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森を抜け、小さな村に到着した。子どもであるラクアと一緒のはずなのに、こんなに早く着いてしまった。全く疲れがみられない様なので、今後ラクアが足手まというにならないと分かる。安心と共に、少し怖く思う。この子は、何なんだろう。当たり前のように手を繋いでしまっている私は何なんだろう。
「ちょっと良い? 水を飲むから」
こう言って離れたのは、近づいちゃいけないと思ったからだ。でも、彼は未だ楽しそうに私を見上げてくる。本当に卑怯な子どもだ。
宿を探さなければいけないが、店自体も多くないし、この小さすぎる村に泊まれる所があるのかは甚だ疑問だ。
「ラクア」
彼の名前を呼ぶと犬のように飛んできて、私に抱きついた。
正直に言おう。最初に会った時から、この顔とこのサイズに弱いということは分かっていたのだ。
だから、結局私は逃げられない。
「あの店で、服を買うよ。見られないようにしてね」
「うん」
「ラクアは、買い物は……」
「したことないよ」
それで、どうやって生きてきたんだろう。だいたい、初めて会ったときも服を着ていたし。知りたいようで知りたくない。
「まあいいや。私と一緒に居るからには、人間らしくしてもらうよ」
「大丈夫。アンと一緒に居るからには、人間になるから。大人しくもしてるよ」
「それなら良い」
とてもこじんまりとして年季の入った店を見る。看板に洋服のマークが出ているので、ここで良いんだろう。彼のサイズに合う服が置いてあるといいんだけど。
全身を覆う、あまり高くは無いポンチョをゆらゆらと揺らめかせて、彼は笑う。私の服なので、どうしてもずるずると引きずってしまう。フードを外さないようも言い聞かせているので、彼が子どもである事は分かるが、彼の見目の良さは私以外には分からない。今のところ、言う事を聞いてくれているので、変に目立つ事は無いのが救いだ。
店に入ると、強い香水の香りがした。こんな匂いをさせる必要がどこにあるのかは分からなかったが、しかないとあきらめる。ここ以外にこの村に服屋は無さそうだった。
紫系の民族服が多い中、無地で目立たない服も少し混じっている。縫い目も結構しっかりしている様だし、悪くない。店の奥には一人の老婆が座ってこちらを見ていた。
「子ども服はありますか?」
「その子のかね? 右の奥にあるから見ると良い」
歯が抜け、少し聞き取りづらい声ではあるが、ボケてはいないらしい。先の尖った帽子をかぶり、これまた年季の入った椅子に腰かけている姿は、魔女の様であった。魔女……か。悪魔なら近くに居るんだけどね。
右奥に歩いて行くと、少し小さい服が置いてあった。ぴったりとサイズが合っているとは思えなかったが、今着ているものよりは良い。
「どれが良い?」
「アンの好きなのが良いな」
「そんな事を言われてもね。ラクアが着るんだから、自分で選びなさい。私は見ての通り、服装にはあまりうるさくないタイプだし」
別におしゃれが嫌いだとは言わない。ただ、少し私の興味の範囲が違い、生きていくためにはその興味を必死に追わなくてはいけなかっただけだ。
だから、男の子の服なんて選べるわけがない。
「じゃあ、これ」
今着ている物と大差ないものを指され、少し動揺する。
この可愛い少年のセンスが自分の様になってしまったとすれば、私の責任になるんだろうか。
「……これ、お願いします」
「ああ、998センテンだよ」
言われるままにお金を払い、私はその店を後にした。これで良かったのかは、不明だが。まあ、嬉しそうにしているから良いか。
「なあ」
「え……」
お店のお婆さんに呼び止められて、私は少し動揺した。
魔女のような風貌は私の不安を余計に煽る。
焦ってはいけない。
「まだ、何か?」
「あんたが良いって言うなら良いけどね。おつりを忘れているよ」
「ああ、すみません」
こんな事で揺れるのは良くないと分かっているのだが、隣の綺麗な悪魔は必要以上に緊張を煽る。正体に気づかれた時点で、私たちはどうなるのか分からない。
私はおつりを受け取り、今度は何も無かったかのように外へと歩き出した。
「アン、お腹すいた」
「私もひやっとしたから一息つきたいな」
彼の視線の先を追っていくと、出店が出ていた。自分と彼のために黄色いフルーツを買う。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、アン!」
それが間違いだという事も理解していたのに。
「ねえ、どうしてアンはひやっとしたの?」
純粋な疑問を投げかけられて、はあっと息を吐く。苦労しているのは私だけ、のようだ。
「ラクアの正体がばれたら、どうなるか分からないでしょう。投獄されるかもしれないし、どこかに売られてしまうかもしれない」
「そんな心配要らないよ。人間の世界がダメなら、別のところに行けば良い」
「どっかにつれてく気なの……? 恐ろしい悪魔だな」
「だって、悪魔だもん」
「もういいや。ラクアは今日から私の弟ね。口裏をしっかり合わせなさい」
「弟より、婚約者が良いよ」
私の発言に、更に恐ろしい事を被せてくるラクアに、頭が痛くなった。
どこをどうしたら悪魔と婚約なんて危険な、しかもかなり年下の少年相手に婚約なんて危険なことをしたがる輩が居ると言うのだろうか。
頭を撫でてあげると非常に嬉しそうな顔をするラクアに、「まだまだ子どもだな」なんて思いながら、どうしたものかと困り果てる。婚約、というものを理解しているのかすら危うい。っていうか、ラクアが言う婚約は小さい子が「ママと結婚する」と言っている様な物なんじゃないのだろうか。
それを否定するには、悪役になりきれない。
いつの間にかまた手を繋ぎ、歩いていた。
この子は、どうして私に執着してくるんだろう。