第7話 「Re:start」
3人で合わせた日の翌日
また、いつもの音楽室。
健太郎のギターが鳴る。
澪のキックが入る。
さくらが声を乗せる。
音はもう、ちゃんとまとまっている。
それに少し前までの緊張感はない。
演奏が終わり、余韻がふっと溶け、さくらがマイクを下ろして笑った。
「さ、いつまで即興でやり続ける?」
健太郎の手が止まる。
「……え?」
澪はスティックを軽く握り直す。
さくらは肩をすくめながら、
「せっかくなんだしさ」
「それにもう3人なんだし」
言葉は軽い。
でも目は本気だ。
「まだ3人だけどな」
そう言いながら、健太郎はギターを構え直す。
「それに作るって、そんな簡単に言うけど……」
澪がキックを小さく踏む。
ドン。
さくらがにやっとする。
「できるでしょ?」
挑発。
健太郎は小さく息を吐いて、弦を弾いた。
ジャッ。
荒めのリフ。
そこに澪がすぐに乗る。
ドン、タッ、ドン。
グルーヴが生まれる。
さくらが声を乗せてみる。
「あー…」
探るように。
でも。
「ちょっと待って」
さくらが手を上げる。
「それ、声入る隙間なくない?」
健太郎が眉をひそめる。
「このフレーズは残したい」
「じゃあ残そう」
即答。
「でも、私もちゃんと乗りたい」
澪がテンポを少し上げる。
空気が熱くなる。
さくらがもう一度、声を乗せる。
今度は高く。
ぶつかる。
健太郎のギターに負けじと、さくらの声が押し返す。
音が絡まって。
止まる。
三人とも息が荒い。
健太郎が小さく言う。
「……バランス、悪いな」
視線が落ちる。
さくらが首を振る。
「でも悪くなかった」
きっぱり。
「さっきのリフ、かっこいいし」
澪がスティックを構える。
「もう一回」
健太郎がうなずく。
ジャッ。
さっきより力みが抜ける。
リフはそのまま。
でも少しだけ間ができる。
澪がその隙間にキックを入れる。
ドン。
さくらが息を吸う。
今度は無理に押し返さない。
リフの流れに沿って、声を乗せる。
サビ前。
一瞬の静けさ。
コードが鳴る。
ドラムが踏み込む。
その上に。
声が重なる。
三人の音が、きれいに噛み合う。
空気が変わった。
そのままサビのフレーズが続き、
澪のスティックが止まる。
健太郎の右手が止まる。
さくらの声だけが、少し遅れて消える。
……今の。
三人の目が、ほぼ同時に合う。
誰もすぐに喋らない。
でも。
さくらが先に笑った。
「ねえ、今のさ」
声が少し弾んでいる。
健太郎も息を整えながら言う。
「……すごく良くなかったか」
澪が小さくうなずく。
それだけで十分だった。
さくらが一歩前に出る。
「今の、サビとして完成じゃない?」
健太郎がギターを見下ろす。
指先がまだ震えている。
今は、胸の奥が熱い。
「……これ」
少しだけ間。
「俺らの曲、だよな」
さくらが笑う。
「うん」
短い。
でも強い。
澪がリムを鳴らす。
カン。
決まったみたいに、音楽室に響く。
曲全体としてはまだ未完成。
でも確かに生まれた。
健太郎がギターを構える。
「もう一回いくぞ」
さくらがすぐに息を吸う。
澪がスティックを鳴らす。
三人の音が重なる。
今度は、迷いなくサビに向かう。
さっき生まれた流れを、三人とも覚えている。
Aメロはまだ手探りなところはあるが、
でも音は途切れない。
『一瞬止まっても また鳴らせばいい』
健太郎の手が、ほんの少しだけ止まりかけるか、そのまま弾き切る。
さくらの声は続く。
『消えそうになっても もう一度鳴らせばいい』
音楽室の空気が震える。
最後のコードが伸び、余韻が落ちる。
健太郎がゆっくりと顔を上げる。
「……なあ」
さくらがマイクを握ったまま見る。
「さっき、普通に歌詞あったけど」
「前から考えてたのか?」
さくらは目を逸らす。
「いや」
肩をすくめる。
「即興」
「即興であれ出てくる?」
「出たんだから出たの」
健太郎が一歩近づく。
「さっきのさ」
ほんの少しだけ、声が低い。
「“止まってもまた鳴らせばいい”って」
一瞬、さくらのまつ毛が揺れる。
「……それ、俺のことか?」
沈黙。
澪が何も言わずに二人を見る。
さくらは数秒だけ考えてから、笑う。
「違うし」
軽く。
でも、目は少しだけ真面目。
「私のことでもあるし」
健太郎が黙る。
さくらは続ける。
「止まりそうになるの、あなただけじゃないから」
「歌詞なんてさ、誰か一人の話じゃないでしょ」
健太郎は少しだけ息を吐き、それ以上は聞かなかった。
いや、聞けない。
その時、澪がスティックを鳴らす。
「続き、作る?」
さくらがノートを取り出す。
さっき口から出た言葉を書き留める。
健太郎がコードを鳴らす。
今度はAメロの流れに合わせて、さくらが続きを考える。
三人で音を鳴らしながら、言葉を足していく。
削って。
足して。
試して。
言い合って。
そして、笑って。
気づけば、最後まで通せる形になっていた。
曲が終わる。
ただ静かに、息を整える。
「……できた」
澪が小さくうなずく。
健太郎が言う。
「完成、だな」
さくらが首を振る。
「まだ変わるかもしれないけどね」
「でも、今はこれでいい」
健太郎も笑う。
「うん。今はこれでいい」
「さて、曲名はどうする?」
健太郎の言葉にさくらが少しだけ考える。
ノートに書いた歌詞を見て、それから顔を上げる。
「Re:start」
健太郎が一瞬止まる。
さくらが笑う。
「止まっても、また鳴らせばいいんでしょ?」
健太郎は、苦笑いしつつも言った。
「……悪くない」
夕焼けが窓を赤く染める。
三人の音は、さっきよりずっとはっきりしている。
完成したが、完璧なわけではない。
でも確かに、三人で作った曲だった。




