・第八話 仮想接触 ~Contact virtuel~
そろそろ短針が時計の12を指す昼頃。
アカニシ中将に艦内のブリーフィング室に僕、シズナ、ササナカと三人一組で呼び出されていた。
ノックも早々に、部屋の扉を開けるとそこには中央にアカニシ中将、その横に秘書官のように佇むシノハラ大佐。
なんの用かと声をかけようか迷ったがひとまずは黙っておくことにした。
その中の誰よりも早く先手を奪ったのはやはりアカニシ中将だった。
「さて、貴君等をこうして呼び出したのにはある理由がある。まぁ……もちろん鹿せんべいのことではないから安心しろ。こうやって冗談を言っている場合ではないんだ。それほど切羽つまった状況にあるということを事前に認知していてもらいたい。用件というのはもうすぐ鬼駕島、ポイントキガに到達するわけだがこの任務にある支障が発生した。説明してくれ大佐」
そう言うとシノハラ大佐が口を開き説明を始める。
「イエス・マダム。もうすぐポイントキガに到達、ハシモト少尉は人体兵器開発プログラムを受けるわけだがこの任務にある問題が発生した。鬼駕島の南西150kmの地点でアスラン海軍第三機動艦隊の展開が衛星ゴットスケーターからの報告で確認された。機動艦隊は空母二隻、戦艦二隻、巡洋艦五隻で編制されていると報告があるが問題なのは空母より発艦した航空偵察部隊にポイントキガ上陸後、発見される可能性が浮上したことだ」
そして、と言葉を続ける合間、シノハラ大佐は葉巻を取り出しそっと火を点けその煙を口に咥える。
「実際奴等の偵察部隊がこちらに向かって飛行している。事実、鬼駕島の所在する海域は通称『非戦闘
海域G―1』という国連で規定されている絶対中立海域なわけだが……」
シノハラ大佐は少し表情を曇らせた。
「奴等はそれをも無視して攻撃してくる可能性がある」
話が終わり、ブリーフィング室から出た頃、艦内無線で鬼駕島に到着したとの報告があった。
艦内では多くの下士官が通路を走り金属と靴のぶつかり合う音が何重にもなって聞こえてくる。
とりあえず僕も準備をしようと部屋に戻っている最中、シズナに唐突に声を掛けられた。
「なぁ、レン。ササナカのようすがへんなんだけど、なんかしってるか?」
「そうかぁ? 別に何も知らないけど僕は」
「うぅぅむ……わかった、もういいよ。じゅんび早くしろよ」
そういってシズナはゲームと漫画だらけの第一将官室にとことこ走り去ってゆく。
「……様子が変かぁ、気付かなかったな」
その後上陸後までササナカの顔を見ることはなかった。
・「上陸しろ」
シノハラの指示で鬼駕島の浜辺に多くの兵士が足を踏み入れる。
この島には港はなく。この浜辺以外には研究用のいかにもなコンクリで固められた建造物がひしめき合っている。
「おい、シノハラ。あとどれくらいで全部終わる」
アカニシ中将がシノハラに早々に尋ねた。
「あと五分といったところでしょうか」
「さすが元上陸部隊所属だな」
「お褒めの言葉有難く頂きます」
そう言うとアカニシは口元を緩めた。
「まぁそう硬くなるな。確かに大佐としての威厳が必要なんだろうが、ほら、教わったんだろ恩師から陽気さと馴れ馴れしさも時には必要ってな」
シノハラは少し表情が複雑になり、なにか気まずそうに顎鬚をそっと掻いている。
「ええ、まぁ」
「まぁ私もそこまで鬼じゃない。時にはジョークを言うくらいだ。シノハラ、お前もジョークの一つや二つ言ってみたらどうだ。そのギャップが受けるぞきっと」
「私には……その役割は担えないかと」
アカニシは照り付ける赤い日差しに背を向けながら背筋をグッと伸ばして言う。
「かもな」
アカニシ中将とシノハラ大佐が話し合っているのを遠目から眺めていると
「おい! 少尉! ついてこい」
・ 目をつけられた。
何の用かと今更ながら聞く必要は全く無い。人体兵器プロジェクトの開発施設へ行くのだろう。
その後、大佐の意のままに背中を追っていくと着いたのは、灰色の窓のない要塞のような建物だった。
一見核にも耐えれそうな頑丈さが視覚から感じ取れるがその強度はいかなものなのだろうか。
「こっちだ」
大佐が目の前の大きな扉を開け、手招きして入るよう促してくる。
その扉と大地の境界線をまたぎ、屋内に入る。
すると、早速それは僕の眼前に堂々と居座っていた。
