第8話 足りない音
8話は少し短めです。。。
健太郎はギターを肩にかけ、弦を軽く弾いた。
ジャッ。
昨日完成したばかりのリフが、音楽室に広がる。
指がまだ少しだけ慣れていない。
でも弾いていると、体が自然に動く。
澪はドラムの前でスティックをくるりと回した。
さくらはマイクを持ち上げる。
「やる?」
健太郎がうなずく。
「Re:start」
澪がスティックを鳴らす。
カッ、カッ、カッ、カッ。
ギターが鳴る。
昨日生まれたリフ。
そこにキックが入る。
ドン。
音が転がり始める。
さくらが息を吸う。
『一瞬止まっても また鳴らせばいい』
昨日より、声がまっすぐ伸びる。
迷いがない。
健太郎の指も自然に動く。
サビへ向かう流れ。
コード。
ドラム。
声。
三人の音はきれいに重なる。
でも。
どこか、軽い。
最後のコードが鳴る。
余韻が落ちる。
しばらく誰も喋らない。
さくらが先に口を開いた。
「……なんかさ」
健太郎が苦笑する。
「うん」
澪が短く言う。
「軽い」
健太郎は椅子に座り、弦を軽く弾いた。
ボン。
低い音は、すぐに消える。
「やっぱベースだな」
さくらが腕を組む。
「だよね」
澪も小さくうなずく。
「低音」
健太郎は天井を見上げた。
「でも、ベースなんてすぐ見つかるか?」
さくらは少し考えてから言う。
「軽音部とか」
健太郎はすぐ顔をしかめた。
「いや」
澪も同時に言う。
「ない」
さくらが二人を見る。
「なんで?」
澪が短く答える。
「黒崎いる」
その名前で、空気が一瞬だけ止まる。
健太郎は小さく息を吐く。
「……まあ、そういうことだ」
さくらは少しだけ考えて、それからぱっと顔を上げた。
「じゃあ探そう」
健太郎が眉を上げる。
「どうやって」
「知らない」
さくらはあっさり言う。
「でもいるでしょ、ベース弾ける人」
澪がぽつり。
「いそう」
健太郎は苦笑する。
「そんな都合よく――」
さくらがマイクを持ち直す。
「とりあえずもう一回やろ」
澪がスティックを鳴らす。
カン。
「いいよ」
健太郎も立ち上がる。
「ベースいなくても、曲はいい」
さくらが笑う。
「でしょ」
澪がカウントを取る。
カッ、カッ、カッ、カッ。
再び音が鳴る。
Re:start。
三人の音が、音楽室いっぱいに広がる。
――その音を、廊下で聞いている人がいた。
音楽室のドアの前。
壁にもたれて、静かに耳を傾けている。
肩にはベースケース。
中から聞こえる歌。
『消えそうになっても もう一度鳴らせばいい』
男は小さく笑う。
「……Re:start、か」
誰に聞かせるでもない独り言。
ドアノブには触れない。
そのまま廊下を歩き出す。
ベースケースが軽く揺れる。
音楽室の中では、まだ三人の音が鳴っている。
その低音だけが、まだ足りなかった。




