただ一言、たとえこの言葉が届かない海を越えた大地に叫ぶとしても、私は何時までも言い続ける。
たすけて、と。
そんな私のもとに一人、また愚かな男が独房の重い扉を気に障る音を立てて入ってきた。
あいつもか。