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ラクア  作者: 栖納 赦音
残念なラベンダー
6/9

 ラクアと出会ってから一週間が過ぎたころだろうか。ノーゼントルートという砂漠一手歩前の町までやってきた。足元を見れば、粘着性の茶色い土から、さらさらした黄色い土に変わっていた。

 そこで私たちはそいつと出会った。


「やあ、アン。なんだい? 君はいつから「大人の男性」から「少年」に嗜好が変わってしまったんだい?」


 そう言った彼は、スラリとした手を顎に当て、胡散臭い笑顔を浮かべている。会っていきなりこんな不躾な質問をしてくるのは、彼以外にはいないだろう。いや、居るか。少なくとも、目の前の彼を含め三人は居る。

 溜め息を吐きつつ、横に立っている小さな連れを見下ろす。どうやら、ラクアも言われた内容をきちんと理解し、怒っているらしく、彼に冷たい瞳を向けている。得体のしれない彼の冷たい視線は、私が恐怖するほどだ。のほほんとした不躾な奴はあまり理解していないようだったが。


「久しぶりね、ラベンダー」


 仕方なく挨拶をする。「ああ、久しぶり」と邪気の無い声で返される。

 紫色のウェーブのかかった髪の毛に、真珠のような淡いクリーム色の瞳を持ったこの青年は、私の昔馴染みだった。師の元で同じ道を目指し、学び、寝食と共にしてきた仲だ。しかし、久々に会ったというのに、怒りしか湧いてこないというのはなかなか珍しいのではないかと思う。それだけ、彼が私の足を引っ張ったり、私の怒りにふれてくるのをためらったりしない奴であるという事なんだが。


「ねえ、アン。君と会えて嬉しい嬉しいんだけどさ。その名前で呼ばれるの嫌いだって言ってるじゃないか」

「っていうか、抗議する前に私に言った内容を訂正しろ、馬鹿」


 全く堪えていないらしい彼に一睨み効かせるものの、飄々とした彼にはあまり意味を成さなかった。

 いつか今までの分を全部一気に帰してやる。生きていられると思うなよ!


「うわっ、変ななまえー!」

「こら、人を指差すんじゃありません」


 教育的指導として、人差し指を下ろさせた後、手をパーにして元の位置に戻す。これだったら、先端恐怖症の人に会っても大丈夫だろう。いや、そういう問題ではなかったが。


「アン、あのさ……」


 どうも言いづらいらしいラベンダーの落ち込んだ様子に、少しだけ罪悪感が立つ。さすがに名前の件に関しては同情しているので、フォローを入れてやることにした。


「それは仕方ないんだよ、私の名前も彼の名前も師に付けられたものだから。ラベンダーっていうのは、このワカメいたいな髪の毛が「ラベンダーの色みたいだね。ああ、君は今日からラベンダーだ」って、私たちの師がおっしゃったから……」


 男性にラベンダーは無いだろう。ラベンダーは。幼少期はそこまで違和感が無かったのだが、今は結構恥ずかしい名前の代表となっている。おっさん化した後の事なんか、考えたくも無い。

 私の師のネーミングセンスはおかしい。ラベンダーは不思議な名前を付けられた集団の筆頭であり、一部でしかない。野良猫に「ああ、この子は真っ黒だね。じゃあ」ときたら、普通は「クロ」だろう。しかし、師の場合は「この子の名前は海苔だね」とくる。

 なんだそれは!? 師の元で学ぶ仲間も、このネーミングセンスに不安になったことだろう。私もそうだ。


「でも、アンの名前はおかしくないよ?」


 いきなり投下された爆弾発言に驚く。純粋に気になったのだろう、ラクアにどう言うべきなのかと……悩んでいたら、この馬鹿の空気が全く読めていない言葉が耳に入ってくる。


「ああ、それはね。アンっていうのは」


 鳩尾に一発決めると、ラベンダーは静かになった。


「黙ってなさい、ラベンダー。残念ながら、稚児趣味だと言われた怒りが消えそうにないからね。別れるまでは、ずっとラベンダーと呼ぶから安心していいよ。それより」


 なんとか誤魔化す為に、ラベンダーの一部を指差した。

 本当はもっと前から指摘してやりたかったのだが、タイミングを見逃していたのだ。


「ばっちい」

「ああ、そうだね」


 ラクアと私に指摘されたのは、腹回りに飛び散ったケチャップだった。見事に、服に付着し、それを気づくかない内に擦ってしまったのだろう。広がってしまっている。


「ああ、どうりで。すれ違う人が僕を指差して笑っていくのが疑問だったんだよね」

「ラベンダー、君は顔は良いんだからさ……」


 目の前のうっかりさんは、歯を見せて笑えば女性から黄色い悲鳴を貰えるくらいにはカッコいいというのに。ただ、きっと白い歯には青のりが付いていることは間違いないような残念な人間だ。青のりはいただけない。青のりは。百年の恋も冷める現象だ。残念すぎる。


「ああ、これ? 朝食の卵焼きのケチャップだよ」


 そんなことを聞いているわけではなかったんだが。


「気をつけなよ」

「うん、いつも気をつけているよ。大丈夫」


 どうしていつも気をつけていて、そんな状態になるのか。

 加えて、どうにも大丈夫ではない。


「ほら、染み抜きは得意だし」


 確かにラベンダーは頭は悪くないし、器用だった。こんな調子だから、染み抜きも良くやっているのだろう。独身男性の得意技が染み抜きというのも、なかなか悲しいものだけれど。


「最近は、ヌーベスの葉っぱを調合して、一瞬で汚れを消すのがマイブームなんだ」

「へえ。あの葉で汚れが落ちるんだ。って、独身の悲しい会話はもういいから!」

「良くないよ。探求心は何ものにも勝るって、師もおっしゃってたじゃないか!」


 いきなり熱くなり始めた彼の沸点はどこだろうか。本当、どうして私の昔馴染みはこう、面倒な奴が多いんだろうか。


「それはそうだけどね……ああーだからね……」

「アンはヌーベスのあの香りに含まれるシンシーレイルという成分の」


 どうにも論点がずれてしまう会話に困り果てた。

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