旅行初日(四)
十二
足元の地面を見て物を考え、前を見て人を探し、天を仰いで先のことを考える。
省みるのは難しいことだ、としみじみ思った。昨晩誓ったはずだった。何かを見つけてみせると、何かを信じてみせると。しかし、現実は半日も立たないうちに心が折れかかっていた。情けなさが回りに回って、呆れ返ってしまうほどだった。
ここで一つ力んでいたものがいい具合に抜けた。幾分か楽観的になった。悩んでどうするというのだ、誰に慰めてもらうというのだ、そう考えた。あぁ、自分の足で立とうと考えた。誰に支えられようとも、自分が歩こうと思わねば、前には進まないのだからとも考えた。また自分が一歩も動かないのなら、動かないという意志が働いているとも考えた。自分は自由自在だと、そう思えば苦になることは何一つなかった。
天を仰ぎながら、随分と先ほどの老人と話した場所から歩いたことを考えた。既に五分、十分は過ぎたはずだった。老人の言うことだから近いだの遠いだの言ったところで大して当てにはならないもんだなぁと思った。既に往く道は漁村を外れて田んぼがちらほら見える場所である。
そうすると一本杉とでも言えばいいのか、巨大な大木が見えてきた。あれは……と思いながら歩を進めると、先ほど漁村へ行くために越えた幹線道路にぶつかって、道路を挟んで向かいに巨木が現れた。その一軒挟んで隣に白い看板で「一元」と書かれた建物が建っていた。
はて、と思った。駅から森を抜けてあの長い階段を降りた、その時にこんな馬鹿でかい大木なぞあったか? と思ったからだ。三階建ての建物ぐらいの高さがある大木なのだから普通気づくはずだけれども、覚えが無い。
うーんと顎に手を当てて頭を捻ったが腹が減っていることも相成って、疑問もほどほどに店へ向かった。
店は一言で言えば古ぼけていた。地震でもあれば倒壊しそうなほど古ぼけていた。見た目は木造であるし、ガラスはすりガラスであったし、自分が住むところにもこんな家は見たことは無かった。もしかすると雨戸も木で作られているのではなかろうかと思うような外観である。先ほど歩いた漁村の中にもこれほどの建物はなかったように思う。
先ほど話したあの老人には悪いけれども、この店は避けた方が無難ではないかとも思った。しかし、他に店がないようであるし、そんなことで文句を言うのも旅行として無粋のような気がする。旨ければ旨くても良い。不味ければ不味くても思い出には残る。そう思えば入ることも苦ではない。そう思って歩を進めた。
店先には小銭を入れてオモチャを出す機械が五台ほど並んでいる。娯楽などこんな漁村ではほぼ皆無に等しいであろうから、こんなオモチャを置いているのだろう。
その機械の前に女の子が座ってその機械を見つめていた。真剣とも言えず、かといって気の抜けたといったほどでもない、その眼力は透視をするかのようだった。訝しげな、と言う表現が一番近かった。機械を見つめることに集中しているか手が届くとこまで近づいても、少女はこちらに気付く気配がなかった。
年は十台前半といったところであろうか。髪は少し長い。白のワンピースを着て、しゃがんでいる。そのせいか裾が少し土で汚れていた。
私は少しばかり、とはいってもほんの数秒であったが少女を見ていた。これぐらいの年頃だったら、あんな安物のオモチャにそれほど興味を抱くこともなさそうなものだが、と思った。そんな興味で少しばかり少女を見つめていた。
そして、店に入ろうと扉に手をかけた。ガラス戸が木枠に摩れて動きずらい。ガラ、ガラと小刻みに動く。が三分の一ほど横にずれたところでうんともすんとも言わなくなった。力任せに右へ左へとずらしてみるが、これっぽちも三分の一の地点から動かない。色々と悪戦苦闘していると、後ろから、
「おじさん」
と丸みがかった声で呼ばれた。振り返ると先ほどの少女がいる。しゃがんでちらりと見ただけであったから全く気付かなかったが、随分と端整な顔立ちをしている。細く、薄っすらとして、しかし、眉や鼻筋はしっかりと通った昔ながらの美人顔といったような顔立ち。あまりに端整だったので少し面を食らうと、
「ちょっといいですか?」
と手を伸ばしてきた。私は面を食らったのが尾を引いて、
「あぁ、はい」
と声を上ずらせながら横にどいた。
「この扉はね、一回上に少し持ち上げながらずらさないと動かないんだよ」
と誇らしげな口調で私に言った。すると少女は片手を扉にかけて華奢な腕を力一杯使って、扉を上に持ち上げて横に動かした。が、先ほどより少しだけずれただけで、まだすんなりと入れるといったほどの隙間はできていない。
「あっれぇ、おかしいなぁ」
と言って、今度は両手を使ってうーんと唸りながらまた力一杯扉を動かそうとする。二、三それを繰り返してみてるが全く動きもしない。それを傍から見つめていると、
「おじさん、ごめんなさい、少し手伝ってもらえませんか」
とさっきの自信満々の口調を恥じてか、おどおどとした口調で助けを求めてきた。私は少女に気付かれないように、少しだけ苦笑して、
「あぁ、いいですよ」
と言って両手を扉に張り付かせた。それを見て少女は、
「いっせいの、でいいですか?」
と馬鹿みたいに丁寧に声をかける。私が頷くと「いっせいの、っせ」と彼女が声をかける。すると、扉が動いた。なんでもないことだったが、少女は笑った。満面の笑みで喜んだ。自分の為にしたことではない。私の為にしたことだ。でも彼女は喜んだ。マラソンで完走したときのような、達成感のある笑み。
少女を見て私も微笑んだ。理由などなかった。少女の無垢さが伝染したのだろう。それで自然に笑みがこぼれたのだろう。
その「自然」がうれしかった。一々何かにつけて理由を欲しがる自分に一番縁遠い感覚であった。
中々・・・進まないものです。
色々手を出しながらこれを書いているということも勿論あるのでしょうが、
ストーリー自体も進んでいない。
別に構成がどうとか全く考えてもいないのでこんなもんでしょうが。