・プロローグ 彼女にとっての絶望 -Désespérez pour elleー
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「黙れッ女! もっと痛めつけられてェのか!」
1つの蛍光灯だけが照らす薄暗い鉄製の部屋に、女の痛ましい悲鳴と男の怒声が響く。
「もう……いや、やめ…て。どうして…なんで、なんで私が……もう、やめ―」
女が悲痛の叫びで訴える前に、男はステンレスの床に転がった半裸の女の顔面を横から薙ぎ払うように蹴り飛ばした。
女の口から出た吐血が冷たい床を赤く濡らす。
「もう…いや…」
男は再び女の前に立つと、女の首根っこを掴むと手前にあった机に向かって投げ飛ばした。女はただでさえぼろぼろの体に加え、後頭部を机の角に強く打ちつけた。
鮮血が周囲に飛び散り、その部屋の雰囲気は血のその色に染まる。
女の手足がだらりと垂れ、親指以外全て折れた右手の手首がピクッと震える。ほとんど意識のなくなっている女は、微かに残っている意識でジッと男を睨みつけた。
「なんだよ、あァ?そんなに俺が憎いかよ、恨むなら国を恨めよ。俺がアンタをこの箱に閉じこめたわけじゃねェ。そうだ、全部国が悪いんだ。あのクソ生意気な総理のせいで俺は元囚人って言う理由でこんな不気味なアンタを監視させられてる。ざけんナよッ!」
男は少しだけ落ち着いたのか興奮しながらも今までにはない話題で話しかけてくる。
「アンタもあれだろ、元は普通に暮らしてたんだろ、それが人体兵器プロジェクトだァ?
アンタもほんとついてネェな。敵国からランダムで4000万人いる国民の中から被験者に一人選ぶなんてよゥ。アンタ、その歳ならカレシとかいたんじゃネェの?」
男がそう言った瞬間に今まで意識が微かだった女の瞳孔が不気味なほどに大きく見開く。
男は嫌気がさしたのか、女の顔にペッと唾を吐きかけて言う。
「おい、なんだよ。キメェ顔してんじゃネェよ。まぁ、こんな不気味な女にゃァ男なんて出来ネェ―」
「黙れェェェェェェェェェェェェェッ」
女は男が言う言葉を遮って狂気の叫びで怒声を発した。それと同時に女は体のダメージからは考えられない勢いで男の胸に飛びかかると、手首から生えた刃渡り40センチほどのナイフで男の胸を、刃先で肉を磨り潰すようにグチャグチャにえぐり回した。
ドス黒い血が天井に吹きつける。
ステンレスの床に転がった左右非対称の肉片が床の冷たさに冷えている。
手首から生えたナイフから滴る血はとどまることを知らない。
女の顔には血と肉片がこびりついている。
女は血だらけの顔でその見るに無残な屍を見下ろすと、
「私とレンの何を知ってるの?」
そう、呟いた。女の目には男の心臓がまだ憎らしく鼓動を打っているように見えた。