第6.5話 声を出す理由
私はあの日、彼を見ていた。
文化祭の体育館。
ステージは遠いけど、表情は見える。
澤村健太郎。
ライトの下で、真っ直ぐ前を見ていた。
上手い。
というか、思わず見入ってしまうほど上手い。
サビ前。
盛り上がる直前。
ギターが、ほんの少し遅れた。
あれ、と思った瞬間。
一拍、間が空く。
音が戻らない。
ほんの少しだけ、止まった。
客席の空気がざわっと動く。
「今止まった?」
「え、ミス?」
わずかに声が横から聞こえる。
その後は強引に弾き直し、
曲は最後まで終わった。
拍手もあった。
でも。
あの瞬間だけが、やけに大きく残った。
⸻
放課後。
音楽室の前で足が止まる。
ギターの音。
やっばり上手いな。
文化祭のときより、ずっと良い。
迷いもない。
私はノックしないで、そっと扉を開けた。
横顔が見える。
集中してる。
ちゃんと、弾けてる。
あの止まった人と、同じ人に見えない。
言葉にするのも変な気がして。
だから。
歌った。
小さく。
まだ目は合っていない。
でも、ギターがちゃんと反応する。
音が、少しだけ広がる。
そのあとで、健太郎が顔を上げた。
驚いた顔。
でも、止めない。
弾き続ける。
私は少しだけ息を吐く。
あの一拍が、全部じゃない。
そう思えた。
⸻
澪と3人で合わせた時の放課後。
サビ。
廊下がざわつく。
視線が集まる。
健太郎の横顔が、ほんの少し固くなる。
あ。
分かる。
音が、わずかに後ろに下がる。
どうする。
どうしたらいい?
待つ?
いや。
違う。
私は一瞬迷って、それから息を吸った。
声を出す。
少しだけ、強く。
健太郎のギターは止まっていない。
もう一段、前に出る。
さっきより荒いが、でもちゃんと鳴ってる。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
ほら。
戻ってこれる。
⸻
帰り道。
夕焼けがやけに赤い。
さっきの音が、まだ頭の中で鳴ってる。
あの一拍。
あの止まった瞬間。
今日の、取り戻した音。
たったそれだけのことなのに、なんか少し嬉しい。
私は歌でしか、うまく言えない。
普通に言葉にしようとすると、余計なことまで混ざるから。
でも歌なら。
ちゃんと前に出られる。
今日みたいに。
あの人がまた揺らぎそうになっても。
たぶんまた、声を出す。
それでいい気がした。
隣で歌うって、きっとそういうことだ。




