第4話 偶然のビート①
放課後。
教室に誰もいない。
さくらは自分の席の横に立ったまま、机を指でトントン叩いていた。
昨日のサビが、頭から離れない。
自分の声。
そのあとに重なった、あのギター。
最後、ぐっと胸を押された瞬間。
まだ熱が残っている。
「……でも一人じゃ、無理」
小さく呟く。
試しに歌う。
ワンフレーズ。
悪くない。
でも違う。
広がらない。
昨日みたいに、震えない。
さくらはバッグを掴む。
「決めた」
走り出す。
音楽室へ。
⸻
廊下の途中。
健太郎が立っている。
「あ」
目が合う。
さくらは止まらない。
「考えた?」
「……何を」
「バンド」
直球。
健太郎の眉が寄る。
「まだ決めてない」
「私は決めた」
即答。
「なんでそこまで」
少し強い声。
さくらは一歩詰める。
「歌いたいから。ちゃんと」
「今も歌ってるだろ」
「違う!」
思わず声が跳ねる。
でも引かない。
「一人で歌うのは、ただ声出してるだけなの」
「……」
「本音は、出てない」
健太郎が黙る。
さくらは続ける。
「私、普通に話すの苦手だし」
「思ってること、うまく言えないし」
拳を握る。
「でも歌ってるときだけは、ちゃんと出せる」
まっすぐ見る。
「昨日は出た」
健太郎の喉がわずかに動く。
「あなたの音があったから」
沈黙。
「逃げたくない」
声は小さい。
でも芯は揺れない。
「歌うときくらい、本気でいたい」
健太郎が視線を逸らす。
「……でも」
絞り出す。
「二人じゃバンドじゃない」
その瞬間。
ドン。
低い音が廊下に響いた。
ドン、タッ。
一定のリズム。
ぶれない。
二人同時に顔を上げる。
また鳴る。
ドン、タッ、ドン、タッ。
身体の奥に響く感覚。
健太郎の背筋がぞくっとする。
「……上手い」
悔しいくらいに。
さくらはもう歩き出している。
音を追うみたいに。
視聴覚室の前で止まる。
扉の向こうで、まだ鳴っている。
健太郎が小さく言う。
「軽音部じゃないな、これ」
迷いのない叩き方。
無駄がない。
一発ごとに重みがある。
さくらが、ゆっくり扉を押す。
きぃ、と小さな音。
中。
ようやく姿が見える。
朝比奈澪。
無表情でドラムを叩いている。
フォームが綺麗すぎる。
叩くたびに、空気が震える。
健太郎は一瞬、見入る。
澪が止める。
スティックを空中で止めたまま。
目だけこちらを見る。
「……なに」
さくらが息を整えずに言う。
「バンド、やらない?」
健太郎「は!?」
澪「は?」
空気が固まる。
「誰と」
「今は二人」
「少な」
即答。
健太郎が頭を抱える。
「順番!」
さくらは真顔。
「本気だから」
澪が健太郎を見る。
「経験は」
逃げ場。
でも逃げない。
「ある」
短く。
澪の目が少しだけ細くなる。
「今、他バンドのサポート入ってる」
声は淡々。
でも余裕がある。
「バイトで」
健太郎が言う。
澪は頷く。
「忙しい」
さくらが一歩前に出る。
「じゃあ、暇なときでいい」
「おい!」
健太郎焦る。
さくらは無視。
「面白いならやる?」
澪が少し考える。
沈黙。
健太郎の心臓がうるさい。
早すぎる。
でも。
止まりたくない。
澪が言う。
「面白いなら」
条件、それだけ。
健太郎が天井を見る。
ここで引けば、何も変わらない。
でも。
昨日の音が、頭をよぎる。
さくらの声。
あの瞬間。
深呼吸。
「……一回だけな」
完全な覚悟じゃない。
でも逃げでもない。
さくらの目が強くなる。
澪がスティックを構える。
「合わせる?」
ドン、タッ。
健太郎はケースを開ける。
弦に触れる。
震えはない。
弾く。
ドラムが受ける。
さくらが息を吸う。
声が乗る。
三つの音が絡む。
荒い。
でも止まらない。
健太郎の口元が、わずかに上がる。
「……悪くない」
さくらが笑う。
澪は無表情のまま、ビートを強くする。
音が重なる。
確かに。
動き出していた。




