第6話
それから授業は過ぎて行った。
美奈が学校に転校してきて驚いたが、和則の予想とは裏腹に、美奈は特に目立つ失態もみせず、普通に過ごしていた。それどころか、学校で稀にいる優等生を演じている。授業中には積極的に手を上げ、休み時間の度に群がってくる生徒の質問にも、笑顔で答えていた。
思ったより普段の生活とさほど変わらずに、昼休みの時間まで過ぎて行った。
キーンコーンカーンコーン
「さてと」
使っていた教科書を適当に詰め込み、いつものように学食で飯を食べようと、鞄から財布を取り出した。
「あ、かず……」
「ねぇ美奈さん! 一緒にご飯食べましょう!」
「え? あ」
「あ~ずるい! 俺も一緒に食べる!!」
席を立ちあがった和則を見て、美奈が何か言おうとしたが、すぐに集まった生徒達で埋もれてしまった。
生徒達の対応に手間取っている美奈を横目に、和則はそれを無視して学食へと向かうのだった。
学校の食堂は売店と半分半分で使っているため、そこまで広くはないが、ほとんどの生徒が売店でパンなどを買って教室で食べるため、学食の席が満席ということはまずない。
そしてそれは今日もはずれず、学食は少ない人数で賑わっていた。和則は学食を買うために必要な食券を買うために、食券機の前の列に並ぶ。
今日は何を注文しようか?
壁に張られたランチメニューを眺めながら、じっくりと考える和則。
普段は少し値段の安い390円のA定食だが、今日は色々あって疲れたので、少し豪勢に500円のB定食にするか。
和則が料理を決めると、それに合わせたように前の生徒が食券を買い終わった。長財布から貴重な500円玉を取り出し、食券機に挿入しようとして、
「ストーーーーーーップです!」
突然のストップ宣言が下った。声の方を見ると、後ろにたくさんの生徒をはびこらせた美奈がこちらに向かって視線を飛ばしていた。
……スル―しよう。
きっと彼女が探しているのは俺じゃないんだ。そう思い込むようにして、和則は500円を何のためらいもなく食券機に投入した。だが、
「もう! ストップって言ったじゃないですか!」
美奈はプリプリ怒りながら、食券機の返却レバーをおろした。
飛び出してきた500円玉を見て、
「……で、何のようだ」
溜息混じりにようやく和則が、500円を回収しながら聞いた。
「何ってそりゃあお弁当に決まってるじゃないですかぁ!!」
「弁当?」
言われて美奈の握っているものを見ると、確かにハンカチらしき布で包まれた四角い箱が握られていた。
「お前が作ったのか?」
「あたり前じゃないですか」
「そうか」と言って和則は少し考えた。
昨日の夕飯で彼女の料理の腕が本物であることはわかっている。学食のBランチも美味しいが、お金が掛かるんだったら、美奈の弁当の方が経済的だ。
何より食材が勿体ない。
「それじゃあありがたく頂くとするよ」
「はい!」
笑顔で差し出されるお弁当。
ありがとう、と和則が彼女の弁当を掴んだ時、彼は気付いた。
周りの生徒の視線に。
まずい、これはまずいぞ。
和則は弁当を握ったまま冷汗を垂らし始める。
普通の一般人が、転校初日の転校生から弁当なんて受け取っていたら、間違いなく親しい間柄だと丸分かりではないか。
何も言わずに黙って殺気を放たれると逆に怖い。
美奈にSOSを求めようとするが、彼女は十中八九分かっていないのだろう、笑顔のまま頭を傾げている。
自分の力で切り抜けるしかない。和則がそう決意してからわずか数秒、彼の頭に稲妻が走った。
それはこの現状を打ち砕く名案。
「みんな! 聞いてくれ!」
和則はその場の全員に聞こえるように叫んだ。
「実は俺達、従妹なんだ!」
「従妹?」
「ああ、だから弁当なんていつものことなんだよ。はは」
ざわっ
「そういえばあいつも上田って名前じゃなかったか?」
「あれそうだっけ?」
グサッ!
同級生のさりげない言葉が心にささる。
確かに和則は今まで、必要以上に人と接しないよう努力していた。が、クラスメイトに覚えられていないほどだとは、正直思わなかった。
「ねぇ美奈さん、本当なの?」
「え? あ、はい、そうですよ~」
美奈も話を合わせてくれた。
少しばかり心に傷を負ったが、どうやらごまかしに成功したので良しとしよう。
「じゃあさ、俺達も一緒に食べていいかな?」
「一緒に、ですか?」
「そうそう」
男子生徒からの積極的なお誘いに、美奈は困った表情を浮かべる。
弁当と生徒の間を視線が行き来し、やがて後ろの和則に振り返り――地雷を踏み抜いた。
「どうします? 和則様?」
……
……
……
一同唖然、もちろん和則も含めて、
――あれぇ? さっきまでの和解の空気が嘘みたい! とってもカオスなく・う・き。
なんて呑気に考えていい時じゃないことはわかるが、もはや和則の中で、オワタコールが流れ始まっていた。
そんな状況を上手く理解できていないポンコツプログラムは、困ったように辺りを見渡した。
「あれ? 私何かしちゃったんでしょうか? え? あの、和則様?」
「間違いなくお前のせいだよ」
そしてざわざわっと流れ始めた生徒達の中から、ついにある一言が飛び出してきた。
「……変態」
「変態だな」
「極、変態ね」
バッ!!
「探さないでください!」
「ええ!?」
その日、クラスでもっとも目立たない生徒は、クラスでもっとも変態な生徒に進化したのであった。




