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話疲れたらしいラベンダーはゼエゼエと息を吐き、口を閉じたので水筒を渡してやった。途中から全く聞いて無かったから罪悪感が起きた訳ではない。多分。
「ラベンダーは本当、残念な美形だよね。師の周りにはわりと顔の良い人間が集まってたけど、君ほど顔と中身の落差がある人間も珍しい」
「ああ、確かに」と良く分からない同意をされ、溜め息を吐いた。私がしゃべっている言葉をきちんと理解してくれているのだろうか。
私の仲間には、他に無口ででかくてかなり怖い人間も、身長が高くてがさつで兄貴肌の人間も、可愛らしい顔をしながら何故か断層を好む人間も、全く普通の容姿をしながらもかなり頭の良い人間も居たのだが。って、まともな奴が一人も居ない。最後の普通も、探究心の前には普通ではなかったし……。
「容姿といえば、アンも可愛いけど口は悪いよね」
「ほっとけ。っていうか、いつから私の話になったんだ!?」
「今さっき。ほら、アンの話もしておかないと、フェアじゃないしね。いいじゃない、それくらい。アンの容姿をしっかり褒めている訳だし」
「どこをどう間違ったら、今のが褒め言葉になるんだか……」
私の呆れ顔には慣れっこになっているラベンダーの頭を軽く叩く。中身が空っぽではないという事は知っているが、知識が偏りすぎている気がする。この半分くらいが「常識」であれば、私もここまで苦労する事は無かったのに。残念な気持ちでいっぱいだ。
うん? なんか、手に温かい物が触れている。それがラクアの手だと気づくのに少し時間が言った。どうして、私はラクアと手を繋いでいるんだろう。
「どうしたの? ラクア」
私が聞いても、答えようとしない。そっぽ向いてしまい、どうやら唇がとんがってしまっているようだ。こういう拗ね方は、小さい子の特権だな。
「ああ、きっと嫉妬しちゃったんでしょ。可愛いねえ」
ラクアに頭の悪そうな笑いを浮かべた顔を近づけてきたラベンダーを殴りつけ、しゃがみ込む。視線を合わせようとするものの、意固地になっているラクアには勝てない。
「こら。何かあるなら、言いなさい」
まだ言いづらそうにしているラクアの頭を軽く撫でてやる。すると、やっと彼はこっちを見てくれた。
「……アンは、僕よりこの頭の悪そうな男の方が好きなの?」
「はいい?」
ラクアから飛び出してきた毒舌に私は驚いた。確かにけっこうすっぱりはっきり物を言う子だったけれども。悪魔だし、でも澄んだ青い目の子どもの容姿でこんなことを言われてしまっては……頭が真っ白になる。
「あらら、僕ってば結構嫌われちゃったみたいだね」
「それは当り前だろう、ワカメ頭」
「アンってば、ひっどー。その言葉、僕の頭蓋骨にぐっさり刺さっちゃったよ! 泣くよ!? 僕、泣いちゃうよ!?」
「うるさい、少し黙ってて。ちょっと、考えてるんだから邪魔しないで!」
馬鹿な昔馴染みを思考から強制的に追い出し、こちらを不安げに見つめているラクアの目とばっちり合ってしまう。
「ねえ、アン。答えてよー」
左腕を両手で持たれ、揺すられる。いくら体格差があるとはいえ、全体重を掛けられると非常に危ない。
「とにかく揺するのを止めなさい。それから、私は別にラクアとラベンダーを比べた事なんかないから」
「それって、どっちも好きじゃないってこと?」
なんでこんなややこしい事を聞かれているんだろうか。いきなり駄々っ子になったラクアに、私なりの返答を返す。
「どっちも、嫌いじゃない」
その答えに、ラクアは悲しげに笑った。
「……僕、嫌いじゃないくらいにしか、思われていなかったんだね」
止めてくれ。罪悪感にさいなまれるじゃないか!
くそ。そんな綺麗な青い瞳で見られるなんて……私には我慢出来ない!
「どっちも好きだよ、もう!」
投げやりに言ってやれば、ラクアは嬉しそうに笑った。
「ふふふ」
「おお、ラクア君はすごいねえ。アンにここまで言わせるとは!」
ラベンダーはいつかしっかり締めてやらないといけないらしい。昔から、ひ弱なラベンダーは私に勝てたことなど無く、一方的にぼこぼこにしてきた訳だが、今度は手加減してやらないから。どんなに謝っても、もう二度と調子に乗らないくらいまでやってやる!
私の不穏な気配を察知したのか、ラベンダーは顔を青くした。
「いやあ、困ったね。悪魔の気配だ」
どうやら、顔を青くしたのは私の睨みではないらしい。
「逃げないと、殺されちゃうレベルの悪魔が近くにいるね……」
何がどうしてそうなったのか。私はラベンダーを見た後、隣のラクアに目を落とした。別に普通の少年のままだ。恐怖を招く瞳の色をしているわけでもない。っということは、特別なのはラベンダーか。
「悪魔の気配なんてわかるの?」
「君は僕の専門、何だと思ってたのさ。戦争の歴史だよ。歴史には魔女や悪魔や吸血鬼なんかも含まれるだろう」
でも、まだラクアから気配が発せられている事は分かっていないらしい。珍しく緊張しているラベンダーに、ラクアの怖さを再認識する。
彼は人間を簡単に滅ぼすことのできる存在なのだ。知っているのに、この小さい身体は私を惑わす。守ってあげなければいけない存在だと、錯覚させる。
「早く、移動しよう」
「……ああー、そうなんだ。でもさ、悪魔の気配なんて察知できるものなの?」
「あの師の元で一緒に学んだろう。全ては身体で覚えるんだと」
「え、じゃあ……」
「悪魔のいる確率の高い場所に落とされて、死にかけたりしたんだよね。悪魔の一部を持ちかえるまで戻してくれないって……」
「そう言えば、いきなり消えて数ヵ月後にボロボロの姿で帰ってきた事があったね」
「それはまた別の時だと思う」
「私も結構厳しかったけど、周りも大変だったんだなあ……」
あの無茶苦茶な師の元で生活していると忘れがちだが、私たちは何度も普通じゃ有り得ない体験をしている。
「なんていうか、良く分かった」
「それより、早く行こう」
「いや、必要無いよ。悪魔はこの子だから」
最後の方の言葉は小さくなったが、どうやらラベンダーに届いたらしい。目を見開き、私とラクアの顔を何度も見比べている。
「何故……?」
「さあ、なんでだろう」
彼の疑問は色々な事が混じりすぎている。それだけ、衝撃が大きかったのだろうけど。
「どうして君と彼は一緒に居られるんだい?」
「……絆されたというか」
「アンは僕の事好きだから。僕はアンの物だから、だよ」
ラクアの言葉に、ラベンダーは飛び上がって驚いた。