大小無数のプラグに繋がれ、大量の羊水のような不気味な液体が入ったカプセル。
大きさは見ただけで4メートルはあるだろうか。その黄金色に輝く巨大なカプセルは異様な雰囲気をかもちだしている。
「さぁ、覚悟は出来たか。一つ言っておくそのカプセルに入り兵器開発を行うと他の兵器同士でヴァーチャルコンタクトという事象が発生する可能性が高い。まぁ、入れば分かるだろう」
「前から言ってますけど、僕は引き下がるつもりは一切無い、何が起ころうとも金輪際です」
「なら分かった。入れ」
「このままですか、この格好で?」
するとシノハラは呆れかえったように一息つき肩を落とした。
「そのままだ」
カプセルの重い蓋を開ける。そして僕はこの身をそのまま羊水につけた。
手足の先まで。
なにもかも。
一切の躊躇なく。
この身を羊水に捧げる。
てっきり冷たいものだと思っていたが、羊水は予想とは反して暖かかった。
全てを彼女のために。
なにもかも。
彼女のために。
キミはどう思うかな、ねぇシズキ、
こんな事して、
キミは怒るかもしれないけど、
その小さな手で、
背中を叩いて怒るかもしれないけど、
その小さな口で、
文句を言うかもしれないけど、
その小さな足で、
蹴ってくれてもいい、
分かってくれたらいい、
僕はこれほどキミを、
大地の一番奥深く、
堕ちても、
好きでいる。
これだけは、
分かってくれたらそれでいい。
頭に、意味難解な言葉が羅列していく。
「「繋がった」」
『ねぇ、レン』
『聞こえる?』
「シズキなのか! シズキなんだな!なんで声が聞こえるんだ!?」
『あなたとこう繋がるってことはもう開発されちゃったんだね』
「もしかして、これが人体兵器同士のヴァーチャルコンタクト…… ごめん、最初からわかってた。これがシズキの望むべき結果ではないってことも、でもなにかしなければなんの意味も成さない。そしてその結果がこれなんだ、わかってくれシズキ」
『今更レンを責めたりしない。だから聞いて、こうやって繋がるってことはレンの体はもう後戻り出来ないんだよ。それでも、いいの?』
「当たり前だ。もう一度言う。これが結果なんだ。キミを救う! そのためならなんだってする」
『私はね、もう、救われないの』
「な……に……言ってんだよ……救われないって、諦めてどうすんだよ! もっと抗え! もっと救いを求めろよ!」
『それが出来たらこんなこと言わない!』
彼女のその言葉は、悲しくて、単純で、残酷で、そして絶望の渦の中心からの叫びに聞こえた。
泣くな、シズキ。
泣くな、僕。
『レン、聞いて。きっと私とあなたは戦うことになる』
「なんで! そんなのお前が僕と一緒に逃げればいいだけの話じゃないか!」
『それが……できたらどんなに……ッ……楽か……あのね、戦闘時の私は、私じゃない、ただの……怪物だ……から。レンを……好きってことも……家族のことも……自分の生まれ……育った国さえも、敵に……見えちゃう』
「だから! だからなんだってんだ! キミはそんなに弱い人間か? 違うだろ、キミは僕よりも強くて、頭よくて、いつも僕がバカなことするたびに叱って、時には僕がキミを慰めたりして、だから……だから! こんなに好きで好きで好きで! だからキミを助けたくって、救いたくって!」
『レン、やめて!』
「なにが! 救われないだッ! それを打ち破ってこそ……救いじゃないのかよ……キミがどれほど弱音を吐こうが気にしない! いつも強気のシズキを見てきたから! ……だから……声だけでもいい、またあの時の強気を……見せてくれよ! 僕が心の中でどれだけキミを想っても、好きでいても、意味が……ない……」
『ッ……』
「だから……この気持ちにせめて、応えてくれないか」
『そう……だよね、私何……言ってんだろ。本当は怖くて怖くて仕方がなくて、夜な夜な泣いて、毎日男に化け物呼ばわりされて、苦しかった。……任務のときは人格変わっちゃうし、私がわからなくなるし……でも、どれだけ可能性が低くても待ってる。レンを……待ってる、どれだけ私が人を殺すかわからない、レンだって死んじゃうかもしれない、それでもレンを待ってる。レンはこの気持ちに……応えてくれる?』
「当たり前だろ」
『……うれしい』
「だからここで約束しよう」
『うん』
「僕はキミのため、」
『私はレンのため』
「『共に生きて出会う』」






