第7話
今回から正式に公開です、よろしかったら感想でも書いてやってください。
「ああ、風が気持ちいい……」
和則は現在、学校の屋上にやってきていた。
飛び降り防止のために作られたフェンスを掴みながら、大自然の風を体いっぱいに感じる。
今日は運がいい、屋上と言えば、休み時間のたびにリア充達がいちゃいちゃするにもってこいのスポットベスト3に入る場所だ。
だが今日はどういうわけか、誰もいない、一人占めだ。
それにしてもなんて気持ちいいんだ。もうさっきの出来事を忘れるくらいに……
『変態』
忘れるくらいに……
『変態』
……気持ち良くなかった。
さっきの出来事がより鮮明に、気持ちいいくらいに頭の中で再現され、気分がどん底に引き戻される。
ううっとうなだれながら、フェンスを握り閉めながら顔を伏せる和則。
「俺は……変態じゃない……」
「? 変態?」
ぼそっと言った一人ごとに後ろから返答が返ってきて、和則は慌てて後ろを振り向くと、そこに居たのは、学園で超絶な人気を誇る、星月 灯璃の姿があった。
美しい長い黒髪が、太陽の光でキラキラ光りながら風に揺られている、とても神秘的な、神々しいとも言える光景が和則の目には映っていた。
だがそれも一瞬、和則はすぐにはぁっと溜息をついて、「なんだ、お前か」と呟いた。
ファンの奴らがいたら殺されても文句は言えない態度、とても学園のアイドルを前にした男子とは思えない反応だ。
そんな和則の態度に腹が立ったのか、彼女の顔が少しムッとなって言った。
「なんですか、その言い方」
そっけなく言葉を返す。
「別にどうもしないけど」
普通の生徒なら、灯璃と二人っきりなんていう状況になってしまったら、うれしくて鼻血が出てしまうという事もあるそうだが、和則にはまったくそんな様子はない。
それもそのはず、なんと和則は、この超完璧人間のリアル幼なじみなのだ。
まあ幼なじみといっても、両親がいなくなってから高校入るまで交流を途絶えてしまっていたこともあり、お互いすれ違うことはあっても、話すことなんてなかったしな。
「こんなところに一人で何してるんですか?」
「何でもいいだろ、別に」
さすがに本当のことを自ら話たくはないので、ごまかしておく。
「俺のことより、お前こそどうしたんだ?」
そんな和則の質問に、彼女は少し困った表情を作ってから言った。
「これ」
そういって差し出されたのは、黄色い布に包まれた弁当箱だった。どうやら弁当を食べに屋上まで来たらしい。
「弁当? わざわざこんなところでか?」
別に屋上で食べることがおかしいわけではないんだが、いつも他の生徒に囲まれているので、珍しいと思っただけだ。
すると灯瑠は少し疲れたような表情を浮かべながら言った。
「ちょっと人が多くて、ね」
ああ、なるほど、と和則は心の中で納得した。
確かに和則は、彼女が一人でいるところをあまり見たことがなかった。その才能ゆえか、彼女は常に上級生下級生関係なしに群がれている。毎日毎日そんな状況が続いたら、和則なら発狂するか、家に引きこもるかのどっちかだろう。
つまり灯瑠は、ここに休憩しに来た、ということだろう。
ならばと、未だに重い気持ちをもちあげて、フェンスから手を離す。
「どうかしたの?」
「いや、休憩しに来たんなら俺はおいとまさせてもらうよ」
「え? い、いいよ別に、先に居たのは上田くんなんだし」
灯瑠は慌てて言葉を零すが、それを聞いた和則は一瞬表情を曇らせる。
――上田くん……か
小さい頃は、いっつもいっつも俺の後をついてきて、和君って読んでいたけど、いつの間にかお互い結構変わってしまっていたらしい。
そりゃそうか、と思い直し、和則はすぐに表情を戻した。
「いや、どうせそろそろ移動しようと思っていた所だし、ゆっくりしていけよ」
とりあえずこのまま教室に戻って、昼休みが終わるまで晒し物になるつもりはないので、1階の渡り廊下にある、誰も使わないトイレの中にでも籠っていようと考える。
そう決めると、和則は灯璃に「じゃあな」と言い残し、扉に手を、
ササッ
「……」
手を
サササッ
「……」
かけられなかった。何か言いたげな灯璃が、扉への道を斜断しているからだ。手を出すたびに邪魔されているのは気のせいだろうか。
いや気のせいじゃないから扉開けられないんだよな。
このままでは埒があきそうにないので、とりあえず本人聞いてみることにしよう。
「なんのつもりだ?」
すると彼女は、突然手をバタバタさせるという挙動不審な行動をとりながら、緊張した声で言った。
「え、えっと、久しぶりに会ったんだし、少しお話でもしませんか?」
灯璃の突然の誘いに頭を傾げる。
「話って、なんの」
「そ、それは……世間の事とか、釈迦の事とか」
「世間話はともかくとして、釈迦の事なんか俺全然知らんぞ」
というか釈迦の話なんてどう考えても即終了だろう。盛り上がったら盛りあがったらすごい嫌だ。
昼休みの屋上で、男女が二人で釈迦の話で盛り上がる、なんて嫌な光景だ。
そんなことを考えていると、「それじゃあ」と、灯璃が笑顔で言う。
「世間話しましょう」
「え、嫌だよ、面倒くさい」
即答だった。
二人の間に、ヒューーっと冷たい風が吹く。何かの終わりを告げるように、
「……」
「……」
「……」
「……ぐすっ」
「分かった、話付き合うから黙って泣くのは勘弁してくれ」
少しずつ灯璃の端正な顔が崩れていくを見かねた和則が折れた、このままにして行ったら、間違いなくろくでもないことに発展しそうだしな。
こうして和則は、学園のアイドルの話相手を務めることになったのだ。




